夜会の後はやっぱり問題が起きる
順番に親交がある方達に挨拶に回った。
アデレイド伯爵家は父が外務省にいるだけあって交友関係が広いので沢山の方に挨拶をした。
皆、トレド子爵が新興子爵だという噂のみが先行していたから、お金で爵位を買ったそれなりの年齢の男性だと思っていたようでびっくりしていた。
「トレド子爵は、その年齢で子爵を叙爵するとは、何か功績を残したのかね?」
とほとんどの方に聞かれるが
「日々、手を抜かずに努力をしただけです。」
としかリスト様は答えなかった。
その後、友人達にもリスト様を紹介した。
「トレド子爵様は文官でいらっしゃるのよね?
同じ部署やその、お知り合いの方で未婚の婚約者のいない素敵な方はいらっしゃらないかしら?」
とまだ婚約者のいないピッパ子爵令嬢やタマラ男爵令嬢達が興味津々でリスト様に聞いている。
つまり誰かを紹介してほしいと言う事だ。
「今の部署に、紹介できる貴族籍の同僚は残念ながらいません。地方の分署には貴族籍の人もいるのですが…。」
みんな残念そうだった。
文官は地方の庁舎への異動もあるのだ…。
私も忘れていた。
とそこに、フィオナ・フリト侯爵令嬢が取り巻きを連れてこちらにきた。
私の友人達は気の強い方ではないので、皆どうすればいいかわからずに無言になった。
「あら。どなたかと思ったらアデレイド伯爵令嬢じゃありませんこと。
そちらの方は婚約者かしら?
私は、フリト侯爵家のフィオナと言います。あなたのお名前を教えて頂けないかしら?」
フィオナ様の口調は明らかにバカにしている感じはあった。
しかしリスト様は
「はじめまして、クリストファー・トレドと言います。」
と媚びる様子もなく挨拶をした。
「トレド子爵、でしたわね?
わたくし、色々な式典や政府関係の夜会に出ておりますが、貴方様の事は初めて知りました。
一度見たら忘れない方ですもの。
本当はいつも同じ行事に出席していたのに私達と席順や交友関係も違いますから知らなかっただけかしら?
子爵を叙爵されたばかりの方ですから、これからお見かけする様になるのかしらね」
と、リスト様のお顔の傷について遠回しに嫌味を言ったのだ!
それに叙爵された子爵である事も鼻で笑った!
私が言い返そうとすると
「そうでしたか。では、もう私の事は覚えて頂けたんですね。ありがとうございます。
次、見かけたらお声をかけてくださいね。
ところで、フリト侯爵令嬢、今日は婚約者様とご一緒ではないのですか?
上位貴族の方々は早いうちから婚約者が決まっているとか?
私たち庶民に毛が生えた程度の貴族と違ってもう婚約者がいて当たり前のようですからね。
もし、いらっしゃらないようなら誰か紹介しますか?
フリト公爵令嬢の後ろにいる、複数のお嬢様方もいかがですか?」
とリスト様が言った。
「結構ですわ。私達は、同列の貴族籍の方との婚姻を望んでおりますから」
と言ってフィオナ様は、ツンとすると取り巻きと共にどこかに行ってしまった。
「気の強い方ですね…」
とリスト様は呆れたような声を出した。
「では気を取り直して、一曲踊ってみませんか?
お嬢様方、これからもマリーナと仲良くしてくださいね」
とリスト様は友人達に挨拶をしてくれて、ダンスホールに向かった。
リスト様は恐ろしくダンスが上手かった。
しかし、不思議なことに、どれだけ動いてもリスト様の髪は全く動かない。
やっぱり目元は相変わらず見れなかった。
「喉が渇きましたね。飲み物をいただきましょう」
とリスト様は言って、給仕に近づいて行った。
しかし、リスト様は若い給仕の持つトレーに乗っているシャンパンではなく慣れた様子の女性の給仕からの飲み物を受け取った。
「お水です。動き回った後のシャンパンは酔いが回るのが早いからね」
と言ってワインと同じグラスに入ったお水を差し出してくれた。
「見た目はライスワインを飲んでいるみたいでしょ?ライスワインは無色だから水を飲んでいてもわからないよ」
とリスト様は小声で言って笑った。
その楽しそうな口元を見ているとドキドキした。
「やはり暑いですね。
人酔いもするし、ゆっくりと涼みに行きましょうか」
と言うと、リスト様にエスコートされてライトアップされたフラワーガーデンの方に向かった。
ホールのバルコニーから階段を降りてライトアップされた庭に向かうと、庭の手前の小道を曲がりった。
そこでリスト様は立ち止まった。
この位置からはホールと庭の出入り口が見える。
リスト様は、悪戯っぽく「しー」と人差し指を口に当てて、それから庭を指差した。
すると、ケレイド・ラナス侯爵令息が走って庭に飛び出してきて、キョロキョロと辺りを見回し、噴水のある方へ走っていった。
それを見たリスト様はクスクス笑うと
「さぁ、少し歩きましょう」
と言って、またすぐ角を曲がると、モッコウバラのアーチの横に出た。
アーチの方へは行かずに、薄紫色の珍しい薔薇を見て、植え込みをいくつも抜けてから、大輪のバラの咲くエリアになった。
ゆっくり花を眺めながら小道を通ると美術館の出入り口付近に出た。
「疲れたから帰ろうか」
と言われて、待機していた馬車に乗ると
「どう?今日は楽しめた?」
とリスト様が言った。
「ええ!今までは、あの噂のせいで全く公の場が楽しくなかったのに、すごく楽しめたわ」
私はクスクスと笑って
「あのフリト侯爵令嬢の婚約者がいない事を言われた時の顔!
