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「さて、では行こうか」
「今日も姫亀の二刻なのだな」
「うん?」
「レカン殿は、前日夜の消耗度などによって、朝起きるのが遅めのこともある。何かの都合で朝食時間が多少ずれることもある。ところが、戦いを始めるために起き上がるのは、かならず姫亀の二刻だ」
「ほう。そうなのか」
「昼も夜もない、こんな迷宮のなかなのに、レカン殿の体内には、しっかりと時の刻みを刻む働きがあるのだな」
「そんなことは知らん。オレは、自分が戦える状態になったら戦いを始める。それだけだ」
この日一行は、第四十階層に降りた。
魔獣の速度はますます速くなり、足と頭はますます硬くなった。
一戦目と二戦目では、ヘレスとレカンの動きがかみあわず、同士討ちになりかねない場面があった。
そして三戦目にそれは起きた。
レカンはそれまで、魔獣を倒すために最も確実で効果的な攻撃をしてきていた。そのうえで、味方を攻撃したり、味方に邪魔されないよう動きを調節した。
どちらかといえばヘレスは、邪魔ばかりをした。
それでもレカンは我慢強く、ヘレスの動きを計算に組み込みつつ、攻撃をしていた。
だが、この戦いでは、ヘレスの何かが変わった。
何が変わったかといえば、レカンの行動を先導するようになった。
ヘレスが魔獣に正面から突入し、魔獣が口を開いてヘレスに襲いかかったとき、レカンはヘレスが、自分の頭の後ろからすりあげるように剣を振れ、と要求しているように感じた。
その要求に、レカンは従った。それはヘレスがかわさなければ、ヘレスの頭を砕いてしまう攻撃だ。
ヘレスは身をかがめて魔獣の出足を打ち据えた。
その頭の後ろから襲いかかったレカンの剣は、ヘレスの頭すれすれを通って、襲いかかる魔獣の顔を横様に斬り裂いた。
それがとどめになった。
「ヘレスさん!」
アリオスが駆け寄ってくる。
「素晴らしい連携でした!」
「なに?」
ヘレスはぼうっとしている。
自分で自分が何をしたのか、判然としていないのだ。
「つかめたな」
後ろからレカンが声をかけた。
ヘレスは自分が何をしたのかを思い出したような顔をした。
「あ、今、私」
「あれでいいんだ」
「どうして、あんなことを。でも、あの瞬間、レカン殿の剣が私の頭の後ろから来るとわかっていた。だからあんな無謀なことができたのだ」
「あれは、ヘレスさんがレカンさんの攻撃を誘導したんですよ」
「誘導? いや、ちがう。私は予測したのだ。レカン殿の剣がどう振られるかを」
「はい。実践的にはというか、ヘレスさんの主観としてはそうなんです。でも、レカンさんからしたら、ヘレスさんの指示のままに剣を振ったんです。そうですよね?」
「ああ」
「連携? あれが連携?」
「ヘレス」
「何であろう」
「命ぎりぎりのところで戦う冒険者は、連携を作ろうなどとはしない。連携は生まれるものなんだ」
「連携は作らない。生まれる?」
「連携のために腕がちぢこまったんでは、魔獣は倒せない。それぞれが自分の最大の攻撃をしつつ、それを別のやつが、自分の攻撃に最大限に利用する。それが連携だ」
「最大限に、利用する」
「あとになってみても、どちらの動きが先だったかとかあとだったかとか、そんなことはわからん。ちゃんと連携ができているときは、そういうもんだ」
「あとも先もない」
「右のこぶしと左のこぶしをぶつけてみろ。どっちがどっちをなぐった?」
「両方が両方をなぐっている」
「そうだろ。そういうものだ」
「よく、わからんが」
「とにかく。よくやった。お前は新たな強さを手に入れた。あれを忘れるな」
「ああ。ありが……」
ヘレスの美しい瞳から、きらめく水がこぼれ落ちた。
