リスト様の屋敷で起きた事件の犯人
私は、毎日、ギルバートと過ごした。
ギルバード宛に何か変なものが届いたり手紙が来ても私が対処できるように。
「ギル、魔法についてはどこまで教わったの?」
と聞くと、ニッコリ笑って入れたばかりのお茶をアイスティーに変えてしまった。
「すごいわ!ギル!
私の通っていた女学院ではほとんど魔法の練習はしていないの。
だから一緒に練習しましょう」
と言うと
「姉様は全く習ってないんですか?なら僕が教えてあげますよ」
と言って二人で魔法の練習をした。
ギルバートは思いの外才能豊かで、生活魔法から順番にゆっくり教えてくれた。
私の通っていた女学院は、主に社交を学び、いい淑女になり、良縁に恵まれるようにするのが主な目的だから魔法は教わらないのだ。
有力貴族に嫁ぐには、教養や社交能力、語学力、それから諸外国の様子などが欠かせない能力となると言う事はお父様とお母様を見ていればよくわかる。
でも、魔法も習いたかったなと心の中で思っていたから、私にとって楽しい時間になった。
それから1週間後、リスト様が訪ねてきた。
リスト様は人払をしてから、あの結界を張った。
15分しか持たない結界だ。
「今回の件だけど、まず取り逃した刺客を雇ったのは誰かはわかっていない。
しかし、高級娼婦を雇ったのはフィオナ・フリト侯爵令嬢だった。
お粗末な事に指示書があったんだ。直筆のね。
しかも署名をしてあって、フィオナ・フリトと書いてあってね、言い逃れは出来なかったよ。
こんなバカな事をした理由は、学生時代、マリーナが自分に傅かなかった事を根に持っていた嫌がらせらしい。
だから、あれ以上もあれ以下もない。
単なる嫌がらせだった。
これはすぐに侯爵家に抗議した。
もちろん貴族院にもね。あの屋敷の事は家族とザルバ子爵しか知らないんだよ。誰かが私の住所を漏らした。
『誰』かはわかっているけど、貴族院は情報は漏れていないと言い張っていたよ。」
フィオナ様が犯人と聞いてびっくりした。
「フリト侯爵令嬢は大事になるとは思っていなかったようだが、今回、高級娼婦の数人が、ドラッグを所持していたんだ。
このドラッグ、一部の娼婦が依頼主からもらったと言い張ってね。」
フフフとリスト様は笑った。
「娼婦としては出所を言いたくないがために咄嗟についた嘘だろうけど、憲兵が踏み込んでいる上に、供述は証拠として魔道具で記録されている。
フリト侯爵家としては憲兵を買収して事件を揉み消したかったようだが、こちらに接触するツテがなかったようで、揉み消せなかった。
だから、フリト侯爵令嬢は裁判所から30日の奉仕活動を言い渡された」
フィオナ様…かなりダメじゃないですか。
リスト様いわく、奉仕活動とは、公共施設のお掃除が中心でトイレ掃除とかも含まれており、貴族のお嬢様には屈辱的な内容だ。
自分のフリした誰かを送り込もうにも魔法認証で管理されているから無理だそうだ…。
フィオナ様…大丈夫かな?
リスト様いわく、公共施設の掃除は裁判所支給の専用の服を着てさせられるのでかなり目立つ。
そしてゴシップ記事としてニュースになる。
「ほらね」
とリスト様はゴシップ誌を持ってきて見せてくれた。
フィオナ様が、半泣きで掃除している盗撮写真が出ていた。
他にも、誰かの不倫の話や隠し子の話。
嘘か本当かわからない降霊術の話まで、怪しい話が面白おかしく書かれていた。
新聞はお父様が読んでいる真面目な新聞ばかりではないのね。
私はやっぱり世間知らずだわ…。
「問題は、もう一つ。
美術館のリニューアル式典では、私達がずっと監視されていた事は気づいた?」
「…いえ。全く」
「ラナス侯爵家の息のかかったセルニナ男爵がこちらを監視していた。
そのセルニナ男爵は多分、ラナス侯爵家の間諜だろう。
相手がどんな動きをするのか知りたかったから、庭に私達そっくりのオトリを用意しておいたんだ。
そのオトリに何をするのか知りたかったんだが、パーティーとは関係ない部外者を使って私達そっくりのオトリを拉致しようとしたんだ。」
「そんな…その方達は?」
「もちろん無事だよ?
事前準備もない、ずさんなやり方だったからね。
ただし、その陰に隠れて、もう一組、本当に私達を抹殺しようとした組織があるんだ。
あれはプロ集団だ。もしかしたら私の屋敷に潜んでいた刺客も同じ組織かもしれない。
ただ、まさかそんな相手が出てくると思っていなかったからこちらも最低限の人数しか配置していなかった。
だから…取り逃してしまったんだ。」
自分がそんな危険な事から守ってもらっていたとは知らなかった…。
「あの時、私たちが乗っていない馬車を追いかけて行った馬に乗った奴がいただろ?