目が釣り上がって、今にも何か言いたそうなのを我慢していましたね。
あー面白かった!」
と言うと
「面白いのはこれからかもしれないよ?しばらく様子を見ましょう。」
とリスト様は、口元を綻ばせ、馬車の中の明かりを消すと、口元に人差し指を当てて、それから一台の馬車を指差した。
指指された馬車を見ていると、御者に一人の男性が近づき、何かを言うと馬車は誰も乗せずに動き出した。
その馬車を監視するように、物陰から馬に乗った人が出てきて後を追った。
その一部始終を私達はオペラグラスを使って眺めていた。
「面白くなってきたでしょ?あれは我家の馬車です」
とリスト様は笑っていて追跡魔法を出した。
「では動き出すよ?」
とリスト様は言うと馬車は動き出した。
「え?あれが子爵家の馬車ならこれは?」
私が聞くと
「これは私の上司が用意した馬車だ。
上司からね、この混乱に乗じて危険分子を排除しなさいと命令がきていてね、まず餌を撒いて経過観察をしているところだよ」
とリスト様は不満そうな声を出した。
「マリーナを危険に晒したくはないけど、自分たちが目撃者にならないと何かと不利なご時世なので、申し訳ないけど付き合ってもらうね」
と言った。
リスト様は御者に指示をして、どこかに向かう。
「マリーナとの婚約が公表されてから、面白い事に
セクシーな服装の女性が差し入れを持って法務省にくるんだよ。
しかも『トレド君』あてに。
法務省には、トレド・リース君という書記官が所属しているんだ。
…トレド違い…間抜けもいいところだ。
でも、相手の女性にとっては『婚約者のいるトレドと言う人とベッドを共にして、それを言いふらせばいい』わけだからね。私じゃなくてもいいのかもしれない。
で、そのトレド君は忙しくて、まだセクシーな女性に会えてないらしいよ。」
と話しているうちに馬車は中心部から南の高級住宅街に向かった。
高級住宅街を進み、住宅街の端の一軒の屋敷の前に停まった。
「ここは、以前、ザルバ子爵から借りたタウンハウスだ。
私は領地を持っていない貴族だから、貴族院に住所を届出ないといけないんだ。
それがこの屋敷になっているんだよ。実際は忙しくてまだ荷物すら運んではいないのだが。
さあ、屋敷に入ってみますか」
そう言って馬車を降りると、そこには憲兵が控えていた。
「それでは皆さん、一緒に入っていただきますか」
と言うと、憲兵を引き連れて屋敷の中へと入っていった。
屋敷の中のエントランスホールは沢山のキャンドルが置かれていて、そこには、下着姿のセクシーな女性が数名、ワインを飲んでいて、扉を開けたリスト様を見ると駆け寄ってきて抱きつこうとした。
…これは一体…
リスト様も唖然としていた。
結論から言うと、部屋にいた女性は高級娼婦達だった。
雇った人物は即金で支払ってくれたらしく、更に『誘惑に成功したら追加で成功報酬をくれる』約束だったらしい。
婚約解消原因を作るつもりだったとか…。
不法侵入で逮捕される時、口々にそう言った文句を言っていた。
「このまま入り口で待っていて」
と言われ、1人の憲兵を連れてリスト様は他の部屋の様子を見に行った。
すると2階から物音がして、何かが割れるような音がした。
しばらくしてから、リスト様と憲兵が降りてきた。
「逃げられてしまった。
私の方にこのような刺客が送り込まれて来たとなると、アデレイド伯爵家が心配だ。
アデレイド嬢を送り届けて、しばらくは邸の周りを警備してほしい」
と憲兵に指示を出した。
そしてリスト様は、
「申し訳ないが、もう一方の犯人も危ないから私は今からそちらに行く。
当面は、普段繋がりのない貴族や商店などと関わりを持たないように。
それから教会の奉仕活動もしばらく中止して欲しい。
本当に面倒な奴らだ」
と言って、憲兵の馬を一頭借り受けると、どこかに行ってしまった。
私はリスト様の言った通り屋敷に帰ると閉じこもることにした。