「なみ……だ? 私は、泣いて、いるのか?」
たぶん、なぜ泣くのか、ヘレスは自分でもわかっていないだろう。
その涙は、悲しみの涙ではない。
「うんうん。わかるよ。あたいもレカンに泣かされたもん」
「そう、か。エダ殿も泣かされたのか」
「レカンは悪いやつなんだよ」
「そうか。そうだな。レカン殿は悪いやつだな」
レカンとアリオスは素材剥ぎを始め、少し遅れてヘレスとエダが手伝った。
それからの戦闘は、みちがえるようだった。
三人の動きは自由自在で、それでいて互いに支え合い、威力を増幅し合った。
三人の剣士の巻き起こす旋風は、魔獣をいともあっさり巻き込んで破壊した。
エダが最初に蜘蛛の目を一つつぶしている効果も大きい。
たまさか魔獣の攻撃が三人を傷つけても、エダの〈回復〉が飛んできて、ただちに傷を癒してくれる。そしてそのことを、三人の剣士は寸毫も疑わない。
この四人は、今こそ本当の意味でパーティーになったのである。
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「これで第四十階層にも〈印〉ができた」
「信じられん。こんなにも簡単に、第四十階層の大型個体を連続で倒せるとは。私が〈印〉を得たときは、臨時メンバーにも入ってもらって、ずいぶん時間をかけて、やっと倒したのに」
「いやあ、今日はみんなすごい活躍だったよね」
「エダさんこそ、大型個体が頭部を持ち上げてレカンさんを押しつぶそうとしたとき、すかさず心臓を矢で撃ち抜きましたね。あれはほんとにお見事でした」
「えへへへ。ありがと。アリオス君こそかっこよかったよ。足二本連続切り取り」
「素材をはぎ取ったら地上に出るぞ。しかし、この大型個体の足は、関節で斬ってもオレの〈箱〉には入らんな」
「おおっ。ついにレカン殿の謎の〈箱〉の限界がみえたぞ」
「いや。どうやっても入らないでしょ、こんな大きさ」
「うむ。以前倒したときも、毒袋だけを採取したのだ。とてもこれは」
「かついで帰る」
「は?」
「なんですって?」
「アリオス君。レカンに常識を求めちゃいけないよ」
「それにしても、レカン殿は、本当にむちゃくちゃだ」
「何がだ?」
「いや。このあたりの階層で狩りをするパーティーでも、普通は半日で二体、一日で四体を狩るのがせいぜいだ。ところがこのパーティーは、今日の狩りは十体、昨日は、十一体、一昨日に至っては、第三十六階層で五体、第三十七階層で八体、第三十八階層で十二体だから、ええっと、一日で二十五体もの蜘蛛を狩っている」
「そのときの調子でそうなっただけだ」
「それが恐ろしいと言っているのだ。それだけの戦闘数がこなせるということが、常識では考えられん」
「一日に四体というのは、戦闘数が少なすぎませんか?」
「怪我をしたあとポーションを飲む。そのあとはポーションの効果が落ちるから、どうしても時間を空けないと、次に大きな怪我をしたら危険だ」
「ああ、なるほどね」
「上級の〈回復〉使いが二人いるなんて、あり得ない。しかも、上級の〈回復〉は、ポーションを飲んでも一日四度が限度だと聞いている。短い時間に続けて使うのはむりであるはずで、あのヌルという女回復師が眼の色を変えていたのも当然なのだ」
「え? 四回ってことはないでしょ?」
「あるのだ。それにしても、足もあまり傷つけず、全部採取しているし、毒袋もあまり毒をはかないうちに採取している。すごい収入になるだろう」
「それだけ倒してるのに、宝箱が全然出なかったのは、どういうわけなんだろ?」
「ははは。不思議なことだ。しかし、ここらの階層の蜘蛛の素材は、下手な宝箱よりずっと高く売れる」
「そうなんだ。なら、よかった」




