貴族院での罠
馬車は貴族院に着くと、中に案内された。
前回の会議場よりも更に奥の部屋へと通された。
そこは、前回の会議場の半分ほどの広さがあり、豪奢な装飾品で飾られた部屋は高位貴族専用の談話室である事が見て取れた。
その部屋の真ん中に丸テーブルがあり、1人がけのソファーが4脚置いてある。
そしてそのうちの3脚に男性が座っていた。
もしやこれは罠だったの?
一人で貴族院に来た事を後悔した。
一度、アデレイド邸に戻って、カーラに付き添いを頼むべきだった。
向かって中央には地方の文官長のローブを羽織った細身の40代くらいの男性。
右側にはがっちりとした体型で白髪混じりの威厳のある男性だ。こちらの方は、前回の貴族院の会議に参加していたような気がする…。
左側には貴族院代表として前回お会いしたワルキューレ・ラナス侯爵令息。
「久しぶりですね、アデレイド伯爵令嬢。私を覚えていますか?」
と言われたので
「ええ。ワルキューレ・ラナス侯爵令息様。」
と淑女の礼をした。
「君は勘違いしているよ。私が、ラナス侯爵だ。
侯爵籍を継いでから半年が経つが、まだ嫡男だと思われている方がなにかとやりやすくてね。
ところで、早速だが君に提案があるのでとりあえず座りたまえ」
と着席を促されたが嫌な予感しかしないので
「いえ。結構ですわ。要件でしたら手短にお願いいたします」
と伝えた。
「以前、見た時より、段々と気が強くなってきて厄介になってきたな、君は。
提案というのは、今以上に領地を裕福にしていきたいとは思わないか?」
と言ってきた。
「それはもちろんそうですわ。
でも私にはアデレイド伯爵領地に口出しする権限はありません」
と答えると
「アデレイド伯爵領は、広大な領地に金が採れる大きな鉱山を抱えている。そして農業資源も多い。
中心には地方中核都市であるガーラ市があり、貿易都市としても国内では有名だ。特に有名なのが隣接するロングウッド辺境伯領の名産品であるルビーと金を使った宝飾品の製造で国内外で取引されている。
なのに、重い国税のせいで手元に残る利益は少ない。私たちから徴収した税金は殆どが、福祉にまわっている。
全く私達貴族には恩恵がない。
それを変えようではないか?」
とラナス侯爵が言った。
話を聞いているうちに思い出した!
ここにいる威厳たっぷりの男性はロングウッド辺境伯だ!!
なぜこんな所にいるんだろう?確かロングウッド辺境伯は、王弟殿下の船の捜索隊隊長だったはず。
少し考えてから私は
「この国が豊かになるならいいではありませんか?豊かになるのは平等な権利です」
と言うと
「高い税金を納めている貴族に恩恵がないのはおかしいではないか。不平等だよ。」
とラナス侯爵は言ってワインを飲んだ。
「アデレイド領では、高い税金を払って残った利益を殆どが公共投資や福祉に使っているようだな。
馬鹿馬鹿しい。
その資金を有効に使った方がいいと思ったから、初めは君と弟に結婚してもらうのが1番だと思ったんだ。
ラナス侯爵家の支配下に置いて潤沢な資金を有効活用する方がいいに決まっている。
だが弟が馬鹿過ぎて縁談にすら持ち込めなかった。
しかも、うちの母は君のところの母にコンプレックスを持っていて、何かというとその話ばかりで何も進まない。
そうこうしているうちに、気がついたら君には厄介な後ろ盾がついていた。」
ラナス侯爵は魔法で紙と万年筆を出して空席の所に置いた。
「それなら君を排除するより手を組んだ方が早いと思ってね。
さあ、婚約破棄の書類にサインを。
そして我々と新たな契約を結ぼうではないか!」
そう言ったのは、まだ正体のわからないローブを着た男性だった。
空席の1人がけのソファーに座るようにもう一度、促された。
あのソファーにはどんな魔法が仕込まれているかわからないから怖くて座れない。
どうすればここから逃げられるのか…。
背中に汗が流れる。
こういう時は動いたり、触ったりした方が負けだ。
どこにどんなトラップがあるかわからない。
しばらく沈黙の時間が流れた。
「アデレイド嬢は慎重と見える。
何も考えずに上手い話に飛びつく馬鹿が相手だと私たちも困ってしまうが、慎重なのはいい事だ。
ひとまず合格点をあげよう。
このまま、高い税金を納めて何も還元されないよりも、もっと利益率が高い方がいいと思わないか?
隣国のツユミム帝国では、この国より貴族が優遇されている上に、資金力または軍事力が有れば爵位の位なんて関係ない。
アデレイド領はこの国有数の資金力だが、爵位が上ってだけで『伯爵』を馬鹿にしてくる輩を一蹴できるのだよ?」
とロングウッド辺境伯は言った。
まだ紹介されていないから相手が誰か気づかないフリをするのがきっとベストだ。
それに、何か答えるのも得策ではない。
私は何も答えずに微笑んで見せた。
手は汗でじっとりとしてきた。嫌な汗で身体中が熱い。
ここで、ロングウッド辺境伯はパチンと指を鳴らした。
すると、テーブルの上の書類と万年筆が消えた。
「ずっとそのままでは喉が渇くでしょう」
とロングウッド辺境伯が言うと、どこからか侍従がワイングラスとワインを持って私の側に立った。
そしてテーブルの上にグラスを置き、ワインを注いだ。
グラスには深い赤紫色のワインが注がれた。
まるで毒杯のようだ…
申し出に乗る選択肢はない。
どうにかして逃げなければ。
テーブルを乗り越えて右奥に見える窓ガラスに飛び込む?私は騎士様じゃないからそんな事無理。
どうすれば逃げれる?
一生懸命考えを巡らせた。
「アデレイド嬢?飲まないのか?」
ローブを着た文官が言った。
その声には苛立ちが込められている。
私は覚悟を決めて、ゆっくり右手で椅子の背もたれに手をかけた。
何かしらの仕掛けが有れば指輪が反応するはず‥そう信じて。
でも、指輪は反応せず、ゆっくりと椅子が動いた。
私はゆっくりと椅子に座り、震える右手でワイングラスを持とうとした。
ワイングラスに手が触れた瞬間、閃光が出て鋭い衝撃と共にワイングラスが割れた。
割れたグラスと中のワインはまるで爆発したかのように飛び散ってしまった。
「キャッ!」
思わず叫び声が出た
「…魔道具が反応したのか…。まずいな。近衛兵が様子を見に来る」
ロングウッド辺境伯はつぶやいた。
部屋をノックする音が聞こえた。
近衛兵がやってきたようだ。




