11
着飾った私は、そのままヴェクトルに連れられて街の中を散策している。
行き交う人達の視線が肌を突き刺すように感じる。あまりにもいたたまれなくて、ヴェクトルの影に隠れるようにして歩いていく。
「ほら、折角着飾ったんだ。街の者らに見せつけてやれ」
「あっ!」
横に並ぶように手を取られてしまった。
「見てみごらん。皆が君の姿に目を奪われている」
囁くように言われ、周りに目を向けると薄らと頬を染めた男性らと目が合った。
初めて感じる好意的な視線。地味な人生を歩んできたネルには、嬉しいと言う感情よりも恥ずかしいと言う感情の方が真っ先にやって来た。
「おっと」
ヴェクトルの背中にぶつかるようにして顔を隠すと、クスッと微笑む声が聞こえた。
「あらぁ?ヴェクトル様じゃないですか」
ヴェクトルの声に混ざるように女性の声も耳に届いて、ドキリと胸が鳴る。
「久しいですわ。随分とご無沙汰なんですもの…」
随分と親しげに話す女性が気になり、少しだけ顔を覗かせてみた。
そこには、切れ長の涼し気な目に薄い唇に真っ赤な紅を塗り、豊満な胸を強調するように大きく開けた装いの妖艶な美女がいた。
「私、寂しくて……毎晩身体が疼いているんですのよ?」
擦り寄るように、ヴェクトルの胸に顔を埋め、シャツの上から胸を撫でるように細くて綺麗な指を這わせている。
淫靡で扇情的な場面に、ネルはただただ困惑しあ然とするしかなかった。
「あら?」
ネルの存在に気が付いた女性が笑顔で近付いてきた。
「やだ、何処の店の子?……へぇ~?私以外にお気に入りを見つけたんですか?」
品定めするように顔を覗きこんでくる。まるで、自分の方がヴィクトルに似合っていると言っているようにほくそ笑みながら……
「こら。威嚇するんじゃない。……この子はそんなんじゃない」
「あら、そうでしたの」
驚いた表情をしているが、瞳の奥では嘲笑っているのがよく分かる。自分が馬鹿にされるのは、当然の事だし仕方ない事だと割り切ることが出来るが……
『この子はそんなんじゃない』
そう言ったヴィクトルの言葉が胸に突き刺さる。
どこかで、自分はヴィクトルに気に入られているかもしれない。と驕っていたのもしれない。
(勘違いも甚だしい……)
「それじゃあ、ヴィクトル様。また」
女性は見せつけるようにヴィクトルの頬にキスをして、人混みの中に混ざって行った。ヴィクトルは大きく息を吐くと、死んだような顔をしているネルに目を向けた。
「気になる?」
「え?」
「さっきのは誰か気になるか?」
「それは……」
気にならないはずがない。だけど、私に知る権利はない。
「まあ、知りたくないのなら別にいいけど」
「え!」
答えを出し渋っていると、ヴィクトルの方が先に話を終わらせようとしてきた。
このままではモヤモヤしたまま残された期限まで過ごさなきゃいけなくなる。それは、嫌だ。
ネルは、意を決して口を開いた。
「……知りたい……デス……」
「仕方ないな」
ポンと頭に手を置かれ、ベンチのある広場へと連れて行かれた。
「あぁ~……先に断っておくが、俺は騎士で男だからな。それだけは忘れないでくれよ?」
「?」
なに当然なことを言っているんだろうと、この時までは不思議に思っていた。
ヴィクトルは「ふー」と深くを息を吐いた後、ゆっくりと口を開いた。
「さっきの女は、娼婦館で働く娼婦だ」
「!!」
「まあ、驚くわな」
気まずそうにポリポリと頬を掻いた。
(娼婦ってことは、当然そう言う事をする場所で……)
「騎士は、いつ命を落としてもおかしくない現場にいるんだ。一度戦場に出れば、沢山の血を浴び、死体を踏み台にして生き残る。そんな世界だ」
「……」
「そんな状況下にいれば、血が昂ぶり興奮状態が続く。疼く身体を鎮めるために娼婦を抱く者が多い。……俺もその一人だ」
「幻滅した?」目尻を落としながら、聞かれた。
まず思ったのは「普通の事でしょ?」という事。生きるか死ぬかの状況にいれば、本能で子を残そうとするのは雄としては当然の事。だから別に幻滅する理由がない。
(ホッとはしたけど)
問題は、これから。話を聞く限り、彼女の元へはしばらく通っていないとこは分かっている。まあ、近隣が随分落ち着いていることも要因だとは思うが、いつ、また再熱するか分からない。
そうなった時、ヴィクトルは彼女の元へ行くのだろうか。
(嫌だな……)
「ネル?」
黙っているネルを心配して声をかけてくるが、顔を俯かせたまま黙っていた。ヴィクトルは、ネルの肩に手を掛けようとしたが、触れる寸前の所で手を引っ込めた。
「……ですか?」
「ん?」
「……次、そうなったら、また彼女の元へ行くんですか?」
ネルの突然の問いに、ヴィクトルは戸惑いを隠せない。
「そうだな。その時にならないと分からないが、相手がいなければそうなるな」
「……そ、うですよね……」
自然に返したつもりだったが、声が落ちてしまう。
「……君が相手をしてくれるっていうなら行かないが?」
「え!?」
「冗談だ」
悪戯な笑みで返された。
「私が相手します」そう言えたらどんなに良かったか……
「喉が渇いたな。買ってこようか」
ネルをその場に残し、飲み物を買いに行ってしまった。
背中が見えなくなってきた頃……
「あ?お前、ネルか?」
ゾッとする声が背後に聞こえた。




