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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第17話 ニーナエ迷宮中層
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 エダが物思いに沈んでいる。

 〈ペザントオルザム〉と〈ジャイラ〉のことを考えているのだろう。

 この状態で迷宮探索を続けるのは危険だ。

 レカンは、もう進むのはやめて、このまま地上に帰ろうかとも思ったが、それをすれば逃げぐせがつく。困難なことが起こったときや、心にかかる出来事ができたときに、後ろへさがってしまうくせがついてしまう。それでは、逃げ切れない状況に置かれたとき、破滅するしかない。ここは一歩でも前に進んでおく必要がある。

「エダ」

「うん?」

「気にするな」

「う、うん」

「といっても無理か」

「かわいそうだよね。〈ペザントオルザム〉も〈ジャイラ〉も」

「そうだな」

 人を気の毒に思う心は、エダの美点であり、その美点にレカンは命を救われた。

 だから、その美点を否定する気はない。

「もしも〈ペザントオルザム〉を連れてこの階層を進んだら、どうなったと思う?」

「え? レカンなら、ひょいひょいと踏破しちゃうんじゃないの?」

「その場合、〈ジャイラ〉はどうしたと思う?」

「え? さあ、どうしたろう。わからない」

「ついて来ただろうな」

「えっ。どうして?」

「オレたち〈ウィラード〉は、この迷宮では何の実績もない」

「うん」

「だが、〈ジャイラ〉には輝かしい実績があり、名声がある」

「うん」

「その〈ジャイラ〉がみずから請け負った依頼を、新参者のどこの馬の骨ともわからないやつらに任せて、自分たちは知らない顔をする。そんなことができるか?」

「で、できない、よね」

「〈ジャイラ〉は、自分たちが〈ウィラード〉より格上だと示さなければ体面を保てない。そんな〈ジャイラ〉が後ろからついてくる。やつらは何をする?」

「さ、さあ」

「何かをするかもしれないし、しないかもしれない。つまりオレたちの前には魔獣がいて、後ろには何をするかわからない実力者たちがいることになる。この状況は危険ではないか?」

「危険、かもしれないね」

「〈ペザントオルザム〉も、落ち着いているようにみえても、仲間を二人失った直後だ。動揺しているし、気が動転しているだろう。そんな状態の人間は、何をするかわからない。〈ジャイラ〉の女魔法使いの動揺ぶりもひどかった」

「そういえばそうだね」

「そんな二つのパーティーを抱えて、まともな探索などできない。そしてオレたちが失敗すれば、〈ペザントオルザム〉は全滅する危険があるし、〈ジャイラ〉も無事ではすまない」

「うん」

「つまり、あの依頼を受ければ、三つのパーティーの少なくない人間が、死んだり怪我をしたりした可能性がある。だが、依頼を受けなかったから、一人も死ななかった」

「そうか。そうなんだね」

「エダ」

「うん」

「冒険者をやっていれば、かわいそうな人もみる。だけどそれに心を揺らせていたんでは、魔獣とは戦えない。そんな状態で戦えば死ぬ」

「う、うん」

「人を思いやる心は尊い。だが、探索しているときには、そのことは忘れるんだ。忘れなければ自分が死ぬ」

「うん。わかった」

(ちょっと強引な説明だったが)

(少しはエダの思考を別のほうにむけられたかな)

 レカンは、自分が考えていることを、うまく表現できなかった。

 とにかく迷宮は甘い世界ではない。そのことを、エダには骨身にしみて感じ取ってもらわなくてはならない。

 だからこそ、カガルの依頼は受けなかった。受けるわけにはいかなかった。

 自分たちには実力があり、余裕があるのだから、少々お荷物になるようなメンバーを抱えても、この階層の踏破ぐらいはたやすい、などという考えを持つ人間は、迷宮では生き延びることはできない。