あの人物も捕らえようとしたけどやはり逃げられた。
そいつらはラナス侯爵家か雇ったのか、それとも全く関係ないのか今の時点ではわからない。」
と言って、今後の計画を話してくれた。
「リスト様は、我が家の状況に巻き込まれただけなのに。なぜこんなに親身になってくれるのですか?」
と聞くと、
「今回アデレイド伯爵家を狙っている集団はかなり危険だ。
単なる刺客集団じゃない。
もっと大きな組織だ。
もしかしたら狙われているのはアデレイド伯爵家だけではなくてもっと大きな物かもしれない。
…何か根拠があるわけではないけどね。
だから、本気で対処したいんだ。
協力者は多い方がいい。
結界を解くから執事を呼んでほしい。」
とリスト様に言われて、結界が解けたらすぐにノエルを応接室に呼んだ。
「何かお困りの事がございますか?」
とノエルはお茶を出しながら言ってくれた。
「申し訳ないが、今から話す事を聞かれたくないので防音をしてほしい。」
とノエルにお願いすると、ノエルは南側の窓枠を触った。
窓はガラスが鏡状になり、壁がこちらにせり出してきた。こんな仕掛けが我が家にあったなんて知らなかった!
「私達は狙われているようだ。
犯人はプロ集団だ。
多分、このままではギルバート・アデレイド侯爵令息も狙われるだろう。
そこで、ギルバート殿の安全確保のために、王立病院に避難してほしい。
病室はセキュリティーの関係で高位貴族用の特別室で過ごしてもらう事になる。病院は監視がしっかりしているし、ついでに再検査をしてもらってはどうかと思うのだが…。
もちろん入院費はこちら持ちだ。経費で落とす。」
とリスト様は言った。そして
「あんなプロ集団が今後も暗躍してもらっては困るから今回は、魔導士団に協力を仰ぐ。」
とリスト様が言うとノエルは
「お嬢様の安全はどうなるのですか?」
と聞いてくれた。
「使用人に見せかけた省庁の魔導士や騎士をこの家に配置する。
申し訳ないが相手を刺激しないためにマリーナ嬢には今まで通り過ごしてもらう。
なるべく早く対処したいから、ギルバート殿がいつなら出発できるか知りたい」
とリスト様は言った。
「坊っちゃまは本さえ有れば明日にでも出発できます。なんせ本好きですから。
私はアデレイド伯爵家の分家の者にございます。
伯爵家を全力でお守りいただける事に感謝申し上げます。」
とノエルが言うと
「感謝には及ばないよ。
マリーナ嬢は私の婚約者だからね。
本が必要と言う事だけど、すぐに病室に本棚を作らせる。明日の12時には出来上がっているから、それまでに準備してほしい」
「かしこまりました」
とノエルが返事をした。そして
「私は今まで通りこのお屋敷で執事をしたく思います。ギルバート様の元には信頼できるものをつけます」
とノエルはお辞儀をした。
「いや、ノエル殿にはアデレイド領の様子を魔法省第二魔導士団と共に見に行って欲しい。
相手の狙いがアデレイド伯爵家の資産なら、領地が危ない。
ただ、相手に気付かせないために、使用人に扮した魔導士団を連れて行って欲しい。
それから、マリーナ嬢の事は任せて欲しい。安全のためにマリーナ嬢の侍女には、私の乳母とその娘をつけよう。信頼できるし、腕も立つ。」
とリスト様は言った。
「お嬢様、頼もしい婚約者様でございますね。
このような方はなかなかいませんよ?
トレド子爵様の言うことを聞いてくれぐれも危ないことはしないでくださいね」
と言った。
「はい。もちろんです」
と返事をすると、ノエルは
「ではよろしくお願いします。
私は今からギルバート様の準備をいたしますので失礼します」
と部屋を出て行った。
「リスト様。ありがとうございます。
…不躾な質問をお許しください。
リスト様は、初めてお会いした時に、『貴族籍を持っているが第四子だから』とおっしゃっていましたが、それはリスト様がトレド子爵家の第四子なのだと初めは思っていました。
そしてその後、リスト様自身が叙爵された貴族であるとわかり、もしかしてご両親は爵位がない方なのかしらと思っていました。
でも…乳母を雇っていた御家の方という事は…ご両親も貴族籍をお持ちなのか、それともかなり裕福な平民の方ということになりますよね。
ただ、社交界にはリスト様をご存知の方はいなかった。
だからリスト様の御家はかなり裕福な爵位のない御家なのですか?」
と聞くとリスト様は困った声を出した。
「気になったのはよくわかったよ。
これまでの話に加えて、こちら側の親族に婚約のお披露目をしていないからね。
今は王弟殿下の船が見つかっていない。
この状態で私の部署は忙しいのに、私達はプロ集団に命を狙われている。
だから、今はこれが精一杯なんだ。
ごめん、マリーナ。落ち着いたら家族にも会って欲しい」
「いえ。リスト様、申し訳ありませんでした。
そもそもリスト様が狙われたのは我が家に関わったからですよね…」
「いや。私の仕事柄、狙われたり逆恨みされるのはいつもの事。気にする事はないよ。
私一人だと簡単なんだけど…。
今更な話だけど、マリーナは私と結婚する事によって危険がつきまとうかもしれない。
…騙し討ちのようでごめん。」
「いえ。そんな事気にしません。
今、リスト様は全力で我が家を守ってくれていますから。
私はリスト様に出会えて幸せです。」
顔が赤くなってきてそれ以上は続きを言えなかった。
リスト様はノエルと何やら相談した後、夜遅くに帰って行った。
この日の夜、アリスに今後の事を話した。
これから護衛がつく事と、ノエルが領地の様子を見に行く事、そしてギルバートの安全のために王立病院に避難してもらう事を説明した。
「マリーナ様とギルバート様を守るために騎士様や魔導士様が協力してくれるのはすごい事です。
普通なら、こちらでお金を払って民間の魔導士様を雇うのですよ?
