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虐げられ令嬢は恋を知る~今さら執着されても遅いですよ元婚約者様~  作者: 甘寧


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 ネルはヴィクトルの提案を聞き、口を開けたまま呆然としていた。


「教えると言っても雰囲気を体感せてやる程度だけどな。まあ、疑似体験みたいなものだ。期間はそうだな……三ヶ月もあれば十分だろ。当然、君が嫌がる事は一切しない」


「どうする?」と聞かれても……


 ヴィクトル団長といえば、常に女性の噂の絶えないプレイボーイ。それだけ人気がある証拠とも言える。この人が女性を侍らかせていても、オーウェンのような嫌悪感はなく、むしろ納得してしまう。


 権力を盾にもせず、誰にでも優しくて誰よりも強い。彼に憧れて騎士を志す者も少なくない。ネルも憧れている一人。


 だが、ヴィクトルの傍にいるのはいつも華やかで綺麗な女性ばかり。私のように可愛げが無く、地味で身体の凹凸が無い者が傍にいるのは……


「まあ、急にこんなこと言われても困るよな。気が向いたら声をかけてくれればいいよ」


 そう言うと、踵を返したヴィクトル。


「──あ」


(行っちゃう!)


 そう思ったら、無意識に手が伸びてヴィクトルの服の裾を掴んでいた。


「ん?」


 わざとらしく首を傾げて問いかけてくる。


「えっと……あの……」

「しっかり口にしないと分からないだろ?」


 顎を持ち上げられ、唇をなぞられた。流石は手慣れているだけあって、女性の扱いが上手い。というか、色気と仕草の威力が半端じゃない。もうすでに心臓が口から飛び出そうなほど脈打っている。


「どうした?言えないのか?」

「!!」


 ──かと思えば、獲物を捕らえる獣のように鋭く見つめてくる。


「~~~~~~ッご、ご教授お願いします!」


 顔を真っ赤にさせながら頭を下げた。


 理由はどうあれ、ヴィクトル団長(憧れの人)に近付けるたった一度のチャンスだもの、神様も許してくれる。


 ヴィクトルは「ふっ」と笑うとポンと大きな手をネルの頭に乗せた。


「三ヶ月の間よろしくな、ネル」


 耳元で甘く囁くように言うと、ヴィクトルは満足気で騎士宿舎へと戻って行った。


 一方、ネルはその場で力が抜けたようにしゃがみ込んだ。体の熱は一向に冷める気がしない。


(ネルって……)


 あまりにも自然に呼ばれたので、幻聴かとも思ったがヴィクトルの低い声が耳に残っている。


「はぁ~~」


 顔を埋めるように膝を抱いた。


 早まったかもしれないという思いもあるが、それ以上に期待で胸が高鳴っている。愛だの恋だのは私には一生分からない感情だと諦めていたけど、自分で思っている以上に恋というものに憧れていたのかもしれない。


「私も大概だわ」


 自嘲しながらゆっくりと立ち上がった。



 ***



 次の日──


「ネルはいるか?」


 司書室の扉から顔を出したヴィクトルに、その場がざわめいた。


 いつものヴィクトルが呼び出すのは司書長のバーノンのはずだった。急な事態にバーノンが足を躓かせながらやって来て「ネルですか?」と再度確認するほど。


「そうだ。──ああ、いたな」


 ヴィクトルと目が合ったネルはビクッと肩を震わせたが、構わず「おいで」と手招きしてくる。


「あ、あの、ネルが何か……?」


 バーノンからしたら、団長自らやって来るほどの失態を犯したのだろうと声を震わせて顔面蒼白になっている。


「ああ、業務とは関係ない。これは私情だ」


 やって来たネルの肩を抱き、意味ありげに微笑みつつその場を後にした。

 背後からは「えぇぇぇぇ!!」「どういう事!?」なんて悲鳴に近い叫び声が響いている。


「あの、出来れば司書室(職場)へ来るのは控えていただきたいんですが……」


 恐る恐るヴィクトルにお願いしてみたが、返ってきた言葉は「何故?」の一言。


「私みたいな者が隣にいれば、貴方の印象が悪くなります。それに、一応とは言え婚約者がいる身ですし……」

「それが?別に構わないだろう」


 分かっていて言っているのか、分からず言っているのか、この人の心が読めない。


 目を伏せ、淀んだ空気を纏わせるネルを見たヴィクトルは人目の付かない柱の陰に連れ込むと、全身で覆うようにして逃げ道を塞いだ。


「私みたいなもの?君の価値は君が決めるものじゃない。俺の隣を所望したのは君だろ?なら、胸を張って隣にいればいい」


 息がかかりそうなほど近い距離にヒュッと息を飲む。


「それに、俺といるのに他の男の事を考えるなんて許せないな。今君の目の前にいる男は誰だ?言ってみろ」


 咎められているはずなのに、甘い囁きに脳が蕩けそうになる。


「ヴ、ヴィクトルだん──」


 絞り出すように名を口にしたが、途中で口を指で止められた。


「今の俺は団長ではないだろう?」

「ヴィクトル……様?」

「ふっ、今はそれでいい」


 眉を下げて笑う姿が眩しくて目が奪われる。


(こ、ここここれは……!)


 完全にこの人の実践能力を舐めていた!こんなの、惚れない方がおかしい!同じ人間とは思えない!心臓がいくらあっても足りない!


 心の中で叫び声を上げて、必死に高鳴る心臓を落ち着かせようとした。


(……勘違いしないように気を付けなきゃ)


 これは恋愛を知らない私を憐れんだヴィクトル様が、私の事を思って提案してくれた三ヶ月の疑似体験。

 甘い言葉を掛けてくれても、それは全て体験の内。心から思っている言葉じゃない。


 ──ズキッ


 胸が一瞬痛んだ気がした。けど、それもきっと気のせい……



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