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網目状の通路の広くなった場所に、一同は腰を下ろした。
ヘレスは鎧を脱ぎ始めた。アリオスが手伝おうかと申し出たが断った。
実際、手伝いがなくても、手早く鎧を外している。
兜をはずしたときには、顔を大きく振って髪をほぐし、ふうと大きく息をついていた。
「兜はやっぱり暑いし息苦しいですよね」
「そうだな、アリオス殿。だが、もはや慣れた。これがないと薄ら寒い気がするのだ」
「そうらしいですね」
レカンは屋台で買った串焼きを三本とパンをエダに渡し、自分も串焼きを食べて水を飲んだ。
アリオスとヘレスも食べ物を出して食事を始めた。
「レカン殿。その外套のどこに〈箱〉をつけているのだ?」
「それについては訊くな」
「そんなべたべたしたものをそのまま入れたら、ほかの荷物がよごれてしまうだろうに」
「そのことは気にするな」
「あの大きな盾は、宿に置いてきたのか?」
「それは秘密だ」
「レカンて、美人にも容赦ないよね」
「美人?」
「ヘレスさんて、すごい美人じゃない。迫力の大型美人」
「知らん」
「ニケさんも奇麗だし、ノーマさんも美人だし、アリオス君も美男子だし。レカンの周りには美男美女が集まるんだね」
「知らん」
「エダさん」
「なに、アリオス君」
「たぶん、レカンさんが人をみるとき、顔立ちが整ってるかどうかなんてみてないと思います。というか、そういう感覚がないと思います」
「じゃあ、何をみてるんだろ」
「丈夫そうな骨格だなあとか、あそこが弱点だな、とかですかね」
「ぷっ。それ、ありそう」
「美人かそうでないかじゃなくて、強いか弱いか。敵か味方か。得意とする攻撃方法は何か。そんなとこじゃないですかね」
「あっ、それ、わかる。ほんと、そうだね」
エダはごくごくと水を飲み干すと、元気よく立ち上がった。
「さあっ。そろそろ行こうか!」
「まだだ」
「レカン。そんなとこに寝転がって、何してるの?」
レカンはむくりと起き上がった。
「エダ」
「なあに?」
「護衛のときは、ゆっくり食事をしていられないことも多い。歩きながら食べることもある」
「うん」
「だが迷宮では、食事のあとはゆっくり時間をすごすんだ」
「どうして?」
「食事のあとは、動きがにぶくなる。自分では気づきにくいがな。じゅうぶんに体が落ち着くまで休んだほうがいい。そのほうが結局いい戦いができるんだ」
「ふーん。わかりましたっ」
エダはごろんと横になった。
「でも、こんなふうにくつろげる迷宮ばかりじゃないんだよね?」
「普通は魔獣除けを使って安全を確保する。さもなければ、階段で寝る」
「うえ。階段で寝るのはしんどそうだね」
7
休憩が終わって、再び歩き出してまもなく、レカンが一行を呼び止めた。
「あそこに大型個体がいる」
「大型個体?」
「迷宮には各階層に一体ないし数体の大型種がいる。連続して二回大型個体を倒すと、倒した者と、二回目にそばにいる者には〈印〉ができる」
「しるし?」
「実際にやってみたほうが早い。エダ、アリオス、ついてこい」
「うん」
「はい」
くぼみを降りたところには、レカンの肩ぐらいまである蜘蛛がいた。
レカンはつかつかと歩み寄って、頭部を真っ向唐竹割にした。
エダに魔石を取らせようかと思ったが、エダの身長ではむずかしい作業になる。
「〈移動〉」
魔石がふわふわ宙をただよい、レカンの右手に収まった。
「便利な魔法だよね」
「驚いた。レカン師匠はそんなこともできるんですね」
「少し下がった位置で待とう。大型個体は倒された位置で湧く」
