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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬の夏休み
19/23

(流行+常識)÷2=蕎麦屋

「まぁいいや」

 宏臣は何とも複雑そうに口を尖らせている朔美には構わず、テーブルの下に手を入れたと思えば、突然中身の見えないビニール袋を取り出してきた。

「うお、どこから出したんですか」

「ふっふっふ、あまり俺を舐めないほうがいいぞ。一馬くん」

「いや舐めてないです。本気で驚いてますよ」

「そりゃ手品師冥利に尽きるってもんだ! んじゃとりあえずこれユニフォームだから、カウンター席のすぐ横にある長い暖簾の先の居間でちゃちゃっと着替えてきてくれ」

「今日からすぐ仕事するんですか?」

「おう、今日は一馬くんのために、特別に三時に客がくる手筈になってるからな」

 一馬は店内の時計に目をやる。既に十五分をさしており、用意などちんたらしていたら、仕事内容を覚えるのは実質三十分しかない。

 飲食店の接客どころかアルバイト自体初体験の一馬には心の準備期間が足りなすぎる。

 一馬は慌てて奥の部屋にお邪魔し、渡されたユニフォームを引っ張り出した。

 しかしそれは、一馬が予想していたユニフォームとはあまりにかけ離れており、思わず絶句してしまった。

 これはなんだ、新手のジョークか。はたまた朔美と宏臣の面白計画にまんまとはまってしまったのだろうか。

 そんなことを考えながら、一馬はしぶしぶユニフォームに袖を通し、店内の二人の下へ姿を現した。

「おおよく似合ってるじゃねえか。タッパがあるから見栄えがよくなるな」

「栗原いいじゃん! 馬子にも衣装だね」

 顎髭を撫でながら下から上まで品定めをするように頷く宏臣と、顔に喜色を浮かべ、チャーミングな八重歯を覗かせながら少し失礼なことをのたまっている朔美。

 そんな二人とは対照的に、一馬の顔色は困惑色に塗られていた。

「あの、このユニフォームは一体……?」

「ん? そりゃこの仕事をするときはタキシードって相場は決まってるだろ?」

「マジすか!?」

 普段リアクションの薄い一馬も、この事実には思わずたじろぐ。

 そうである。一馬が身に着けているユニフォームは、先ほど宏臣が着用してきた黒のロングタキシードとは間逆の真っ白なロングタキシードなのだ。おまけに目立ちに目立つ赤の蝶ネクタイ。

 こんな姿でそば屋の接客をすることを考えれば、リアクションの良い人間であれば卒倒して頭から地面に埋もれかねない。

「なにそんなに驚いてるの? 逆におそば屋さんの格好してたらおかしいじゃん」

「それこそが正解だろ普通!?」

 朔美はこの世の常だと言わんばかりに首を傾げる。

 一馬は思わず頭を抱えてしまう。自分の常識がここでは通用しないのだ。もはや常識とはなんなのかという所から考え直さねばならないのかもしれない。

「なんだ、冷めた少年かと思ってたら意外とハイテンションなんだな一馬くん」

「わたしも初めてみたよ、こんな栗原」

「ハイテンションにもなるわ!」

 ここ十年で一番の大声を出す一馬。

「なるほどわかった、一馬君は黄色のタキシードが良かったんだな!」

「何もわかってないっす!?」

「もお、どうしたのさ栗原。いつもならこんなこと気にしないのに」

「俺お前にどんなやつだと思われてたの!?」

 朔美に相当な無関心男と思われていたことにショックを受ける一馬だが、今はそれよりもこのそば屋のスタイルに多大な衝撃を受けているため、それ自体は対したダメージに感じられなくなっていた。

「……もしかして普段は昼時の二時間しか営業しないのって」

「つまりそういうことだ」

 変わった飲食店というのは営業時間を少なく指定した方が流行りやすいというのはよく聞く話だ。

「お父さん雑誌にも載ったことあるんだよ!」

「マジで!?」

 これまた驚くべき事実である。グルメ雑誌に紹介されているということは、巷では相当なトレンドとなっているはずだ。

 ともすれば、やはり常識知らずは自分だったということか。一馬はある程度の流行や常識は知っているつもりではいたが、知らないうちに乗り遅れていた自分に愕然とする。

「空間から生み出す錬金術師なんて名前つけられちゃってねー」

「朔美恥ずかしいだろう。もう昔の話さ」

「いやでもそれはすごいじゃないすか。一体どんな作り方なのか気になりますよ」

「そりゃ企業秘密ってやつだ。これから一緒に働くからってそれだけは教えられねえなぁ」

 ニヒルに微笑してウインクをする宏臣。まるでイタリア人のような振る舞いだが、様になっているのは宏臣の存在感がなせる業だろう。

「ま、一つだけ教えてやるとすれば、俺のタキシードの内ポケットは四次元に繋がっている」

「内ポケットっすか?」

「ああ。そこから技術を駆使して外に出して、手のひらに乗っけてやるってわけだ。そしてそれを客に見せる」

「直接っすか!? 皿は!?」

「皿? 受けるのは俺の手に決まってるだろ?」

「いや汚いっすよね!?」

「失礼なやつだな。ちゃんとする前は手を洗ってるぞ」

「いやいや流石にお客さん怒りますって!」

「すごく驚いてくれるし、喜んでくれるぞ?」

 客に手で直接そばを出すことが今のトレンドだというのだろうか。一馬はまるで異次元の世界にでも迷い込んだように感じていた。

 店内もエアコンが効いているはずなのに変な汗が湧き出てくる。

「……驚きすぎて既に疲労困憊だ」

「なんで何もしてない内から疲れてるのさ……」

 呆れたように嘆息する朔美。

「それで、俺は何をすればいいんですか?」

「俺の助手として働いてほしいんだ」

「助手ですか?」

 接客ではなく、調理の方なのかと思い至る。

「ああ、最近イリュージョンマジックに挑戦しようと目論んでいてな。それで助手を探していたんだ」

「え? イリュージョンマジック? 調理のほうじゃないんですか?」

「……さっきから何か会話がかみ合っていないと思ってはいたが、一馬くんはさっきから何の話をしてるのかな?」

「え? そば屋のバイトの話ですよね?」

「いや、マジックのお手伝いの話なんだけど」

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