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第三十六階層は、五回だけ戦って下に降りた。
第三十七階層では、八回戦った。
そのあと昼食をとった。
第三十八階層では、ようすが変わった。
レカンが〈炎槍〉を撃つと、魔獣はそれをかわしたのである。頭部の左の硬い外骨格に着弾した〈炎槍〉は、わずかなダメージを与えるにとどまった。
すでにレカンは突進している。
魔獣が毒液を吹き付ける。
体を沈めながら左に移動してこれをかわしたレカンは、魔獣の右の三番目の足をなぎ払った。
レカンを追って体を回転させようとした、まさにそのときに軸足を払われ、魔獣は右に傾いた。
それは、レカンに首を差し出したにひとしい体勢である。
レカンは容赦なく首を断ち落とした。
この階層での戦いは、おおむね似たような経過をたどった。
相手はレカンの初弾をかわす程度の敏捷さを持っていたが、続くレカンの連続攻撃に沈んだ。
十二体を倒したが、アリオスにもヘレスにも、そしてもちろんエダにも出番はなかった。
十二体の魔獣を倒したあと、出口付近で野営となった。
ぱちぱちとはぜるたき火を、ヘレスはひどく気に入ったようで、実に楽しそうな顔で炎をながめている。
「レカンさん。今日は本当にいいものをみせていただきました」
「うん?」
「瞬時の判断。的確でよどみのない連続攻撃。まさに剣の神髄をみる思いがしました」
「そうか」
「アリオス殿は、今日の戦いで学べたのだな」
「ええ。ヘレスさん。迷宮を出たら試したいことが、いくつもできました。わが流派に、新しいわざが生まれるかもしれません」
「私にはわからない。レカン殿の攻撃、回避、攻撃、攻撃。戦闘が終わってみれば、それが最適解だったとわかる。だがなぜ、レカン殿はそれができるのだ? 戦う前に最適解がわかるのだ?」
「ヘレスさん」
「うん? 何かな」
「レカンさんにとっての最適解は、ヘレスさんにとっての最適解ではないですよ」
「え? ああ。それはそうだな。では私にとっての最適解は何なのだろう」
「それは明日から学べますよ」
「そうだろうか」
「敵は段々速くなっています。段々硬くなっています。明日の戦いは、われわれも参戦する余地があります」
「なるほど」
「戦いのなかで学べ、と今日の戦いから教わったではありませんか」
「そうだな」
「はーい。スープが出来上がりー」
「おお! エダ殿のスープはまことに美味だからなあ。どうだ。わが家の料理人にならないか」
「どこの何ておうち?」
「それは言えぬ」
「それじゃ行けないよ」
「そうだな。あっはっはっはっは」
たき火の周りは笑い声に包まれた。
レカンも静かに口の端に笑みを浮かべた。
パーティーの空気は、悪くない。
レカンはそう思った。
6
アリオスの予測通り、第三十九階層では、レカン以外のメンバーが参戦する余地があった。
とはいえ、それは簡単なことではなかった。
レカンは長大な剣を振り回し、縦横無尽に位置を変えながら、魔獣を追い詰めてゆく。
その嵐のような剣の舞いのなかに飛び込んで、魔獣に剣をふるわねばならないのだ。
最初に参戦に成功したのはアリオスだった。
レカンが〈炎槍〉を撃って魔獣のふところに飛び込み、右に素早く移動した瞬間、左側に突入したのだ。
魔獣の巨体はレカンを追って回転する、その右側の四本目の足の一番下側の関節を、見事に斬り飛ばしたのである。
左右の三番目と四番目の足は、体重を支え、回転の軸となる足である。その足の一部を突然失ったため、魔獣は体勢を崩し、レカンの剣が首を落とした。
次に参戦を果たしたのはエダである。
レカンの放った〈炎槍〉が着弾する少し前、エダの矢が魔獣の目を射抜いた。
魔獣は怒りか痛みか、あるいは反撃のためか、口を開いた。
その口のなかに〈炎槍〉が飛び込み、頭部を内側から吹き飛ばしたのである。
魔獣は即死した。
レカンは短くエダを褒め、エダは最高の笑顔を返した。
だがこれは偶然ではなかったのだ。
その後、数度、同じことが起きた。
もちろん、矢が飛ぶ速度は〈炎槍〉に及ばない。
狙いを定めて発射するまでの時間は、普通なら矢のほうが早いのだろうが、レカンの場合は極めて準備時間が短い。
それでも、左腕を構え、目標をみさだめ、発動するためには、わずかな時間が必要だ。
そのわずかな時間のあいだにエダは狙いを定め、魔獣の小さな目を過たずに射抜くのである。
階層のなかほどで昼食休憩をとったとき、ヘレスはエダに訊いた。
「エダ殿。どうやって、レカン殿が魔法を発射する直前に矢を射ることができるのだ。狙いの確かさなら匹敵する射手を知っている。しかし、それは自分の呼吸で射ての話だ。レカン殿の攻撃が着弾するより早すぎては意味がない。最初は偶然かと思ったが、どうもそうとは思えぬ。いったいどうやってレカン殿が魔法を撃つ、その瞬間を知ることができるのだ」
「えっ? だって簡単だよ? レカンはおんなじように撃ってるんだから」
「同じように? いや、間の取り方は一定ではない。魔獣を視野に入れるなり構えることもあるし、しばしようすをみて構えることもある。構える速度も、速いときもあれば遅いときもある」
「うーん。どう言えばいいのかなあ。結局みんな一緒なんだけどなあ」
「わけがわからぬ」
「ヘレスさん」
「アリオス殿にはわかるのか?」
「剣のわざに、相手の動きの出鼻を押さえる攻撃がありますね」
「うむ。ある」
「あれは、相手の剣が動き出してからではまにあいません。相手が剣を振るために、腕や体を動かそうとする、その呼吸を読み取って、攻撃を放つのです」
「それはそうだが」
「私たちは人間の剣士ですから、魔獣の動きを読むのは得意ではありません。しかし私たちは人間ですから、人間の呼吸を読むことはできます。それが連携というものの基礎なのではないでしょうか」
「人間の呼吸なら、読める、か。なるほど」
「それにね、ヘレスさん」
「何であろう」
「レカンさんの動きを観察していると、魔獣の動きを読むこつがつかめてきたような気がします」
「なにっ。本当か」
「そのうち証拠をおみせしますよ」
「ぬぬ。負けてはおられぬ」
レカンは何も言わなかった。
だが、口べたな自分のかわりに、アリオスがうまく解説してくれることに感謝していた。
それにしても、迷宮でたき火をして飲むスープは、やはりうまい。
それはこの場の全員が思っていることであったろう。
その日の午後の戦いでは、ヘレスはしゃにむに戦いの場に参入した。
その動きはレカンやアリオスの妨げとなり、時に剣と剣が接触し、時に身体同士が接触して、全体の動きを乱した。
いくら防御を固めた人間でも、迷宮深層の魔獣の攻撃をまともに受ければひとたまりもない。動きが乱れるということは、死に直面するということである。
エダの遠距離〈回復〉が、何度もパーティーの危機を救った。
だがヘレスは無謀な参戦をやめなかった。
誰もそれをとがめなかった。
ヘレスは、確かに何かをつかみかけていた。




