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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第15話 女騎士ヘレス
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 ここは冒険者協会所有の練習室である。

 今ヘレスは、椅子に座って防具を身につけている。

 細かに編み込まれた服は、先ほど散策の途中でもみかけた〈網鎧〉とか呼ばれる防具だ。頭、胴、右手、左手、腰、右足、左足と、全身に着けてゆく。頭の部分は頭頂と側頭と首までが隠れるが、目と口と鼻はむき出しだ。

 その上に鎧を着けてゆく。

 完全金属の鎧ではなく、要所要所に金属を配し、魔獣の革でつないである。

「へえ。ディラン銀鋼に、大炎竜(ウルバンザム)の革に、八目大蜘蛛(ギエンウルハドル)の糸であつらえた鎧ですか。こんな高価な鎧をみたのは久しぶりです」

「アリオス殿は、まだ二十歳にもならないであろうに、よく知っているものだ」

「いえいえ。若くみえるかもしれませんが、二十歳よりは上ですよ」

「それは失礼した」

「しかも、その剣」

「うん?」

魔銀(コラード)ですね」

「どうしてみもせずにわかるのだ」

「わかる者にはわかるんですよ」

 やはりアリオスは、この世界の人間がみても若くみえるのだ。レカンは、この世界の人間の年齢判定に自信が持てなかったから、はっきりしなかったが、アリオスは、若くみえすぎる。

 幅広い知識と見識、落ち着きと判断力、そして何よりあの剣技から考えると、アリオスが二十歳そこそこというのは、どうしても違和感がある。

(この男、みかけ通りの年ではないな)

 最後に金属の兜を装着して、身支度は終わった。顔で露出しているのは目の周りだけである。ただし、口の部分には通気穴が空いているし、耳の部分にも小さな穴がいくつか空いていて、音を聞いたり話をしたりすることには問題がない。

「お待たせした」

「はじめに言っておく。剣の腕をみるのではない。戦いの腕をみせてもらう」

「うん? それは私にとっては同じことだが。レカン殿」

「何だ」

「本気でいかせてもらう」

「あたりまえだ。手の内を隠してオレの相手が務まると思っていたのか」

 ヘレスが剣を抜いた。美しい銀色の剣だ。

 それに魔力を通した。剣が紫色の燐光を帯びた。

 これと似たものを、レカンはみたことがある。

 ニケのふるう〈彗星斬り〉だ。魔法を通すことで超絶的な切れ味を発揮する剣だ。

(こいつも魔法剣の使い手か)

(おもしろい)

 レカンは、にやりと笑って、〈ラスクの剣〉を抜いた。

 だがその笑みは、すぐに消えた。

(なんだ道場剣法か)

(つまらん)

 構えて対峙したヘレスの動きが、手に取るように予測できる。

 腕はいい。おそらく速度も力もあるだろう。

 集中力もある。気迫もなかなかのものだ。

 だが、素直すぎる。

 人間相手に修業を積んだ剣士は、魔獣を相手にする冒険者より、駆け引きに長じているものなのに、このひねりのなさは何なのか。

 こんな茶番は早く終わらせるにかぎる。

 ヘレスが飛び込む構えをみせた瞬間、レカンは魔法を放った。

「〈風よ(ウィゼル)〉!」

 突如背中に生じた突風に押し出され、ヘレスは体勢を崩して前につんのめった。

 その顔めがけてレカンの剣が振りおろされる。

 転瞬。

 驚異的な速度でヘレスの剣が旋回し、レカンの剣を捉えた。

 とみえたのは錯覚で、ヘレスの剣はレカンの剣を素通りする。

 いや、レカンが剣を一度引いて、ヘレスの剣をかわしたのだ。

 そしてレカンの剣がヘレスの額にたたきつけられた。

 甲高い激突音が響いて、ヘレスはその場に崩れ落ちた。

 レカンは剣を鞘に収めた。

 その目は倒れたヘレスをみつめている。

「アリオス。みたか」

「みました。素晴らしい反応速度でしたね」

「こいつ、才能はあるな」

「ありますね」

「だが、せっかくの才能が、型にはまった稽古でかちんこちんに縛られている」

「この人の師匠は、実戦を知らない人ですね」

「ほう。なるほど」

「型というものの実戦性を理解していない師匠です」

「ちょっとこいつをいじってみたくなった」

「私もこの人がいじられるのをみてみたいです」

「よし、決まった。エダ!」

「は、はいっ」

「こいつに〈回復〉をかけてやれ。頭と首にダメージを受けてる」

「わ、わかった。〈回復〉!」

 たちまち緑の光の玉が生じて、ヘレスの頭部を優しくひたす。

 ヘレスは目を開け、飛び起きた。

「わ、私は! 私は」

 みおろしているレカンとアリオスに気づき、自分のそばに膝をついているエダをみた。

「私は、負けたのか。一合も打ち合うことができず」

「あんたの剣と剣を打ち合わせるわけにはいかんだろうが」

「貴殿は、魔法剣を知っているのだな」

「今は別行動をしているが、オレのパーティーには、〈彗星斬り〉という恩寵品を使う剣士がいる」

「〈彗星斬り〉だと! 宝剣ではないか! そうか。それほどの恩寵品を使う剣士さえ、あなたの弟子なのだな」

 がっくりとうなだれている。

 レカンは心で、オレのほうが弟子なんだが、と思ったが、それを口にするわけにもいかない。

「ヘレス。オレたちのほかに、参加すべきパーティーのあてはないんだな」

「ない」

「では、一緒に来い」

「えっ?」

「ただし、どの階層まで進むかはオレが決める。お前の事情なんぞ知らん。期限も知らん。俺たちは最長で六の月の二十五日ごろまでしかここにいない」

「あ、ああ」

「新しい階層に進むたびに、その階層の情報を教えろ。それが対価だ」

「わかった。階層ごとの礼金は」

「そんなものはいらん」

「いや、しかし」

「礼金なんぞ受け取ったら、それがオレを縛る。そんな縛りはごめんこうむる。それと、最下層の話は、今はなしだ。そんなところを、今のオレたちは目指していないからな」

「心得た」

「もう一度念を押すが、オレたちは、エダに迷宮探索を教えるためにここに来た。不必要な危険は冒さない。この階層でやめるとオレが判断したら、その下には潜らない。それに文句は言わせない」

「わかった。貴殿たちが、最下層を目指す気になるわずかな可能性に、私は賭ける」

「取得品の分配はオレが決める。オレたちの探索ぶりをみて、みこみがないと思ったら、いつでも離れろ。お前を縛る気はない」

「縛らず、縛られずか。わかった。その条件でよろしく頼む」

「第15話 女騎士へレス」完/次回「第16話 ニーナエ迷宮上層」

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― 新着の感想 ―
一気にパーティーメンバーが揃ってく!新展開の兆し!
劇中では魔力を纏わせて攻撃力をあげる武器は剣の形のものしか出てませんが 魔法槍や魔法斧なんてものも存在してるんですかね
[良い点] レカンとアリオスの掛け合い、レカンがアリオスの実力を認めてる感じがしてほっこりします [気になる点] レカンがますます教育に力を入れ始めてるのでそのうち過保護教育パパになりそうで可愛いです…
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