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15
翌日の夕食のとき、レカンはエダから、ある報告を受けた。
「なに? カガルがお前に会いにきた?」
「うん。レカンがヘレスさんと素材を売りにいってるときに、宿に訪ねてきたんだ」
宿の名は、わざと教えていなかった。どこで知ったのだろうとレカンは考えたが、〈ジャイラ〉はこの町では英雄だ。調べる方法はいろいろあるのだろう。
「それで、あたいに、〈ジャイラ〉に入らないかって」
「どう返事した?」
「そんなことは、レカンを通してくれって言った」
「それでいい。えらいぞ」
「えへへへへ」
「成長したな」
「へへへへへ」
16
その翌日、宿で朝食を食べたあと、〈ラスクの剣〉を預けた武器屋に顔を出してみようかと思っていると、カガルがやって来た。
「少し時間をもらいてえ」
「用事があるならここで聞こう」
カガルは人目を気にするようにちらちらとあたりをみまわしたが、小さくため息をついて、レカンの前の椅子に座った。
「エダを譲ってくれねえか。この通りだ」
そう言って頭を下げた。
「断る」
カガルは懐から金袋を出してレカンに差し出した。
「白金貨が五枚入っとる。今のわしに出せる精いっぱいだ」
「断ると言った」
「〈ウィラード〉にはあんたがいる。一つのパーティーに二人も〈大回復〉持ちはいらんだろう」
「あんたが決めることじゃない」
「いい弓使いがいるのだ。紹介しよう」
「あんたのパーティーで使え」
「まあ聞け。うちの魔法使いのヴェータが、すっかりぶるっちまってなあ。もう潜りたくねえ、って言うのだ。だけんど、エダが一緒に潜ってくれるなら戦えるというのだ」
「オレには関係のない話だ」
「ヴェータは、もともと内気な子でなあ。だけんど、ものすごい魔法の才能があった。面白い話ではねえか。あんな内気な子に、千人に一人という攻撃魔法の才があったのだ。わしがどれほど苦労してあの子を」
「身の上話に興味はない。用はそれだけか」
レカンは立ち上がった。
「わしがこんだけ頭を下げて頼んどるのに、聞けんというのだな」
「あんたは自分の都合を押し付けているだけだ。そんなやつのところにエダはやれん。いずれにしても、エダは今オレの弟子だ。弟子を売る師匠などおらん」
カガルはしばらくレカンをにらみつけて、憤然とした足取りで出ていった。
17
〈ジェイドの店〉で夕食をとっていると、魔法使いのヴェータがやって来て、エダの横に立った。
「エダちゃん」
「ヴェータさん。こんばんは。座りますか?」
「あたしを助けて」
「え?」
「一人じゃ怖くて迷宮に行けない。でも、迷宮に行かないと稼げない。あたし、カガルに借金があるの。たくさんの借金が」
「ヴェータさん……」
「今までは一撃で魔獣を倒してきた。一撃で倒れなくても、二撃目には倒れた。あたしが魔法を撃てば戦闘が終わった。だから怖くなかった」
この言葉を聞いて、レカンは不審に思った。第三十一階層での戦いのあとをみるに、〈ジャイラ〉は、必殺の一撃で片が付くような戦い方をしていなかったはずである。
(待てよ)
(〈ペザントオルザム〉が一緒だったから手の内を隠したのか)
(手の内を隠したあげくに魔獣に蹂躙されたわけか)
「だけどあのとき、溶解液を浴びて、顔がどんどん溶けていって」
(そうするとヴェータというこの女が〈ジャイラ〉の切り札なのだ)
「怖くて怖くて死にそうだった。もし助かってももう生きていけないと思った」
(そういう戦い方をするパーティーはもとの世界でも多かった)
「でも、エダちゃんがあたしを助けてくれた」
(魔力増幅や攻撃魔法威力倍加の装備をそろえ)
「崩れた顔がもとの奇麗な顔にもどった」
(たっぷり時間をかけて魔法を準備し)
「奇跡だと思った」
(そのあいだ別のメンバーが敵を引きつけておいて)
「回復師のドレンさんが生きてたとしても、あんなことはできない」
(一気に敵をほふる戦い方だ)
「エダちゃんは女神様だ」
(少なくともこれぞという強敵にはその戦法でいくわけだ)
「エダちゃんと一緒なら怖くない。戦える」
(なるほど)
「だからお願い」
(この女魔法使いが使い物にならないと)
「私と一緒に来て」
(パーティとしての能力が一気に下がってしまうんだろうな)
「悪いけど、あたいは一緒に行けないです。あたいの居場所はレカンのそばなんです」
拒絶されたヴェータは、目に涙を浮かべながらレカンをにらみ、くるっと振り返って走り去った。
「やれやれ」
アリオスがため息をついてみせた。
「あのカガルという人も、ずいぶんあざといまねをしますねえ」
「そう思うなら、どうしてあの女を追い返さなかったんだ」
「それはレカンさんも同じでしょ?」
ここでヘレスがこう言った。
「まことに身勝手なやつらだな。自分たちの都合しか考えていない。どんなにずうずうしい申し出をしているのか、わかっておらんのだな」
朝のカガルとレカンの対話は、ヘレスもアリオスも、少し離れた席で聞いていたのだ。
「ヘレスさん」
「うん? なんだ」
「いえ。何でもないです」
アリオスは、あなたも同じじゃないですか、と言おうとしたのだろう。
確かにヘレスも身勝手な頼みをした。
だが、レカンはヘレスに不快は感じなかった。
カガルとヴェータには、大いに不快を感じた。
その差は何なのだろうと考えたが、わからなかった。
だが、考えるうちに、一つ気づいたことがある。
迷宮のなかでカガルは言った。
「〈ペザントオルザム〉は、第十九階層に〈印〉を持っとった。わしらは、そこから一気にこの階まで来て、〈印〉を作ろうとしたのだ。事故さえなければ問題なくできたはずなのだ」
だが、第三十一階層に〈印〉をつけてもらう依頼は、第三十階層に〈印〉を持っていることが条件だと、ヘレスは言っていた。つまり、〈ジャイラ〉が〈ペザントオルザム〉から受けた依頼は、正規の依頼ではなかったのだ。
どちらが持ちかけたのだろう。
たぶん〈ペザントオルザム〉のほうだ。
自分たちは第十九階層に〈印〉があるが、第三十一階層に〈印〉をつけてもらうことはできるだろうかと。カガルに相談したか、あるいは仲間内で話し合っていたのを、カガルが聞きつけたか。
それをカガルが安請け合いした。
なるほどカガルが必死でレカンに頼み込んだわけだ。
(やはりあれは断っておいて正解だったな)
もともとレカンには〈ペザントオルザム〉への同情などなかったが、なおさら同情する気が失せた。
迷宮で起こることは、すべて自己責任である。敗北や死がいやなら、最初から潜ってはいけないのだ。