 最大限身を軽くし、力を存分にふるえる状態であってもなお、命を失う危険がつきまとっているのが迷宮というものなのだ。

 そしてまた、迷宮のなかで、気心の知れない人間からの頼みや提案は、可能な限り受け入れるべきではない。それはレカンが、何度も苦い思いをしながら学び取ったことだ。

 いつかエダが似たような状況に置かれたとき、今日のレカンの態度を思い出して、相手の提案を蹴ってくれればそれでいい。

 実のところ、〈ジャイラ〉の同行は断って、〈ペザントオルザム〉だけを連れてゆくのなら、さほどの危険はないように思われた。

 だがその条件で引き受けてしまえば、エダは、こういう場合には相手を助けてやってもいいのだと勘違いしてしまうだろう。

 手の内をみられるのもいやだったが、エダにその勘違いをさせないために、カガルの依頼は絶対に受けるわけにはいかなかったのだ。

「よし。アリオス。ヘレス。待たせたな。戦うぞ」

「ちょっと待ってもらえないか」

「何だ」

「陣形を決めよう」

「陣形?」

「そうだ。立ち位置、攻撃順番。使うわざなどをきちんと決めておいたほうがいい」

「いらん」

「いらんことはない。騎士団でも、陣形は連携の基本中の基本だ」

「騎士団の常識は、ここでは忘れろ。迷宮での連携は、そういうもんじゃない」

「いや。王国騎士団は現にフィンケル迷宮においてだな」

「ヘレスさん」

「アリオス殿。言わせてくれ」

「だめです」

「なに?」

「あなたはいつからレカンさんに命令できるようになったんですか?」

「命令ではない。提案しているのだ」

「陣形と戦法を決めるのは、確かに集団戦の基本です」

「そうだろう。そうにまちがいないのだ」

「でもそれは、どんな相手にも通用するような標準的な動き方であり、どの隊のどの位置にどの騎士が入っても機能するよう編み出された汎用の連携法です。通有性は高いですけどね。それともう一ついえば、騎士団の使う陣形は集団対集団の戦闘を想定したものです」

「それのどこが問題なのだ」

「さあ? それは知りません。でも、それ以上の方法をレカンさんから学ぶために、エダさんと私はここに来たんです。そこに文句があるのなら、今すぐパーティーから出ていってください」

 いつもは人あたりのいいアリオスの、思いもよらない厳しい言い方に、ヘレスは一瞬むっとした表情をした。しかし、大きく息を吸ってはき出してから、こう言った。

「レカン殿。失礼した。貴殿の命に従う」

 こうやって会話しているあいだにも、一行は前に進んでいたのだが、レカンが立ち止まった。

「この岩の向こうに魔獣がいる。オレは正面から飛び込む。アリオスは右、ヘレスは左だ。エダは最初に砂場の外から矢を射て敵の気を引け。あとは回復役だ。行くぞっ」

「はい」

「ちょ」

 言うなりレカンは突撃した。アリオスはすぐ後ろに続く。ヘレスは出遅れた。エダは構えてもいないうちにレカンが飛び出したので、あわてて弓を構えたが、すでに射るべきタイミングは過ぎ去っていた。

 レカンは溶解液を盾で防ぎ、そのまま頭部に一撃を加えた。一瞬魔獣の動きがとまった隙に、アリオスが左前足を付け根から斬り落とした。

 その次のレカンの一撃が頭部に打ち付けられ、魔獣は死んだ。

 レカンは魔獣の残る七本の足も落とし、関節で切り分けて、〈収納〉にしまった。

 二つの目もえぐりとって〈収納〉にしまった。

 腹を裂き、毒袋を採り出して専用容器に入れ、〈収納〉にしまった。

「いや、だから、レカン殿。その〈箱〉はどうなっているのだ。そもそも、どこが〈箱〉になっているのだ?」

「訊くなと言ったろう」

 うれしいことがあった。

 魔獣から採れる魔石が、ぐっと大きくなったのだ。

 これは大型魔石と呼んでいいだろう。

 ここから先は、大型魔石の宝庫なのだ。

 何度か戦闘が続いた。二度目からはエダも心の準備ができていたようで、レカンが接敵するまえに矢が腹の上部に刺さって、敵の注意を引きつけていた。

 いきなり飛び込んでいくので、どうしても乱戦に近い状態になる。ヘレスは何度か敵の攻撃を受け、怪我をした。レカンも何度目かに溶解液のしぶきを浴びて、顔と喉が焼けた。

 いずれも、エダの〈回復〉で奇麗に治った。

「レカン殿。指示に文句は言わぬが、その大剣を横にふるのはやめてもらえないか。危なくてしかたがない」

「かわせ」

「そんなむちゃな」

 昼食もとらずに昼過ぎまで戦闘を繰り返し、最後に大型個体を二体倒した。

 大型個体二体分、通常個体十体分の素材を得たわけである。宝箱は出なかった。

「よし。今回の探索はこれで終了する。明日から三日間を休養日にする。じゅうぶんに体を休めろ。ヘレス。素材の売却は明日だ。付き合ってくれ。みんなご苦労だった。水を浴びて、一服して、〈ジェイドの店〉に集合だ。いつもの通り夕食はオレが奢る。腹いっぱい好きなものを食ってくれ」


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