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八目大蜘蛛の足を売り払ってから、レカンは、水も浴びずに〈ジェイドの店〉に行った。とにかく飲みたい気分だったのだ。
ほかの三人は、体を洗ってから合流することになった。
今夜は〈ベガー〉がいなかった。
レカンは空いたテーブルに座ると、お任せ料理三皿とエールを注文した。
店の主人であるジェイドがやって来た。
「レカン。こっちに来てくれ」
店には個室はないのだが、小さな会議室のようなものがある。そこに連れていかれた。
「八目大蜘蛛の中位種大型個体の足をかついだ男の噂で、町は持ちきりだ」
「そうか」
「八本全部持ち帰ったやつは、みたことがない」
「四本ずつしか運べなかった」
「まさかと思うが、八本ともちゃんと形が残ってたのか?」
「いや。三本は、先のほうの関節で切断されてたな」
「その状態で倒したのか。信じられんな」
「そうか」
「ちょっとやっかいなことになりかかってる」
「ほう」
「領主は、〈ジャイラ〉の追放に同意したが、〈ジャイラ〉に襲われて逆に〈ジャイラ〉をたたきのめしたパーティーに興味を持った」
「オレは興味ない」
「今さらあんたに言うことじゃないが、迷宮都市の領主ってのは、なかなかに周囲ににらみの利く存在だ」
「知らん」
「他領と紛争が起きても、その領主は高位冒険者を雇える可能性が高い。そんな領主と事を構えたい領主はいない」
「領主同士の戦争は禁じられていると聞いている」
「いや。正面きっての戦争はしない。するわけがない。しかし、小競り合いってのはしょっちゅう起こる。もちろん領主は、それは自分の知らなかったことだと言うがな。とにかく、やっぱり、なんだかんだ言っても、武力を持った領主が強いんだ」
「まあ、そうだろうな」
「だから領主のほうでも、強い冒険者は優遇するし、少々のことは大目にみる。そして時々領主館に招待する。ほかの領の偉いさんが来たときなんか、晩餐会に招かれることもある。うちにはこんな戦力があるんだとばかり、これみよがしにな」
「オレには関係ない」
「あんた、今までよくそれでやってこれたな」
「用件は何だ」
「領主が、あんたたちに会いたいと言ってる」
「オレたちが二十五日にはこの町を去ることを、領主に伝えたか?」
「いや。言ってない」
「ならいい。しばらくは迷宮攻略で忙しそうだと伝えてくれ」
「わかった。だが、呼び出しがかかるかもしれん」
「そのときは、そのときだな」
「あんた、ほんとに自由だな」
「冒険者というものは、そういうものだろう」
「はは。俺も若いころは、そう信じてたよ」
「自由を捨てて何かに縛られるのも自由のうちだ」
「なるほど。そうかもしれん。用はそれだけだ。また何かあったら知らせる」
「助かる」
「けど、あんた。むちゃくちゃな攻略速度だな。このぶんなら、最下層まで行けるんじゃないか?」
「そのつもりだ」
ジェイドはしばらく黙り込んだ。そしておもむろに口を開いた。
「最下層の主は、八目大蜘蛛の女王種だ」
「ほう」
「能力は、〈変身〉〈魔眼〉〈氷結〉〈魅了〉〈浮遊〉〈転移〉〈即死毒〉〈召喚〉の八つだ」
「ふむ」
「最初は人間の少女の姿をしていて、下半身は岩に埋もれている。これは〈変身〉による擬態だ。柔らかそうにみえてもひどく硬いが、正体を現したときよりましだ。この状態の時に、麻痺などの呪いをたくさんたたき込んでおくんだ。そうしないと勝ち目はない」
「わかった」
「相手は〈魔眼〉でこちらの能力を読んでくる。手ごわいと判断したら、〈氷結〉を口からはいて凍らせてくる。〈氷結〉は魔法攻撃なので、呪い装備では抵抗できない」
「能力が読めるのか」
「そうだ。手ごわいと思った相手を狙ってくる。〈氷結〉の射程は、せいぜい二十歩だから、それより遠くから攻撃すればいいようなもんだが、あいにく少女の姿のときは、魔法攻撃がまったく通らん」
「なに」
「ある程度のダメージを受けると、〈変身〉を解いて本来の姿に戻る。大きさは劣等種ぐらいだ。まあ、あんたよりはちょっと大きいな」
「ふむ」
「とにかく硬い。腹も硬い。移動も、とんでもなく素早い。〈浮遊〉と呼ばれてるのは、体をふわりと浮かせる能力だ。地面すれすれに浮かぶだけだが、体を起こして八本の足で攻撃してくる。こいつがまた厄介でな」
「どう厄介なんだ」
「速くて、硬くて、うまい」
「うまい、とは」
「こちらの急所や弱点を確実についてくる」
「なるほど」
「ただ、その状態のときは、背中ががらあきなんだ」
「ほう」
「そして女王種は、自分に一番大きなダメージを与えた者をしゃにむに狙う性質がある」
「そこがつけめだな」
「そうだ。だから、攻撃力と防御が高いやつを前に三人ぐらい置いて、適度にダメージを与えて女王の注意を引きつつ、後ろから貫通力の高い武器で心臓を狙う。それが定石だな」
「わかった。それだけか」
「あとは、と。ああ、〈魅了〉はどちらの姿のときも使ってくる。わりと近距離の相手にしか使わないみたいだがな。くらっちまうと、同士打ちを始める」
「呪いなんだろうな」
「呪いだ。だから、呪いを防ぐ装備が絶対に必要だ。それから〈転移〉だ。これはしょっちゅうは使わないが、戦闘してる最中に突然別の場所に移る。文字通り瞬間移動だ。遠くには飛べないらしい。せいぜい十歩だ。それでも、前にいた女王が突然後ろから攻撃してくるんだからな。反則もいいとこだ。女王戦で死ぬやつは、たいていこの能力にやられる」
「そういうことか」
「〈即死毒〉は素肌につくと即死する。五十歩は飛ぶから要注意だ」
「それでは緑ポーションもまにあわないな」
「素肌をさらさないようするべきだな。この毒はものすごい高値で売れるぞ。大貴族しか買えないだろうな。女王毒と呼ばれている」
「毒袋を採取すれば大もうけだな」
「その通りだ。ただ、毒袋は心臓の真下にあるから、採取できることはめったにない。心臓を狙って突いたり斬ったりするうちに、毒袋も破れて腹のあちこちに流れ出て、血や体液と混じってしまうからな」
「〈召喚〉というのは何だ」
「これは、一応能力のうちに入れてるが、今生きてる冒険者で実際にみた者はいないはずだ。俺もみたことはない」
「何が起きる」
「一万匹もの斑蜘蛛が出るんだそうだ」
「なに?」
「発動条件は不明だ。そんな能力なんてないんだと言うやつも多いな。ま、あんたも出くわすことはないだろうさ」
「出たらどうする」
「さあな。どうしようもないだろうな。逃げるんだな。逃げられればの話だが」
「よく教えてくれた。好意に感謝する」
「こっちこそ、〈ジャイラ〉の件は感謝してる。今処理中だ。屋敷は、あるパーティーが買ってくれることになったよ」
「そうか」
と言いながらレカンは立ち上がった。
そして、ふと思いついたことを訊いた。
「ジェイド」
「おう。何だ」
「迷宮の主を倒したという、証明のようなものはあるか?」
「ああ。この迷宮の場合、ギルドで討伐証を発行してる。主を倒した直後に、魔石か胴体の一部を持ってギルドに行けば発行してくれる」
「そうか」