なのに、国の魔導士様が手を貸してくれるって!
お嬢様の婚約者様はすごい方なんですね!」
と驚いていた。
言われてみれば、たしかに凄すぎるかもしれない!
次の日の朝、リスト様が派遣してくれる方々との顔合わせをケルダード教会で行った。
私とノエルとアリス、3人で顔合わせを行ったが戸惑ってしまった。
当然と言えば当然だけど、魔法省所属の騎士や魔導士のローブを着た方々だったのだ。
そして、トレド様の乳母だったベスとその娘のカーラが私の侍女につく事になった。
二人は護衛も兼ねているそうで、アリスは護身術など身に付けていないからアデレイド伯爵家の中だけの勤務となる事が決まった。
護衛の派遣と、ノエルの出発は午後からとなった。
お昼、ギルバートとノエルと共に王立病院に向かった。
案内された病室はまるで図書館。すごく広い!
沢山の本の中にベッドがあった。
この本棚を昨日作って、それからこんなに沢山の本を入れたのよね?私は驚きで声が出ない。
ノエルを見ると、ここは執事として平然としていなければいけないはずなのに驚いているのがわかった。
「姉上!僕、ここに住んでもいいんですか?まるで図書館に住んでいるみたい。屋敷の図書室より広いですね!」
と大興奮のギルバート。
と、そこにリスト様がやってきた。
「はじめまして、ギルバート殿。
私はマリーナ嬢の婚約者、クリストファー・トレドです。」
とリスト様はギルバートに挨拶をしてくれた。
「はじめまして、トレド子爵様。」
ギルバートは、髪の毛で目元が見えない上に左頬に傷のあるリスト様を怖がる事なく、すぐに打ち解けてくれた。
「トレド子爵様、僕、一度でいいから図書室に住んでみたかったんです。」
と楽しそうにしている。
アデレイド伯爵家から来たギルバート付きの侍従と、リスト様が護衛のために配置してくれる使用人風の魔導士様達にお世話をお願いしてとりあえず帰宅した。
これでギルバートの安全は確保された。
ギルバートと別れて屋敷に戻ると、しばらくしてから、朝顔合わせをした騎士様や魔導士様が使用人の服を着て屋敷を訪問してくれた。
そこで使用人を集めて、皆を紹介する事にした。
「皆様、今日ギルバートが王立病院に再検査のため入院しました。ノエルはしばらくギルバート付きになります。
筆頭執事が不在となりますがノエルの子息であるカラムがいますから。何かあればカラムに聞いてください。
そして、先日もお伝えしましたが、私はトレド子爵様と婚約しました。
一年後には結婚をして、アデレイド伯爵家を出る予定をしております。
私が嫁ぐにあたり私の居心地のいいお屋敷を作るためにトレド子爵様のご好意で、今日からトレド子爵家の使用人の皆様がアデレイド伯爵家で研修を受けます。
将来、私が過ごしやすい家にするためによろしくお願いします」
と皆に伝えた。
お父様とお母様がいないのに、沢山の使用人に扮した護衛が入るのは、まるで乗っ取りをかけられているようで不安がる使用人も出てくるかもしれないから、研修にしようとノエルとリスト様が話し合って決めた。
ノエルは使用人達に指示を出して、皆の前でカラムに引き継ぎをした。
それからノエルは王立病院に行くフリをしてケルダード教会に向かい、そこで待機していた使用人に扮した魔導士団20名を連れて領地へと出発した。
屋敷に来たリスト様が護衛にと派遣してくださった魔導士様や騎士様は、使用人としての仕事は完璧。
馬車の御者や庭師に至るまで、護衛のためだと聞いているが、使用人にしか見えない。
仕事が完璧な使用人が研修でやってきたので、アデレイド伯爵家の使用人は今までよりもキビキビ働いている。
この方達が魔導士だと言われても信じられないレベルで仕事ができる…凄すぎる。




