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暗殺の夜

「…どうだ?もう寝入ったか?」

「あぁ…そろそろだな。」

先に着いていた左之助に土方は聞いた。酔っているとはいえ、相手は芹沢だ。油断は出来ない。

「……雨が降ってきましたね…」

山南が降り始めた雨に手をかざしながら鬱陶しそうに眉をひそめた。雨は芹沢の命の終焉を祝うかのようにその勢いを強め始めた。

「いいか?芹沢は俺と総司、平間と平山は山南さんと左之助だ。仕留めるんだぞ?いいな。」

土方は皆に最後の確認をした。

「よし、行くか。腕が鳴るぜ。」

左之助は山南と目で合図し、ゆっくりと進んだ。

「俺らも行くぞ。総司、殺られんじゃねぇぞ。」

「土方さんもね。」

二人はこれからの時間を楽しむかのように怪しい笑みを浮かべた。


芹沢暗殺、それは新選組の行く末に関わる大切な事。

通らなくてはならない道。



「近藤さん…ちょっと……」

隊士達はすっかり酔っ払い、その場で寝ているもの、島原の女と戯れる者、様々であった。 今、まさに新選組筆頭局長が暗殺されるという時だった。

 近藤はなつに呼ばれた理由が分かっている。おそらくごまかす事は出来ない。

「近藤さん…貴方は何を考えているんですか…?今日の貴方はおかしい…貴方だけじゃないです。いつの間にか総司も土方さんも山南さんも左之助さんもいない。他の皆も上の空です。何を隠しているんですか?」

 宴会場から少し離れた廊下で、他の誰にも聞かれないように小さく…しかし力強く近藤に問い質した。

「なつ…お前には何も隠し事は出来ないな…私達は芹沢さんを暗殺する。」

やはり…といった表情をする。

「もう何も聞くな…」

「近藤さん…私は屯所へ戻ります。」

 そう言うと近藤に背を向けた。

「待て!戻って何をするつもりだ?!あいつらの暗殺を止めるつもりか?!そんな事をするつもりなら俺は今ここで、お前を切る……」

 なつが振り向くとそこには刀を抜き、刃先を凛に向けた近藤が立っていた。

「…芹沢さんは知ってますよ…?貴方達に暗殺される事を。私はただ、武士らしく切腹してほしい。」

 なつが感じた嫌な予感、心に引っ掛かっていた物はこれだったのだ。

 そして芹沢からの言葉。

『近藤と土方の力になってやれ』

 


芹沢さん、貴方は全て分かった上で私に言った。今日の宴がただの宴ではない、自分を暗殺するための宴だという事も。いつも隣にいる新見さんがいない。

貴方は別の店だと言ったけれど、その言葉には続きがあったんでしょう?

別の店で殺された…――



「なつ、やはりお前を帰す訳にはいかない…」

「近藤さん、お梅さんは…お梅さんはどうするんですか…?」

「彼女は…悪いが芹沢さんのお供をして貰う。」

 未だに刃先をなつに向けたまま話す近藤。

「お梅さんを殺す理由は何ですか…?」

 なつの声には怒りが現れてきた。いとも容易く人の命を奪おうとする者。何の罪もない人を殺そうとしている。なつは自分に向けられた刃先を掴んだ。掴んだ手の平からは赤い滴がツーッと流れる。なつの思わぬ行動に近藤は動揺した。

「…っ!…なつ!!離せっ!!」

 なつは刀を離さずに言葉を続ける。

「私は…私は何もお礼を言ってません。芹沢さんにも、お梅さんにも一言だけ、言いたいんです。『ありがとう』と…ただそれだけ…」

 なつと近藤の間に睨み合いが続いた。お互いの心を見抜くように真っ直ぐ。

「近藤先生…終わりました…」

 監察の山崎が芹沢暗殺の終わりを告げた。

「…そうか…ご苦労だったと、土方くん達に伝えてくれ。なつ、もう良いだろう。手を離しなさい。」

 なつから流れた血は着物を真紅に染めていた。なつは近藤に向けられた刀から、ゆっくりと手を離した。今もなお、なつから流れる血。そしてなつの目からも涙が流れた。

 なつはその場で膝からガクンと崩れ落ちる。近藤はそんななつを支え、抱きしめていた。涙を流し、近藤に抱きしめられ、なつは意識を手放した。


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