194 私達のその後
異世界から帰ってきて、どれくらい時間がたっただろう。とか現実逃避をしても、帰ってから二週間という事実はかわらない。そう、来週から期末テストという現実は変わらないのだ。
「……結花奈、ぼけっとしてないで手を動かしなさい」
「はいはい」
優姉はわき目もふらず勉強していた。別にそれはシュリと別れた悲しみからの逃避……まあ、それが全くない訳じゃないかもだけど、それだけじゃない。
四年近くも私たちは向こうの世界にいた。四年間全くふれてなかった勉強を詳しく覚えているわけがない。文字とかはもちろん覚えてる。でも年号だの何だの細かいことを覚えてられるか。
てな訳で私たちはバリバリ勉強しないと落ちこぼれてしまうわけだ。優等生だった優姉には耐えられないのだろう。勉強漬けの日々だ。
私は元々そんなに真面目じゃなかったし、別にいいじゃんと思ってしまうけどさすがに赤点はまずいしね。
私はペンを小刻みに振ってふにゃふにゃに見えるようにする手遊びをやめて、渋々持ち直して教科書に向かう。
今やってるのは歴史だ。得意とは言えないけど、ようは覚えるだけだ。ノートと見比べて重要な部分にマーカーをひいてノートに書いておいた先生の言葉を記入しているので教科書だけで勉強できる。
なので今はその教科書の重要文章を、またノートに書いて覚えていく作業だ。あー、めんどい。
「ねぇ、優姉」
「なによ。どこがわからないの?」
「そうじゃなくてさ、……大丈夫かなって思ってさ」
唐突で主語のない私の問いかけに、でも優姉はすぐに言いたいことがわかったらしい。少しだけ視線を落とした。
あれから二週間、最初にぼろ泣きして以来、涙を見ない。別に泣かしたい訳じゃないけど、でも無理をしているならせめて私にくらい弱音を吐いてほしい。
「………大丈夫よ。別に、無理やり勉強してるとかじゃないわ」
「ほんとに?」
「……ちょっと、嘘。だって、仕方ないじゃない」
「うん、仕方ないよ。だから、話してほしいな」
やっぱり心配だからさ。恋人なわけだし。とちゃかし気味に言うと優姉ははにかんだ。
「ありがと」
「お、おう」
その表情は可愛くて、そんな場面じゃないけどちょっとどきっとした。
「なに、照れた?」
「馬鹿言っちゃいけません」
「はい、ごめんね。うん、でも、大丈夫よ。そりゃ、ちょっとは無理してるわ。朝起きて、シューちゃんに挨拶しちゃうときあるもの」
優姉は悲しげに眉尻を下げながらも口元は微笑んだ。シュリのことを思い出しているんだろう。
私にとっても一年半くらい、毎日毎日顔を突き合わせてたんだ。家族に近いくらいに思ってる。
だけどシュリとはお互いに保護者とかではなく、対等な関係だった。だからすごく心配したりはしない。シュリなら大丈夫だと信じている。別れたのは寂しいけど、悲しむよりは前を向いていける。
でも優姉は、いくらシュリが大丈夫と言って、本人がそれを信じても心配な気持ちはなくならないだろう。完全に保護者の気持ちでいたし、シュリもそうだった。私とはまた違う特別な関係だった。私とは違う感情を持っているのは当たり前だ。
どうしようもないけど、だからこそ気になる。せめて慰めるくらいはさせてほしい。私にしかできないことだし、私だけにさせてほしい。
「優姉、もっと聞かせてよ。もっと、優姉の気持ち聞きたいな」
「……言っても、いいの?」
「いいよ。もちろん。だって、優姉のことだもん。全部知りたいよ」
「……未練たらたらで、後ろ向きな愚痴でも?」
「聞きたい」
優姉はわかってないなぁ、ほんと。優姉のことなんだから、何だって聞きたいに決まってる。優姉が話して少しでも楽になるなら、同じ話を百回聞くのでも、つっまらない話でも、全然構わないんだから。
「…朝起きた時だけじゃないの。ご飯食べていても、シューちゃんちゃんと食べてるかなとか、そんなこと考えてしまうの。何か考えてたり、何かしていれば大丈夫だけど、ふっと気を抜いた時にシューちゃんのことが頭に浮かんで仕方ないの」
「うん。そっか、シュリのこと、心配だもんね」
話し始めてしまえばタガが外れたように、躊躇っていたのがポーズだったみたいに話し始めた。
私はとにかく聞き役になろうと、うんうんと頷いてあげて優姉の気をはらしてあげることにする。
「そうなの。すごく、心配で。でもどうしようもないから、何か考えて気を紛らわせて、………ねぇ、私、本当にこれでよかったのかしら。あと十年くらい、いてもよかったんじゃないかしら」
「そうだねぇ」
「……否定してよ。もう、どうしようもないんだから」
「ああ、ごめん。帰るタイミングはあの時しかなかったと思うよ。あの時を逃したら、きっとシュリが死ぬまで帰らなかったし、何かしら問題があったはずだよ」
意見を言ってもいいのか。
それしても、本当に今更だ。ただの愚痴でしかない。優姉もそれをわかってるのに何度も同じことを考えてしまうんだろう。
そんな割り切れなくて引きずってしまう面倒なところも好きだ。それは優姉の優しさだと思う。
「そうよね……私もわかってるの。それでも、毎日シューちゃんのこと忘れられないの。いや、忘れたくはないわよ。そうじゃなくて、シューちゃんのことばかり考えてぼんやりしてしまうと言うか」
「わかってるよ。シュリの為にも胸を張れる生き方をしたいのに、手がつかないんだよね。あくまで普通の生活で、ごく平凡にシュリのことを思いたいんだよね」
「そう! そうなのよ」
優姉がもやもやしている気持ちを言ってあげると、我が意を得たりとばかりに優姉は手を打った。それからちょっと潤んだ瞳で私のことを見つめてきた。
よくわかったなぁ、すごい。私のことすごく理解してくれてるんだ。みたいなこと考えてるんだろうなぁ。
優姉のことは長いつきあいだしわかる。当たり前だけど、少し照れるな。あんまり優姉と真面目な話とかしないからね。
「私、どうしたらいいのかしら」
「まあ、どうしようもないよ。こればっかりは時間が解決してくれるのを待つしかないね」
「………冷たい。それに、話す意味ないじゃない」
「そんなことないよ。他の人には言えないでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「それに、溜め込んで溜め込んで独りで泣いてほしくない。心配だとかシュリのことはいくらでも聞くからさ、泣くときは私の前でしてよ」
「……じゃあ、もうちょっと、シューちゃんの話してもいい」
「もちろん」
優姉は私の隣に来て寄り添うように座り直すと、ぼそぼそと小声でシュリについて話して、途中から涙声になっていた。
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