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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第18話 ニーナエ迷宮下層
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 八目大蜘蛛の足を売り払ってから、レカンは、水も浴びずに〈ジェイドの店〉に行った。とにかく飲みたい気分だったのだ。

 ほかの三人は、体を洗ってから合流することになった。

 今夜は〈ベガー〉がいなかった。

 レカンは空いたテーブルに座ると、お任せ料理三皿とエールを注文した。

 店の主人であるジェイドがやって来た。

「レカン。こっちに来てくれ」

 店には個室はないのだが、小さな会議室のようなものがある。そこに連れていかれた。

「八目大蜘蛛の中位種大型個体の足をかついだ男の噂で、町は持ちきりだ」

「そうか」

「八本全部持ち帰ったやつは、みたことがない」

「四本ずつしか運べなかった」

「まさかと思うが、八本ともちゃんと形が残ってたのか?」

「いや。三本は、先のほうの関節で切断されてたな」

「その状態で倒したのか。信じられんな」

「そうか」

「ちょっとやっかいなことになりかかってる」

「ほう」

「領主は、〈ジャイラ〉の追放に同意したが、〈ジャイラ〉に襲われて逆に〈ジャイラ〉をたたきのめしたパーティーに興味を持った」

「オレは興味ない」

「今さらあんたに言うことじゃないが、迷宮都市の領主ってのは、なかなかに周囲ににらみの利く存在だ」

「知らん」

「他領と紛争が起きても、その領主は高位冒険者を雇える可能性が高い。そんな領主と事を構えたい領主はいない」

「領主同士の戦争は禁じられていると聞いている」

「いや。正面きっての戦争はしない。するわけがない。しかし、小競り合いってのはしょっちゅう起こる。もちろん領主は、それは自分の知らなかったことだと言うがな。とにかく、やっぱり、なんだかんだ言っても、武力を持った領主が強いんだ」

「まあ、そうだろうな」

「だから領主のほうでも、強い冒険者は優遇するし、少々のことは大目にみる。そして時々領主館に招待する。ほかの領の偉いさんが来たときなんか、晩餐会に招かれることもある。うちにはこんな戦力があるんだとばかり、これみよがしにな」

「オレには関係ない」

「あんた、今までよくそれでやってこれたな」

「用件は何だ」

「領主が、あんたたちに会いたいと言ってる」

「オレたちが二十五日にはこの町を去ることを、領主に伝えたか?」

「いや。言ってない」

「ならいい。しばらくは迷宮攻略で忙しそうだと伝えてくれ」

「わかった。だが、呼び出しがかかるかもしれん」

「そのときは、そのときだな」

「あんた、ほんとに自由だな」

「冒険者というものは、そういうものだろう」

「はは。俺も若いころは、そう信じてたよ」

「自由を捨てて何かに縛られるのも自由のうちだ」

「なるほど。そうかもしれん。用はそれだけだ。また何かあったら知らせる」

「助かる」

「けど、あんた。むちゃくちゃな攻略速度だな。このぶんなら、最下層まで行けるんじゃないか?」

「そのつもりだ」

 ジェイドはしばらく黙り込んだ。そしておもむろに口を開いた。

「最下層の主は、八目大蜘蛛の女王種だ」

「ほう」

「能力は、〈変身〉〈魔眼〉〈氷結〉〈魅了〉〈浮遊〉〈転移〉〈即死毒〉〈召喚〉の八つだ」

「ふむ」

「最初は人間の少女の姿をしていて、下半身は岩に埋もれている。これは〈変身〉による擬態だ。柔らかそうにみえてもひどく硬いが、正体を現したときよりましだ。この状態の時に、麻痺などの呪いをたくさんたたき込んでおくんだ。そうしないと勝ち目はない」

「わかった」

「相手は〈魔眼〉でこちらの能力を読んでくる。手ごわいと判断したら、〈氷結〉を口からはいて凍らせてくる。〈氷結〉は魔法攻撃なので、呪い装備では抵抗できない」

「能力が読めるのか」

「そうだ。手ごわいと思った相手を狙ってくる。〈氷結〉の射程は、せいぜい二十歩だから、それより遠くから攻撃すればいいようなもんだが、あいにく少女の姿のときは、魔法攻撃がまったく通らん」

