声(英二&綾香)
舞華が市原に近付いて行くのを俺達は茂みから見つめていた。
「どうする? 行くか?」
「そうだね、舞ちゃんが危ないかも」
お互いに頷いて走り出す体制になった時だった。
俺達が動くよりも先に舞華の腕を掴んだのは……。
「信也……?!」
俺は目を疑った。
車で待機しているはずの信也が市原の目の前に姿を見せたからだ。
「あいつ、何してんだ?」
「舞ちゃんが逃げたのを追い掛けて来たのかもしれない」
涼が呟きながら渋い顔をした。
「俺らも行くか?」
「駄目、出て行ったら市原君が暴走して公園を出ていくかもしれない。これ以上刺激しない方がいい」
市原が公園を出て行けば全く関係ない人間が巻き込まれるかもしれない。
涼はそう考えたんだろう。
確かに市原はナイフを持っている。
通行人を襲うかもしれないという不安が俺達の動きを止めた。
公園内なら関係者しかいない。
無関係な人間が運悪くここを通らない事を願う。
涼が舌打ちをして携帯を開く。
「お前、こんな時に……」
「黙ってて」
涼は真剣な表情で携帯電話を耳に当てる。
「もしもし? 今どこ? 刃物持ってるんだけど? 公園の中央辺りにいるから急いで」
用件だけ言って涼は携帯を切って再び視線を四人に向ける。
「ったく……計算狂いっぱなしで苛々する」
おそらく上手い事人員配置が出来ていないんだろう。
俺達でどうにかするより他なさそうだ。
見ているだけなんてのは性に合わない。
俺達も姿を隠したまま距離を縮め、すぐに飛び出せそうな場所に移動する。
信也が市原に声を掛けていた。
市原も静斗に背を向け、舞華と信也の方に身体も意識も向けている。
チャンスだ。
静斗もそう思ったようで、少しずつ市原との距離を詰めていく。
しかし、舞華がそれを止めるように首を振るため、市原に気付かれた。
振り回すナイフに静斗の髪が触れ、パラパラと切れた髪が舞う。
「馬鹿……っ」
揉み合いながら後退る静斗がベンチに躓き、転ぶように座り込んでしまった。
市原は静斗に向けて片手で握っていたナイフを、自分に向けるように両手でしっかりと握り直し、不気味な笑みを浮かべながらゆっくりと持ち上げる。
飛び出しても間に合わない。
俺は傍に落ちている石を拾い上げた。
危険だとは分かっているが緊急事態、躊躇する時間はない。
俺は市原の頭に照準を定め、石を放つ。
手から石が離れたと同時だっただろう。
「やめてぇ!!」
大きな声が公園に響き渡った。
麗華ちゃんはずっと魘されている。
心配で離れる事も出来ない。
英二の携帯も何故か通じなくなっていた。
コール音すら鳴らずに留守番電話サービスに繋がってしまうのだ。
何かあったんじゃないかと思うと落ち着かない。
「麗華ちゃん、教えて? 何があったの?」
英二……。
麗華ちゃんの手を握る私の手は明らかに震えていた。
「綾ちゃん御苦労様」
ノックもなく病室の扉が開き、美佐子さんが入って来た。
おそらく病院から連絡が入ったのだろう。
「麗ちゃんはどう?」
「ずっと魘されてます」
麗華ちゃんの頭を撫でながら答えると小さな溜め息が聞こえた。
「そう……麗ちゃんも心配なのね」
美佐子さんの言葉に私は顔を上げる。
「舞ちゃんの心配なのか、GEMの心配なのか、信也君の心配なのか……それともその全部なのか……何もしてあげられないって辛いわよね」
美佐子さんはそう言って麗華ちゃんの傍に立って麗華ちゃんの頭に額をくっ付けた。
「麗ちゃん、お母さんどうしたらいいのかしらね?」
美佐子さんらしくない言葉に私は一層不安になる。
「美佐子さん……今GEMはどうしてるんですか? 今日は生放送ですよね?」
顔を上げた美佐子さんは苦笑している。
悲しみを含んだような眼で。
「市原君に会いに行ってるみたい」
市原と聞いても私の頭の中には該当者が思い浮かばない。
「羽田君の代わりに短い間マネージャー代理をした子よ」
美佐子さんは私が理解できていないと分かったようで簡単に説明をしてくれた。
でも、それって……。
「危ない人じゃないんですか?!」
「危ないわね、皆も分かってるわ。あの子は似てるのよ、麗ちゃんを刺したあの角って男に」
久しぶりに聞いた名前に私の身体が小さく震え出す。
だから、麗華ちゃんは魘されてるんだ……。
大きな不安が私を襲う。
「麗ちゃん、みんなを助けて」
その言葉は麗華ちゃんの目覚めを諦めたようにも聞こえて。
美佐子さんが何かを覚悟したように思えて……私の視界がぼやけた。
「美佐子さん……」
「人間ってね、生きている間に大きなターニングポイントを必ず何度か通るの。もしかしたら私達は今、そこに立っているのかもしれない……選ばなきゃいけない時なのかもしれない」
美佐子さんの言葉が……気持ちが痛いほど伝わってきて、選ばなきゃいけないような気がして……。
私が美佐子さんだったらやっぱり同じ決断をしていると思うから何も言えなくて。
悲しさや悔しさ、諦めなどの負の感情が病室に充満する。
そんな時だった。
「駄目……やめてぇ!!」
魘されていた麗華ちゃんがはっきりと大きな声で叫び、涙を流しながら二年間閉じたままだった瞼を持ち上げたのだ。
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