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虐げられ令嬢は恋を知る~今さら執着されても遅いですよ元婚約者様~  作者: 甘寧


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5

「申し訳ありません!」


 目を覚ましたネルは、頭を地面に擦り付ける勢いで土下座しながら謝罪した。


「だから気にしなくていいと言っているだろ?」


 ヴィクトルはそう言ってくれているが、夜通し私の体が冷えないようにずっと抱きしめてくれた上に、寝ずの番までしてくれていた。


(起こしてくれたら良かったのに)


 醜態を晒した挙句に寝落ちした私が言うのもなんだけど……


 夜の事を思い出し、カァと顔が熱くなる。


 優しくて低い声が耳に残ってる。温かくて安らげる大きな腕……まだ、その感触が残っている身体をキュッと自分の両腕で抱きしめた。


「どれ、朝市にでも行って朝食にしようか?」

「は、はい!」


 馬の手綱を取りながら声をかけてくれた。このまま寮に帰るのもだと思っていたネルは、まだヴィクトルと一緒にいられることに歓喜した。


 勘違いはしない。だけど、今日だけ……今だけは。


 自分に言い聞かせながらヴィクトルの手を取った。



 ***



 ガヤガヤ……


 早朝だというのに屋台が幾つも建ち並び、沢山の人で随分と賑わっていた。


 甘いものから塩っぱいもの、辛いものまで様々な料理が並んでいて視界が楽しく、いい匂いに鼻が悦んでいる。


「何が食いたい?」

「えっと、えっと」


 胃に優しいお粥から?でも、ヴィクトル様には物足りないかも……じゃあ、ガッツリ肉系で……いや、朝から肉は重い。いっその事、甘いものから……!


「う~ん……」


 眉間に皺を寄せ、唸り声を上げながら考えるネル。


「ふはっ!」


 そんなネルを見て、堪らずヴィクトルが吹き出した。


「悩む必要は無いだろ?好きな物を好きなだけ食べればいい」


 目を細めて頭を撫でてくる。完全に子供扱い。ヴィクトルより歳は若いとは言え、成人女性にこの扱い……女性として見られていない感が否めない。


 ネルは面白くなくてムゥと頬を膨らませて見せた。その仕草さえも今のヴィクトルには可笑しいらしく、笑いは止まらない。


「もう!」

「あははは、すまない。あまりにも可愛いんでな。揶揄いたくなった」

「!」


 白い歯を見せながら無邪気に笑う姿を見せられて、ドキッと心臓が跳ねた。


 狡いなぁ……そんな表情(かお)されたら許さない訳にはいかないじゃない。


 髪を直すフリをしながら色づいた頬を隠した。ヴィクトルは気にする様子もなく屋台に夢中で、気づいたら両手にいっぱいの料理を持っていた。


 思わず「こんなに食べられない」と文句を付けてしまった。ハッとして口を手で覆ったがもう遅い。折角買って来てくれたのに、残すぐらいなら買うなという貧乏性が発揮されてしまった。


 きっと好意を無下にしたと叱責される。そう覚悟していたが、ヴィクトルは困ったように眉を下げながら「すまんすまん」とネルの機嫌を取ろうとしてくる。


(ああ、この人は……)


 胸に熱い想いが溢れてくる。誤魔化すように「ふふっ」と溢せば、顔を綻ばせて一緒に笑いあった。


 楽しくて幸せで、こんな時間がいつまでも続けばいい……そう思ってしまう。


(この幸せは偽り)


 そう言い聞かせてないと、現実に戻った時に苦しくなる。惨めで哀れな自分を受け入れられなくなってしまう。


「あ」


 ネルが目を止めたのは、宝飾品を売る露店だった。


「気になるのがあるのか?」

「あ、い、いえ。今の私には分不相応ですから」


 そう言いつつも、ネルの視線は花を型取ったような髪飾りに奪われているようだった。


「おや、お嬢ちゃん。団長様とデートかい?折角だから一番いいもん買ってってよ」

「い、いや、デートじゃ──!」

「おやっさん、これ頂戴」

「ええ!」


 ヴィクトルが手にしたのは、ネルがみていた髪留め。「あいよ」と断る間もなく、店主が器用に包んでしまった。


「ほら」

「……」


 綺麗に包まれた髪留めを手に乗せられ、どうしていいのか分からない。


「どうした?それじゃなかったのか?」

「……私、そんなに物欲しそうにしてました?」


 恐る恐る問いかけてみた。


 確かに、ちょっと可愛いとは思った。けど、今は余計なものにお金は使えない。きっとそんな思いが顔に出ていたんだと思う。それで、不憫に思ったヴィクトル様が慈悲をくれたに違いない。


 本当に申し訳なくて恥ずかしくて、穴があったら入りたい。よりにもよってヴィクトル様に……


 あまりにも惨め過ぎて目頭が熱くなってくる。


「それは俺が君に贈りたいと思ったから贈ったものだ。それに、俺は君を不憫に思った事なんて一度もないぞ」

「え、なんで……」


 心を読んだ?


「顔。でっかく書いてある」

「え!?」


 頬に指を当てて言ってくる。そんなはずないのに、と思いつつも手で覆う。


「うっそ」

「もう!」


「あははは!」と笑うヴィクトルに怒りをぶつける様に拳を叩きつけていると、先ほどの憂いが消えるように心がすっきりしていた。


 それと同時に自分の気持ちにも気が付いてしまった。


 ──この人が好きだ。


 もう誤魔化せない。

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