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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第14話 押しかけ弟子
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 これでもう言うべきことは言った、とレカンは考えた。だが、エダはそうではなかったようで、言葉を足した。

「ゼプスさんは、ノーマさんのお母さんが侯爵家でどんな生活をしていたのか、それがなぜなのかを、知ってました」

「そうか。そうではないかとは思っていた」

「そのことは、〈貴族家の秘密〉だとか、〈わが家の秘事〉だとか言ってました」

「ふっ。彼は母のことを〈使用人〉と呼んだんだけどな。ああ、そうか。使用人も家の人間のうちか」

「プラドさんがゼプスさんに、あたいをかどわかしたってのはほんとか、って訊きました。ゼプスさんは、それは事実じゃない、保護したんだって答えました」

「保護?」

「はい。〈少女を暴虐な無法者から保護したのです〉って言いました」

「暴虐な……無法者?」

「あたいは言いました。レカンはやさしい人だって。押しかけたあたいを受け入れてくれて、守ってくれて、教えてくれて。〈回復〉の魔法だって、レカンが教えてくれたものなんだって。あたいはレカンが大好きだって」

「そうだったのか」

「あなたはあたいの事情なんか知ろうともせず、あたいをだまして、気絶させて、無理やりこの屋敷にさらってきたじゃないですかって。するとゼプスさんは言いました。君はこの無法者にだまされてるんだ。この屋敷にくれば、きれいな服も、たくさんのお給金も、ごちそうも、思いのままだって」

「それは、まるで」

「あたい、思ったんです」

「何をだい?」

「ノーマさんのお母さんが発現した力と、侯爵家で起きたことを知って、ゼプスさんは思ったんじゃないでしょうか。それは本来自分たちのものだったはずなのにって」

「……なるほど。いわれてみれば、あの人ならそんなふうに考えそうだ」

「そんな話をしてるあいだも、ゼプスさんは天井裏に暗殺者を忍び込ませてレカンを殺そうとしてました。レカンがちょちょいっと、その暗殺者を片付けると、尻餅をついてがたがた震えだして、大金貨二枚でこの娘を売ってくれ、って言いました」

 ノーマはため息をついた。

「すると執事のカンネルさんが言いました。今レカンが身につけてる〈ハルトの短剣〉と聖硬銀の剣だけでも、この家の資産を超える価値がある。それを惜しげもなく使い捨てにするのがレカンのような迷宮の深層に潜る冒険者なんだって」

 エダの話をここまで聞いて、レカンは急にあることを思い出した。

「そうだ。あのときカンネルは、オレに対抗するなら同じような冒険者を雇うか、せめて迷宮騎士を育てる必要がある、と言っていた。ノーマ。迷宮騎士とは何だ」

「そこかい? 君はいったい本当に、どこから来たんだ? ものを知らなさすぎるよ。ええっと、騎士には勅任騎士と諸侯騎士と貴族騎士がある。ここまではいいね?」

「いや、よくない。騎士は王に任命されるものではないのか」

「それが正式の騎士だね。大昔には、王に叙せられた者だけを騎士と呼んでいた。勅任騎士だね。やがて、爵位持ちの貴族や領地を持つ貴族も、自分の配下を騎士に叙するようになっていった。これが諸侯騎士だ。今では貴族も勝手に騎士を叙任する。貴族騎士だ」

「なるほど。理解した」

「王国法に、爵位持ち貴族や領主になるには騎士でなければならない、とある。この場合の騎士とは勅任騎士のことだ。だけどこの条文はもう形骸化していて、騎士への叙任がなされていなくても、爵位持ち貴族や領主になった時点で、勅任騎士になったとみなされる」

「ふむ? まあ、わかったことにしておく」

「念のために言っておくけど、諸侯騎士に面と向かって諸侯騎士と呼んではいけないし、貴族騎士にあんたは貴族騎士だろうなんて言ってもいけない。決闘になるよ」

「では、何と呼べばいい?」

「ただ騎士と呼べばいいのさ。何の話だったかな? ええっと。そうだ。迷宮騎士だったね。さて、王直轄の騎士団は非常に強い。そもそも選抜が厳しいし、装備も一級だ。訓練も欠かさない。フィンケル迷宮の一定の階層など、王直轄騎士団の専用訓練場となっていて、迷宮探索の援助態勢も調っている」

