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教会の来客は面倒な人が多い。

お父様とお母様の無事を教会で祈っているけれど、ギルバートや我が家の使用人は初めこそ心配していたが今は全く心配している様子はない。

その理由は、今、私が眺めているエントランスホールの百合だ。


この百合は両親が外遊に行く前に魔力を込めて

『私達が無事ならこの百合が輝き続けますよ』

とお母様は不安を口にするギルバートにそう言っていた。

あれから毎日、ノエルが水を交換している。

百合はずっと美しく咲き続けていて、それが2人の無事を告げていると屋敷の皆は信じている。


あの時、『ただ単に枯れない百合をギルバートにプレゼントした』くらいに思っていたのに、両親が乗る船が見つからないと聞いてから、ゆっくりと私の中で百合の存在が大きくなって、今では毎日眺めるようになった。



そういえば、トレド様と婚約の手続きを取った日、ケルダード教会にも百合が飾られていた。




百合を眺めて、それから今日も教会のお手伝いに出かけた。


教会に着くと、

「マリーナ様、申し訳ありませんが1時間だけ教会をお願いしてもよろしいですか?なんなら表の扉を施錠しておきますが。

見習いのヒューは多少の護衛にはなりますがなにせ気が利かないもので」

と司祭様が言うので

「午前中はほとんどお祈りの方はいらっしゃいませんから、お気になさらないでください」

と私は司祭様を送り出した。




それから30分ほど経ってからだった。


魔法騎士の制服を着た恐ろしく綺麗な顔の男性が礼拝に訪れた。


ダークブラウンの髪に、見たこともない蒼とも碧ともつかない瞳。映画スターが霞むくらい綺麗な顔の方だ。



私がこの教会に来てから騎士様を見たのは初めてだった。



騎士様は一人で礼拝堂に入って行った。

きっとお祈りをしているのであろう。

礼拝堂から出てきてから、寄付を申し出られ、寄付帳にお名前を書いていただき、寄付金を預かった。

「私は配属替えでこの地域の治安維持の役職につきました。

なので、この辺りに詳しくないのですが…。ここら辺で、オススメのランチができるお店はありますか?」

と聞いてきたので


「私もまだ日が浅いので詳しくはありませんが『ラズベリー亭』という、ここからすぐのお店が美味しいと思いますよ」

と伝えた。


ラズベリー亭のご夫婦はいつも礼拝に来てくれて、たまに焼き菓子をくれる。

その焼き菓子は、そこら辺のパティスリーより美味しいのだ。

本職ではないスイーツがこんなに美味しいのだからご飯も美味しいに決まっていると私は思っていた。


「貴方は食べたことがあるのですか?」

「残念ながらランチはまだ食べたことがありません」

「ほう!それなら一緒にランチをしませんか?

私は怪しいものではありませんよ? 

一人で食べるランチは味気ないですから、一緒に食べましょう?」


と女子ならイチコロな笑顔でランチのお誘いを受けたが、この方はこんな整った顔をして女の子に困ってないはず。

私なんか誘わなくたっていいのに、と思ったから


「すいません。私はお昼で交代なのですが、すぐに帰らなくてはならないので。

それに騎士様なら、喜んでランチのお供をしてくれる方が見つかりますよ」

と伝えた。


「優しい見た目とは裏腹に意外とはっきりなんでも言うんですね。

面白いご令嬢だ。

また、たまに礼拝に来るのでその時はよろしくお願いしますよ」

と笑顔で帰って行った。


嵐が来たと思った…。




その後、訪問者はなく、1時間後、司祭様が帰ってきた。


「おかえりなさいませ。

ご不在の間に、騎士様が一人いらっしゃって寄付をされていきました」

と寄付帳をお渡しした。


寄付帳を見た司祭様に

「この騎士様は何か言っていましたか?」

と聞かれたので、

「このあたりの治安維持の役職についたと言っていましたよ。」

と伝えた。

「役職名は名乗りましたか?」

「…そういえば名乗られませんでした。騎士様を語った偽物で、実は怪しい方なのですか?」

「違いますよ。この方は魔物討伐の専門の騎士様で、有名な方です。

何事もありませんでしたか?

