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足して2で割る。  作者: ディライト
朔美と一馬
15/23

(悠久+予感)÷2=告白

 気付けば外の景色も赤みがかって来ていた。

 三十数個の机と椅子だけが佇む教室で、窓際に座る少年と壁際に座る少女の視線がほぼ同じタイミングで交錯した。

「よっ」

「よお」

 朔美が少し困ったように八重歯を見せて軍隊のように敬礼し、一馬は心なしかむすっとした表情で頬杖をついていない右手を挙げた。

「ごめんねお待たせしちゃって」

「ホントにな。長すぎだろガールズトーク」

「だよねー。どうしてこんなに長いんだろう」

「そりゃ俺が聞きたいよ」

 一馬は親父臭い声を漏らしながら立ち上がると、机の上に用意しておいた鞄を手にとって、朔美の元へと近づいていった。

「うし、さっさと帰ろうぜ」

「そだね」

 そう言い合って、二人は後ろのドアから教室を出た。

 廊下を歩く一馬の足取りは早く、朔美は小走りで肩を並べる。一馬はすぐに気づいて少し速度を緩めると、朔美はにへらと意味深に口角を上げた。それを見た一馬は少し気恥ずかしそうにそっぽを向く。

 放課後のこの時間に誰かと共に在ることが、二人にとっては初めての経験である。一人の時間と比べると、決して居心地が良いわけではないけれど、どこか擽ったくて、むずかゆい気持ちで、それでいてぽかぽかと温かい気分でもある。そんななんとも言い表せないこの想いの正体を、まだ二人には暴くことはできない。

 昇降口に着いて、ローファーを床に叩いて足を通す。

先に朔美が玄関口を出ようとすると、一馬がその前に声を掛けた。

「二人で駐輪場まで歩ってたら、校庭の運動部の奴らに見つかるんじゃねーか?」

「だいじょぶだいじょぶ。運動中にわざわざ下校中の生徒なんか誰も見てないって」

 運動部の気持ちなどわかりはしないが、そんなもんかと一馬は渋々納得して朔美の後に続いた。

 夕方でも太陽の力は衰えず、昼間に溜め込んだ暑さも相俟ってまだまだ汗が滲み出てくる。

 そんな中、横に見える校庭ではサッカー部が暑苦しい掛け声をあげながら、四方八方に向かうボールを追い掛けていた。朔美の言う通り、誰ひとりとして自分達の姿に眼をやる生徒はおらず、一馬は安堵の溜息をついた。

 特にこの間に会話をすることもなく、すっかり歯抜けになった駐輪場に到着すると、各自手際よく自転車を引っ張り出した。

 一馬は自分のマウンテンバイクに跨がったが、

「歩いて帰らない?」

 という朔美の提案によって、結局二人は自転車を押して歩いていくことにした。

 ちりちりとチェーンが擦れる音と夕暮れ時から鳴き始める虫の声をBGMに、二人はここでも特に会話もなく校門へと歩を進める。

 流石に何か話題を振った方がいいのだろうかと一馬は頭を悩ませていた。しかし朔美のことだから、変に話し掛けるよりはただ黙って歩いている方がいいのかもしれない。一馬自身も間が持たないというわけではないし、できることならこのぬるま湯に何時までも浸かっていたい気分だ。

 とはいえ一緒に帰ろうと言ってきたのは朔美だ。しかも話があるからと真っ白な頬を赤らめるおまけ付き。そうなると、ぬるま湯が追い炊きされるのは時間の問題である。だから、朔美が妙な行動を起こす前に、自分から動くしかないと睨んでいるのだが、いかんせん話題がない。自分から話題を振ることなど皆無に等しいから、最近の女子高生が食いつきそうな話題を捻出することなど、今の一馬にとっては期末テストで全教科満点を取るくらい難しいことだ。朔美が最近の女子高生のカテゴリーに分類するのは些か疑問ではあるが。

 しかしこのまま手を拱いていては、朔美の先程の様子を見るに最悪のケースも想定できる。勿論朔美にまさかの告白をされてしまうという展開だ。それは平和な毎日の崩壊を意味することになる。確信があるわけでもないし、決して自惚れているわけでもないのだが、こんないかにも告白前の典型的シーンを体験してしまったなら、そう思ってしまうのも無理はないだろう。

 となれば早急に手を打つべきであると一馬は考える。ベタだが気候の話題でも振って主導権を握ろう。そしてそのままその手の話題に向かわせないようにするしかない。

 そう思って朔美の方に振り向いたと同時に、

「ねぇ、栗原」

 なんと先に朔美が声を掛けてきた。

「へ!? お、おうなんだ?」

 想定外のシチュエーションに思わずうろたえる一馬。そんな一馬の様子など見もせず、朔美は前を見ながら言葉を紡ぐ。

「さっき、話があるって言ったじゃん?」

「ん、あ、ああそうだな……」

「うん……、あれね、実は栗原に……お願いが……あるんだ」

 お願い。

 ますます一馬の心中は嫌な予感で包まれていく。

 朔美が立ち止まった。

 伝染するように一馬も半歩進んだ先で足を止めて、首だけ朔美の方へと振り向く。

「あのね……、」

 ごくりと唾を飲み込む一馬。

「その……、」

 真っ赤な顔でちらりと上目遣いを向けて、直ぐに目線を逸らす朔美に、一馬の心臓がこれでもかというくらいに跳ね回る。時間の流れが悠久の時のように感じる。暑さのせいか緊張のせいか、一馬はどうにかなりそうだった。

「……っ!」

 自転車のハンドルがぎゅっと握られ、そして朔美は意を決したように顔をあげた。


「あんたの時間を……、わたしに下さい!」


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