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全員ゆっくり寝て、ゆっくり起きた。
そして再びたき火をたいて、ゆっくり朝食を取った。
いよいよ第三十一階層に突入する。
ここからが本当のニーナエ迷宮なのだとヘレスは言う。
今までの敵とは、同じようにみえてもまったく別種の敵だと思えとのことだ。
「第三十一階層から第三十五階層までは、八目大蜘蛛の下位種、第四十階層までが中位種、第四十四階層までが上位種となる」
「八目大蜘蛛っていうと、第十階層とかにいたあれ?」
「姿は似ているが、大きさはまるでちがう。そうだな。体高は三歩から五歩ほどもあるだろう」
第三十一階層は、砂場に尖った岩が生えているような構造になっていて、見通しは悪い。
岩と岩のあいだをぐねぐね進んでいくと、時折広い砂場があって、そこに一匹ずつ八目大蜘蛛がいる。
この階層以降では、蜘蛛は縄張り意識が強く、他の蜘蛛の砂場には近づこうとしないが、侵入者が戦闘中に逃げ出せば追いかけてくる。逃げ込める場所は他の蜘蛛がいる砂場だけなのだから、結局逃げたことにならない。
「とにかく攻撃が通じない。足や頭は硬くて刃物が食い込まない。腹はぷよぷよして、刃物は通るのだが、まったくダメージが与えられないばかりか、下手をすると粘りけのある腹に刃物が食い込んで離れなくなり、武器を失ってしまう」
「ふむ? 腹は攻撃しても意味がないのか?」
「そういうことだ。〈ヤックルベンドの破裂矢〉でもあればダメージを与えられるかもしれないが」
「魔法攻撃はどうだ」
「頭と足は、光熱系攻撃魔法をはじく。腹には効くのだが、腹の半分ほどを吹き飛ばされても平気なのだ。心臓まで届く攻撃なら倒せる」
「心臓は魔法以外でも狙えるだろう」
「心臓は急所だ。だが高い位置にあるから狙うのがむずかしい。横からでは足が邪魔になるし、後ろからでは突き出た腹が邪魔になる」
「ここに来るパーティーは、どうやって倒してるんだ?」
「誰かが正面で蜘蛛を引きつけておいて、誰かが足を一本か二本落として、そこから長柄の武器、槍とかグレイブで心臓を狙う、というやり方をするパーティーが多いようだな。それと、まず毒や呪いのついた矢で腹を狙って動きをにぶらせることが多い」
「足は硬いんじゃなかったのか?」
「付け根の部分に、わずかに隙間があって、そこは刃物が通る。これは首も同じで、首の付け根の部分には刃物の通る隙間がある」
「なるほど」
「ただし、正面に立つと、かみつき攻撃はあるし、押しつぶし攻撃もあるし、左右の足も襲ってくる。そのうえ猛毒をはいてくるし、溶解液もはいてくる」
「溶解液というのはどういうものだ」
「金属以外は何でも溶けるようだ。金属でもわずかに溶ける。よほど材質のよいものでないかぎりは。これには対処しようがない。だからこの階層を探索するには、赤ポーションが必須だ。とにかく、正面に立てるのは、よい装備に身を固めた熟練の盾戦士だけだ」
「ほう」
「そしてもちろん、腹についた片側四つの目をじっとみてしまうと、頭痛とはきけがして意識が混濁する」
「はぎ取り部位は?」
「ここの蜘蛛は、捨てるところがないほど、どの部位も高く売れる。まず目は呪術触媒として最高の素材だ。頭の外骨格は鎧などの素材となる。腹の皮も高く売れるし、足にも素晴らしい値段がつく。そして何より毒液だ。ここからの階層の蜘蛛がはき出す〈猛毒〉は、ほとんどの毒抵抗を無視して効く。できれば心臓のずっと下のほうにある毒袋を採取できればいいんだが、そうでなくてもはき出された毒を吸い取って集めるだけでも大きな収入になる。ああ、それと」
「うん?」
「ここまでは、ほとんど冒険者がいなかったが、ここからは多い」
「そうだろうな」
「第三十五階層まで、階層ごとに敵は強くなるのに、採取できる素材の質にはあまり変わりがない。下に行くほど宝箱の出現率が高いといわれているが、ここに来る連中は宝箱目当てではない。しぜん、第三十一階層に人が集中するのだ」
「わかった。では降りよう。鎧を着けろ」
エダが鍋や皿を手際よく片付ける。
レカンは鍋や皿や、さらには燃え残った薪までを〈収納〉に入れた。
「ほんとにその〈箱〉は、どうなっているのだ」
「それは訊くなと言った」
ヘレスが鎧を着け終わるのを待って、一行は、階段を降りた。
階段を降りてゆくと第三十一階層の風景がみえてきた。
だがこの位置からは、風景はみえても、音は聞こえないし、匂いも伝わってこない。
だからレカンにも、第三十一階層の入り口付近で異常事態が起きていることは、気づくことができなかった。
レカンは、〈収納〉から〈アゴストの剣〉を抜き、鞘を〈収納〉に戻した。そして第三十一階層に足を踏み入れた。
その瞬間、遠くない場所から濃厚な血の匂いがただよってきているのを知った。




