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ここは冒険者協会所有の練習室である。
今ヘレスは、椅子に座って防具を身につけている。
細かに編み込まれた服は、先ほど散策の途中でもみかけた〈網鎧〉とか呼ばれる防具だ。頭、胴、右手、左手、腰、右足、左足と、全身に着けてゆく。頭の部分は頭頂と側頭と首までが隠れるが、目と口と鼻はむき出しだ。
その上に鎧を着けてゆく。
完全金属の鎧ではなく、要所要所に金属を配し、魔獣の革でつないである。
「へえ。ディラン銀鋼に、大炎竜の革に、八目大蜘蛛の糸であつらえた鎧ですか。こんな高価な鎧をみたのは久しぶりです」
「アリオス殿は、まだ二十歳にもならないであろうに、よく知っているものだ」
「いえいえ。若くみえるかもしれませんが、二十歳よりは上ですよ」
「それは失礼した」
「しかも、その剣」
「うん?」
「魔銀ですね」
「どうしてみもせずにわかるのだ」
「わかる者にはわかるんですよ」
やはりアリオスは、この世界の人間がみても若くみえるのだ。レカンは、この世界の人間の年齢判定に自信が持てなかったから、はっきりしなかったが、アリオスは、若くみえすぎる。
幅広い知識と見識、落ち着きと判断力、そして何よりあの剣技から考えると、アリオスが二十歳そこそこというのは、どうしても違和感がある。
(この男、みかけ通りの年ではないな)
最後に金属の兜を装着して、身支度は終わった。顔で露出しているのは目の周りだけである。ただし、口の部分には通気穴が空いているし、耳の部分にも小さな穴がいくつか空いていて、音を聞いたり話をしたりすることには問題がない。
「お待たせした」
「はじめに言っておく。剣の腕をみるのではない。戦いの腕をみせてもらう」
「うん? それは私にとっては同じことだが。レカン殿」
「何だ」
「本気でいかせてもらう」
「あたりまえだ。手の内を隠してオレの相手が務まると思っていたのか」
ヘレスが剣を抜いた。美しい銀色の剣だ。
それに魔力を通した。剣が紫色の燐光を帯びた。
これと似たものを、レカンはみたことがある。
ニケのふるう〈彗星斬り〉だ。魔法を通すことで超絶的な切れ味を発揮する剣だ。
(こいつも魔法剣の使い手か)
(おもしろい)
レカンは、にやりと笑って、〈ラスクの剣〉を抜いた。
だがその笑みは、すぐに消えた。
(なんだ道場剣法か)
(つまらん)
構えて対峙したヘレスの動きが、手に取るように予測できる。
腕はいい。おそらく速度も力もあるだろう。
集中力もある。気迫もなかなかのものだ。
だが、素直すぎる。
人間相手に修業を積んだ剣士は、魔獣を相手にする冒険者より、駆け引きに長じているものなのに、このひねりのなさは何なのか。
こんな茶番は早く終わらせるにかぎる。
ヘレスが飛び込む構えをみせた瞬間、レカンは魔法を放った。
「〈風よ〉!」
突如背中に生じた突風に押し出され、ヘレスは体勢を崩して前につんのめった。
その顔めがけてレカンの剣が振りおろされる。
転瞬。
驚異的な速度でヘレスの剣が旋回し、レカンの剣を捉えた。
とみえたのは錯覚で、ヘレスの剣はレカンの剣を素通りする。
いや、レカンが剣を一度引いて、ヘレスの剣をかわしたのだ。
そしてレカンの剣がヘレスの額にたたきつけられた。
甲高い激突音が響いて、ヘレスはその場に崩れ落ちた。
レカンは剣を鞘に収めた。
その目は倒れたヘレスをみつめている。
「アリオス。みたか」
「みました。素晴らしい反応速度でしたね」
「こいつ、才能はあるな」
「ありますね」
「だが、せっかくの才能が、型にはまった稽古でかちんこちんに縛られている」
「この人の師匠は、実戦を知らない人ですね」
「ほう。なるほど」
「型というものの実戦性を理解していない師匠です」
「ちょっとこいつをいじってみたくなった」
「私もこの人がいじられるのをみてみたいです」
「よし、決まった。エダ!」
「は、はいっ」
「こいつに〈回復〉をかけてやれ。頭と首にダメージを受けてる」
「わ、わかった。〈回復〉!」
たちまち緑の光の玉が生じて、ヘレスの頭部を優しくひたす。
ヘレスは目を開け、飛び起きた。
「わ、私は! 私は」
みおろしているレカンとアリオスに気づき、自分のそばに膝をついているエダをみた。
「私は、負けたのか。一合も打ち合うことができず」
「あんたの剣と剣を打ち合わせるわけにはいかんだろうが」
「貴殿は、魔法剣を知っているのだな」
「今は別行動をしているが、オレのパーティーには、〈彗星斬り〉という恩寵品を使う剣士がいる」
「〈彗星斬り〉だと! 宝剣ではないか! そうか。それほどの恩寵品を使う剣士さえ、あなたの弟子なのだな」
がっくりとうなだれている。
レカンは心で、オレのほうが弟子なんだが、と思ったが、それを口にするわけにもいかない。
「ヘレス。オレたちのほかに、参加すべきパーティーのあてはないんだな」
「ない」
「では、一緒に来い」
「えっ?」
「ただし、どの階層まで進むかはオレが決める。お前の事情なんぞ知らん。期限も知らん。俺たちは最長で六の月の二十五日ごろまでしかここにいない」
「あ、ああ」
「新しい階層に進むたびに、その階層の情報を教えろ。それが対価だ」
「わかった。階層ごとの礼金は」
「そんなものはいらん」
「いや、しかし」
「礼金なんぞ受け取ったら、それがオレを縛る。そんな縛りはごめんこうむる。それと、最下層の話は、今はなしだ。そんなところを、今のオレたちは目指していないからな」
「心得た」
「もう一度念を押すが、オレたちは、エダに迷宮探索を教えるためにここに来た。不必要な危険は冒さない。この階層でやめるとオレが判断したら、その下には潜らない。それに文句は言わせない」
「わかった。貴殿たちが、最下層を目指す気になるわずかな可能性に、私は賭ける」
「取得品の分配はオレが決める。オレたちの探索ぶりをみて、みこみがないと思ったら、いつでも離れろ。お前を縛る気はない」
「縛らず、縛られずか。わかった。その条件でよろしく頼む」
「第15話 女騎士へレス」完/次回「第16話 ニーナエ迷宮上層」