 フィンケル迷宮というのは、王都のすぐそばにある迷宮だったな、とレカンは思い出した。

「ところが、諸侯騎士や貴族騎士の強さはさまざまだ。多少の訓練とそれなりの装備があるから、役に立たないということはない。だがその程度の強さでは足りないことがある」

 話の成り行きがみえてきた。

「迷宮の中層や深層に潜る冒険者には太刀打ちできない。大きな盗賊団になると、そのなかに冒険者崩れも混じっていたりするし、冒険者というのはあまり世のなかの規則を気にしないから、もめごとも起こす。それを取り締まるにはどうしたらいいか」

「ふむ。迷宮か」

「そうだ。迷宮で訓練して強さを身につける。それが迷宮騎士だ。ただ迷宮騎士は、それほどには強くないのが普通だ」

「うん? なぜだ?」

「おやおや。君がそれを私に訊くとは。いいかい。強くなった者を騎士にするんじゃない。騎士になった者を強くするんだよ」

「ああ、そういうことか。なるほど。それはそうだ」

 千人の人間が迷宮探索を始めたとする。一か月後には、百人が死ぬか怪我で探索できなくなり、同じくらいの人間が探索を諦める。毎月毎月、離脱者は増えてゆき、一年後には百人も残らないだろう。しかも、その百人のうちの大部分は、危険と報酬が釣り合う階層をみつけてそこにとどまる。あるいは、ごくゆっくりとしか進まなくなる。より深い階層に進み続ける者は十人もいない。一年後になると、二、三人になっているだろう。

 迷宮とは、それほどに過酷な世界だ。そして、深層を探索する冒険者というのは、その過酷な世界を少なくとも十年以上くぐり抜けてきた者たちなのだ。

 もっとも、ある段階に達すると、能力も装備も充実し、生き延びるこつもつかむから、簡単には死ななくなる。迷宮ごとのくせのようなものもわかってくる。あとに続く者は先人から情報を買うこともできる。だから、死亡率は下がってゆく。

 とはいえ、潜り続けるなら、死は常に身近だ。この世界ではどうか知らないが、もといた世界でも、一つの迷宮にとどまり続ける冒険者のほうが多く、レカンのように、次々と新たな迷宮に挑戦していく変わり者は少なかった。ただし、もといた世界は動乱の時代に突入しようとしており、迷宮の外でも、強大な力を持つ者はのし上がるチャンスが多かったから、迷宮への挑戦は熱を帯びていた。

 ひるがえって、諸侯騎士なり貴族騎士は、はじめから訓練もされているだろうし、よい装備も与えられているだろうが、逆に迷宮の訓練で使いつぶすわけにはいかない。百人のうち一人が十年後には深層の冒険者なみになれるとしても、あとの九十九人を犠牲にはできないし、百人の騎士が十年間も任務を離れて迷宮にこもることを許容できるような領主がいるわけがない。

 したがって、諸侯騎士や貴族騎士は、迷宮に潜る期間も、潜る階層も、それなりのものでしかないはずだ。当然強さも、それなりのものでしかない。

「ふむ。だが、例外もあるかもしれんな」

「例外だって?」

「そうだ。迷宮騎士にも強いやつがいるかもしれん」

 レカンはジンガーをみた。

 ジンガーは目線を落としたまま、静かに茶の香りを楽しんでいた。

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― 新着の感想 ―
>「あたいは言いました。レカンはやさしい人だって。押しかけたあたいを受け入れてくれて、守ってくれて、教えてくれて。〈回復〉の魔法だって、レカンが教えてくれたものなんだって。あたいはレカンが大好きだって…
[気になる点] この世界の強者はどうやっても迷宮に潜らざるを得ないんでしょうね、いくら技術を磨いたって地力に差がつき過ぎる
[一言] この物語はフィクションですが、恐ろしい事には現実に於ても、今日の吾が邦で、よく似た非道が罷り通っています。 杜撰で権利を無視した事情聴取で「暴虐な介護者による虐待」という『事実』を捏造して…
2022/08/19 09:59 退会済み
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