例えば…デートに誘われたとか?」


「あぁ。たしかに、このあたりの美味しいお店を聞かれた後、一緒にランチを誘われましたが…お断りしました」 


「!!断ったのですか???」

司祭様は私を珍獣でも見るかのように見た。


「ええ。」

私が返事をすると

「よく断れましたね。あの笑顔でお願いをされると誰でもYESと言ってしまうのですよ」

と司祭様は言った。


たしかに素敵な笑顔だったけど、特段何かを感じたわけではなかった。

それに、あの笑顔の圧に押されて応じた後に手の甲に違反紋が出たら婚約を解消されてしまう。

それが一番困ってしまう…。




この教会には近くの商店の方が中心だけど、お忍びで有名な方も来るのかぁ。あの騎士様は有名な方だったとは知らなかったわ。

そんな有名人に逢えるなんて、庁舎の近くで働く人は役得ね。

と思いながらその日は帰路についた。




次に私が教会にお手伝いに来た時、司祭様を訪ねて、魔法省のローブを着た方がいらっしゃった。


「こんにちは。お嬢さん。

司祭様はいるかな?」

そう質問してきた方は、波打つはちみつ色の金髪に蒼い瞳のナイスミドルだった。

「ところで、私の用事が終わったら、一緒にカフェに行きませんか?」

そう言って私に跪くと、私の右手を取って私の目を見てきた。


眩しい…。

マダムだとイチコロな視線だけど…。私にはまだ早かった。


どう断ろうかと思っていたら

「第四師団長様。いらっしゃいませ。

今日はどのような御用件ですか?」

と司祭様が気づいて出てきてくれた。

「これは司祭様。お話がありますゆえ…。よろしいですか?」

と第四師団長と呼ばれた方と司祭様は執務室に向かった。

「マリーナ様、今日はもう大丈夫ですから、早く弟君のところに帰って差し上げてください」

と、司祭様が帰るように言ってくれたので、私は師団長様と司祭様に挨拶をして帰った。

「もう帰るのですか?残念…」

という師団長様の言葉は聞かなかったことにしておいた。




屋敷に戻ると、フリト侯爵家が開催する「捜索隊へ寄付のためのチャリティー夜会」の招待状が届いていた。

参加者に寄付を募るために夜会を行う「チャリティー夜会」だ。


…行かない事はできない。

捜索隊への寄付の夜会だもの。



トレド様にこの件を相談したいとすぐに司祭様に手紙を出した。


すると、次に教会に行った時に、

「残念だが、トレド君は公務でエスコートはできないようですが、トレド君から私が代わりにエスコートする様にお願いさました。

あっ、申し遅れましたが私は、あのステンドグラスで有名なザーランド大聖堂を含む王都中央区の司教も兼任しています。

中央区司教は侯爵家と同等の権限を与えられているのですよ?

もちろん、退任する時は次の中央区司教に引き継がれますが。

今の私は、貴族の行事に参加できるのですよ。

ただし、夜会などの参加は聖職者の正装での参加となります」


私が絶句していると


「チャリティー夜会ですからそんなに気負わなくても大丈夫ですよ。」

と司祭様は、楽しそうにカレンダーにマルをつけた。

そして

「久々の夜会ですから楽しみにしておりますよ。

主催はフリト侯爵家ですか。

では、きっと沢山のスイーツが出ますね。フリト侯爵家のスイーツは絶品です。

楽しみですね〜」

司祭様は呑気にそんなことを言っていた。



…司祭様が中央区司教様だなんて聞いてない!

しかも、侯爵家と同等の権限があるなんて!

今、さらっとすごいことを言われた気がした…。


「当日はアデレイド伯爵家の馬車で送迎させていただいてもよろしいですか?」

と伺った。


「はい。本来なら私がお迎えに行かないといけないのですが、今、司教館の馬を教会本部に貸出中で、普段は辻馬車を利用しているのです。

なので、申し訳ありませんがよろしくお願いします。あっ、私を呼ぶときは今まで通りでお願いしますね。

この教会に礼拝に来る方達はそんな事ご存知ないですから」

と司祭様は言った。


「いやぁ、聖職者は人手不足で困ったものですよ。」

と司祭様は笑っていた。



司祭様って侮れない…。

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