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翌日もゆっくり起きた。
遅めの朝食をとりながら、アリオスに訊いた。
「アリオス。呪術師とは何だ」
「呪術師ですか? 呪術の得意な魔法使いのことでしょう?」
「呪術とは何だ」
「え? これ、何かの試験ですか?」
「いや。知らんから訊いている」
「え? まさか。ええっと呪術というのは、決まった触媒に魔力を加えて、武器や装飾品に呪いをかけること、といえばいいでしょうか」
「触媒は何だ」
「決まった魔獣の決まった部位だと思います。ここの迷宮からは、呪術に使えるような素材がたくさん出ると聞いています」
「かける呪いの種類によって、触媒がちがうわけだな」
「一つの呪いには複数の触媒を使うんじゃないでしょうか。その組み合わせと配合、魔力をそそぐ手順などによって効果がちがうと思います」
「呪術を防ぐ呪術もあるのか」
「あるかもしれません。よく知りません。呪術に対抗したいときは、普通はそういう効果のついた恩寵品を手に入れると思います」
「呪術は、離れた場所にいる人間に直接呪いをかけることはできるか」
「えっ。……うーん。どうでしょう。そんなことができるという話は聞いたことがありません」
「呪術師は、面と向かった相手にその場で呪術をかけることができるか。つまり呪術は戦闘に使えるか」
「それは……よく知りませんが、そんなことは普通はできないんじゃないでしょうか。とにかく戦争や戦闘で呪術師が前線に出たという話は聞いたことがありません。呪術師の仕事は武器などに呪いの効果をつけるまでで、あとは使い手の仕事でしょう。効果の高い呪いをかけられる術師は希少です。前線で危険にさらす意味がありません」
(こいつ、冒険者というより、貴族か兵士のような発想をするな)
レカンのいた世界には、この世界のように即効性の恐ろしく高い効果を持つ呪具というのは、みかけなかった。
その代わり、遠方から呪いをかける術者はいた。即死したりする呪いはないが、ひどいときには十日やそこらで死んでしまうのだ。
この世界では、遠方から呪いをかけるような技術は知られていないが、効果の高い呪いを付与する技術があるようだ。
こういう常識のちがいを、徐々にすり合わせていっておかなくてはならない。
「アリオス君。レカンはね、時々信じられないほど物を知らないことがあるんだよ」
「そうなんですか」
「うん。今のも何かの試験とかじゃなくて、ほんとに知らなかったんだと思う」
「エダ」
「なに?」
「お前、どうしてこいつのことを、アリオス君、と呼ぶんだ」
「だって、可愛いもん」
「いや。こいつ、若いとはいっても、どうみてもお前より年上だぞ」
「いや、レカン殿。エダさんは弟子として先輩です。姉弟子です。私のことは、呼び捨てにしていただいていいんです」
「呼び捨てになんかできないよ。アリオス君はアリオス君だもん」
「いや、まあ、本人同士がいいならいい」
レカンの収納には、〈ストラの短剣〉が入っている。〈呪い耐性無効〉と〈毒耐性無効〉の恩寵がついた迷宮品で、暗殺者ドボルがレカンを襲ったとき使っていたものだ。斑蜘蛛の糸がついていたが、それははずした。刃に塗られた五頭大蛇の毒は、当分のあいだは高い毒性を保つとシーラに言われたので、つけたままで鞘に収めている。
〈ストラの短剣〉も、斑蜘蛛の糸も、鑑定でニーナエの迷宮で出たものだとわかっている。
この迷宮は、ああいう武器が出てくる迷宮なのだ。
いざというとき以外、〈ザナの守護石〉は使わないつもりだから、〈ハルトの短剣〉は、常に装備しておかなくてはならない。
9
町を散策する。
〈箱〉を売っている店があったので入った。
今レカンは金も装備も日用品も食料も、すべて自分自身の〈収納〉にしまっている。これは迷宮で得たスキルであって、〈箱〉とはまったくちがうものだ。レカンの〈収納〉は、この世界の〈箱〉とは比べられないほど高性能なのだ。
それはいいのだが、金がいくらぐらい残っているのか、さっぱりわからない。
また、買い物をするとき、相手に〈収納〉に気づかれないようにするのも面倒である。
だから、金を入れる専用の小さな〈箱〉を買おうと思ったのだ。
名前は〈箱〉だが、袋にこの機能をつけることが多いようで、この店の品もほとんどが袋仕立てだ。というより、袋に〈箱〉の機能を付与している品だ。
客のほうが袋や壺や箱を持ち込んで、それに〈箱〉の機能をつけてもらうこともできる。それに対応している店ならばだが。ただしその場合、料金はずっと高くなるので、普通はそんなことはしない。
〈箱〉の容量は、作り方によってちがい、十倍程度から五十倍程度までさまざまだ。それ以上のものは特注品となる。ごくまれに百倍ほどの容量を付与できる魔法使いがいるらしい。
〈箱〉機能のついた袋の強度は、もとの袋の強度に比例する。〈箱〉機能をつけると、内側からは破れなくなり、外側の強度も上がる。
とはいえ、しょせん袋は袋である。切れば裂けるし、劣化すれば破れる。破れたら、なかに入れた物がそこから落ちてしまう。
だから商人は、特殊なものをのぞいて、商品の運搬に、あまり〈箱〉は使わない。例外は食料品ぐらいだが、これも大型の袋を五倍程度に拡張したものを使うのが普通だ。それ以上の容量のものは、新調、補修、買い換えの費用が利益を食ってしまうし、事故が起きたとき対処しにくい。
こういうことを、レカンはチェイニーから教わった。迷宮で冒険者がどんな〈箱〉を使うかについて、チェイニーには確かな知識がなかったので、レカンにもよくわからない。
町でみかける冒険者たちは、二つか三つの、さほど大きくない〈箱〉らしき物を背負っていることが多いが、あれでは迷宮で得る素材の大きな物は入らない。〈箱〉は、それ自体より大きな物は収められないからである。
レカンは、こぶしほどの大きさの〈箱〉を一つと、〈箱〉機能のついていない少し大きめの袋を二つ買った。そして、〈箱〉を包む革袋を一つ買った。これは、〈箱〉の素材が布であるため、その強度を補うためだ、外側の革袋だけを買い換えてゆけば、なかの〈箱〉はあまり傷つかずにすむ。
エダは小物入れを一つ買った。
アリオスは、興味深げにいろいろな〈箱〉をながめていたが、買わなかった。もっともアリオスはすでに、少なくとも三つの〈箱〉を持っている。まにあっているのだろう。
店を出てしばらく歩くと、人通りの少ない場所に出た。
レカンは立ち止まって振り返り、後ろを歩いていた女に声をかけた。
「それで、オレに何の用事だ?」




