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虐げられ令嬢は恋を知る~今さら執着されても遅いですよ元婚約者様~  作者: 甘寧


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16

 ヴィクトルが向かった先は、男爵邸から北へ5キロほど行った先にある男爵の別邸。


 ここは屋敷を隠すように周りを木々で覆われており、場所を知る者は少ない。裏取引や賭博などに使用する為だろう。


(この件が片付いたら詰問する必要があるな)


 扉に手をかけるが、鍵がかかっていて開かない。ヴィクトルは躊躇することなく蹴破り中へ入った。


 中は真っ暗で、人の気配は無い。


「ネル!何処にいる!」


 大声で名を呼ぶが、静まり返ったホールに声が響くだけ。


「──チッ」


 焦る気持ちを抑えつつ、屋敷の中を探してまわった。


「ネル!」

「何処だ!」


 どこを見てもネルの姿は元より、人の姿すらない。


「くそっ、何処にいる」


 屋敷(ここ)にいないのか?いや、ランドルフ(あいつ)の情報に間違いはない。


 表にいなければ、裏か……?


 ヴィクトルは室内をくまなく見渡し、一つのドアに目をやった。

 壁の隅に作られたそのドアは、他のドアに比べて薄汚く、異様な雰囲気を放っている。


 そっとノブに手をかけ開くと、地下に続く階段が現れた。冷たい風が吹き込み、不気味なほど静まり返る階段を一歩一歩しっかりとした足取りで下りていく。


(……これは)


 下りていくと甘く不快な匂いが漂ってくる。思わず眉を顰め鼻を覆うほどだ。すぐにランドルフが言っていた『薬』が頭に浮かびあがり、階段を駆け下りた。


「ネル!」


 飛び込んだ先は、暗く湿っぽく催淫効果のある香の煙が充満する一室……そこにはベッドに両手足を拘束され、口を塞がれ服を乱暴に破かれ肌が露わになっているネルの姿があった。


「──貴様ッ!」


 ヴィクトルは上半身裸でネルに馬乗りになっているオーウェンを殴りつけた。勢いよく壁に体を打ち付けたオーウェンだが、薬の影響か薄ら笑いを浮かべて痛んでいる様子がない。


「ぼ、僕のだ……僕の……お、お前のものじゃない……!」


 呼吸を乱し、焦点が合っていない。完全に正気を失っている。いや、イカれてるという表現の方があっているかもしれない。だが、こいつに構っている場合じゃない。


 ヴィクトルは拳をグッと握ると、地面に叩きつけるようにオーウェンを殴りつけた。


「がッ──……」


 鈍い音と共に数本の歯が飛び散り、白目を剥いたまま気を失ったオーウェンがその場に転がった。


 一息つき、ネルの元へ寄り拘束を解くと、小さく震える体で力一杯に抱き着いてきた。


「……ヴィクトル様……!」

「遅れてすまなかった。怖かったな」


 優しい声と温かくて大きな腕に抱かれ、ようやく安堵の息が吐け、それと同時に涙が込み上げてきた。


 肩を震わせ、嗚咽混じりの声をあげるネルをヴィクトルは黙って抱きしめていた。ふと、ネルに目をやれば、白い肌に赤い痕が幾つか付いているのに気が付き、カッと全身の血が沸くのが分かった。


(もっと早く俺が気付いていれば……!)


 こんな痕を付けさせる事も、ネルを怖い目に合わせずに済んだのにと、自分を責め怒りで頭がおかしくなりそうだった。


 ギリッと歯が折れそうなほど食いしばるヴィクトルの頬にネルの手が触れた。


「ヴィクトル様……」


 その瞳は蕩けるように熱を帯び、頬は薄らと染まり、吐かれる息は荒い。


 香に当てらているのは分かってる。それでも自分を求めてくれている事が嬉しくて仕方ない。

 出来ることならこのまま押し倒してしまいたい。だが、理性を失っている相手に手を出すのは……


「君は今、香に当てられて正常な判断が出来ないんだ。すぐに手当をするからしばらく耐えてくれ」


 そっと体を引き離そうとするが、ネルは離れてくれない。


「ネル、辛いかもしれいが──」

「私は」


 諭す言葉を遮るようにネルが口を開いた。


「ヴィクトル様がいい」


 目を潤ませ、縋ってくる姿にドクンっと胸が熱くなる。


「今だけ…一度だけ……どうか、お願い……助けて」


 切に願ってくる姿に、ヴィクトルの心も揺れる。騎士としての誠意、男しての役目……葛藤している中、ネルは限界が近いらしく、息も絶え絶えでぐったりとしながら身体を擦り付けてくる。


「……ヴィクトル、様……」

「あ゛~、クソッ!」


 ヴィクトルは乱暴に髪を掻くと、ネルを抱きかかえ階段を駆け上がり屋敷を出た。


「団長!無事ですか!?ご子息は!?」


 丁度ランドルフがこちらに向かって声をかけてくるのが見えた。


「ああ、地下で伸びている!後は頼んだ!」

「は!?」


 文句を口にしようとしたが、ヴィクトルの腕の中にいるネルに気付き言葉を飲み込んだ。ヴィクトルは素早く馬に乗ると、颯爽とその場を去って行った。


「はあ~……」


 ランドルフは深い溜息を吐くと、オーウェンのいる地下へと向かった。







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