「へえ、そうなんですね」
しばらく待つと次の大型個体が湧いたので、レカンはあっさり殺した。
「よし。これで〈印〉ができたはずだ。あとは、階層と階層のあいだにある階段で、〈階層〉と唱えれば、頭に階層図が浮かぶ。〈印〉のある階層が選択できるから、選択して〈転移〉と唱えればいい。さて、次の階層に進むぞ」
坂を上ってヘレスと合流したとき、エダが訊いた。
「レカン」
「うん? どうした、エダ」
「あの人たち、どうして蜘蛛を檻に閉じ込めてるんだろう」
「糸をはかせるためだろう」
「連れて帰ればいいと思うんだけど」
「なに?」
「蜘蛛を連れて帰って、餌をやって、糸をはかせればいい」
迷宮の魔獣はその階層から移動することはできない。させようとすれば死ぬ。これは常識なので、レカンはそう言おうとした。
そこではっと気がついた。
レカンの常識は、もとの世界の常識であり、この世界でも常識だとはかぎらないのである。
「ふむ。ヘレス。答えてやれ」
「エダ殿。魔獣はその階層から連れ出すことはできない。はぎ取った素材は持ち出せるが、死骸でさえ魔石があるままでは階層の外に出せないのだ」
「へえー。そうなんだ」
階層を出て階段に入ってから、エダとアリオスに、〈階層〉の呪文を唱えさせてみた。二人とも問題なく、頭に階層図が浮かんだ。
8
「ヘレス。第十一階層の魔獣について教えてくれ」
「第十一階層から第二十階層までは八目大蜘蛛の劣等種が出る。八目大蜘蛛は、地上で出現すれば大きな被害をもたらす強力な魔獣で、劣等種といえども強さは驚異的だ」
「あ。八目大蜘蛛といえば、ニケさんが倒した魔獣だ。そうだよね、レカン」
「そうだったな」
「腹はぷよぷよして刃物が通りにくい。頭と足はひどく硬くて、剣の刃が欠けるほどだ。レカン殿の身長に近いほど体高があり、足の長さは折りたたんだ状態でも三歩はある」
「第十階層の大型種と同じぐらい?」
「足はあれより大きい。そして硬く鋭い。それを振り上げ振りおろして攻撃してくる。少々の防具を着けていても、頭から足まで一瞬で貫かれてしまう」
「絶対当たらないようにするよ」
「ただ、地形は第十階層までと同じなので、長距離攻撃の方法があれば、戦いは断然有利になる。基本的に蜘蛛は自分のくぼみを出て、他の蜘蛛のくぼみには入らないが、戦闘状態だと、くぼみのふちぎりぎりまでは上がってくる。上の通路にいても攻撃が届くことがあるから、注意すべきだ」
「攻撃はそれだけか?」
「あと、かみついてくる。斑蜘蛛よりずっと牙が大きいし、首の部分を器用に曲げて激しくかみついてくるので用心しなければならない。もちろん、かまれると毒にやられる」
「うん? 冒険者協会で買った魔獣の一覧表には、毒のことは書いていないが」
「八目大蜘蛛なのだから毒はあって当然だからではないだろうか」
「わかった」
「肝心なことを言うのを忘れていた。八目大蜘蛛には、頭部についた二つの目のほかに、腹の両側に四つずつ、目のような模様がある。この模様を注視してしまうと、めまいと頭痛がして立っていられなくなる」
「ちゅうし、って何?」
「じっとみることですよ。エダさん」
「戦うには、じっとみないといけないじゃん」
どうもエダは迷宮で戦っていると、以前のような少年っぽいしゃべり方になってくるようである。
「だから八目大蜘蛛は手ごわいのだ」
「毒は強いのか」
「強い。かまれたらしびれて動けなくなる。もっとも、丸太でもかみちぎるほど顎の力は強いから、かまれた場所によっては、しびれる前に死ぬ」
「わかった。では、第十一階層に入るぞ」