「なに」

「ある程度のダメージを受けると、〈変身〉を解いて本来の姿に戻る。大きさは劣等種ぐらいだ。まあ、あんたよりはちょっと大きいな」

「ふむ」

「とにかく硬い。腹も硬い。移動も、とんでもなく素早い。〈浮遊〉と呼ばれてるのは、体をふわりと浮かせる能力だ。地面すれすれに浮かぶだけだが、体を起こして八本の足で攻撃してくる。こいつがまた厄介でな」

「どう厄介なんだ」

「速くて、硬くて、うまい」

「うまい、とは」

「こちらの急所や弱点を確実についてくる」

「なるほど」

「ただ、その状態のときは、背中ががらあきなんだ」

「ほう」

「そして女王種は、自分に一番大きなダメージを与えた者をしゃにむに狙う性質がある」

「そこがつけめだな」

「そうだ。だから、攻撃力と防御が高いやつを前に三人ぐらい置いて、適度にダメージを与えて女王の注意を引きつつ、後ろから貫通力の高い武器で心臓を狙う。それが定石だな」

「わかった。それだけか」

「あとは、と。ああ、〈魅了〉はどちらの姿のときも使ってくる。わりと近距離の相手にしか使わないみたいだがな。くらっちまうと、同士打ちを始める」

「呪いなんだろうな」

「呪いだ。だから、呪いを防ぐ装備が絶対に必要だ。それから〈転移〉だ。これはしょっちゅうは使わないが、戦闘してる最中に突然別の場所に移る。文字通り瞬間移動だ。遠くには飛べないらしい。せいぜい十歩だ。それでも、前にいた女王が突然後ろから攻撃してくるんだからな。反則もいいとこだ。女王戦で死ぬやつは、たいていこの能力にやられる」

「そういうことか」

「〈即死毒〉は素肌につくと即死する。五十歩は飛ぶから要注意だ」

「それでは緑ポーションもまにあわないな」

「素肌をさらさないようするべきだな。この毒はものすごい高値で売れるぞ。大貴族しか買えないだろうな。女王毒と呼ばれている」

「毒袋を採取すれば大もうけだな」

「その通りだ。ただ、毒袋は心臓の真下にあるから、採取できることはめったにない。心臓を狙って突いたり斬ったりするうちに、毒袋も破れて腹のあちこちに流れ出て、血や体液と混じってしまうからな」

「〈召喚〉というのは何だ」

「これは、一応能力のうちに入れてるが、今生きてる冒険者で実際にみた者はいないはずだ。俺もみたことはない」

「何が起きる」

「一万匹もの斑蜘蛛が出るんだそうだ」

「なに?」

「発動条件は不明だ。そんな能力なんてないんだと言うやつも多いな。ま、あんたも出くわすことはないだろうさ」

「出たらどうする」

「さあな。どうしようもないだろうな。逃げるんだな。逃げられればの話だが」

「よく教えてくれた。好意に感謝する」

「こっちこそ、〈ジャイラ〉の件は感謝してる。今処理中だ。屋敷は、あるパーティーが買ってくれることになったよ」

「そうか」

 と言いながらレカンは立ち上がった。

 そして、ふと思いついたことを訊いた。

「ジェイド」

「おう。何だ」

「迷宮の主を倒したという、証明のようなものはあるか?」

「ああ。この迷宮の場合、ギルドで討伐証を発行してる。主を倒した直後に、魔石か胴体の一部を持ってギルドに行けば発行してくれる」

「そうか」

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― 新着の感想 ―
召喚が伝わってるってことは何かしらで知る手段があったってことか 鑑定とか解析が魔物にも使える?今まで言及されてない気がする
[気になる点] 〈召喚〉のことが言い伝わってるってことはそれが発動するのを見て生き残った冒険者がいたってことですよね その冒険者はどうやって乗り越えたんですかねぇ、案外情報の出どころは昔踏破したシーラ…
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