第23話 スワレフ辺境伯軍攻城1
「取り敢えず私たちはこれから戦です。皆様はここで待機するか船で退避することをお勧めします」
一旦ソリルの話を横に置き、成光は清鈴智とサーマルに言うと、即座に2人が反応した。
「成光の戦振りを見たい」
「是非とも郡代殿の戦技を観せて頂きたい」
成光としては今後敵となり得る清鈴智と後背定かならないサーマルに手の内を晒すのは得策ではないが、ここは逆にこちらの威力を見せ付けて警戒させるのも手だと思い直す。
肝心なところは見せなければ良いし、いくら警戒していても防げないものもある。
そうしたことを分からせるのは良い機会だ。
「安全は保障しませんよ?」
「構わない。私とて軍陣に身を置く者、戦場の危険は承知している」
「気にしないで頂こう」
成光の言葉に、2人は頷いて納得を示しつつ答える。
2日後、成光は戦支度を整えて八重湊から出陣する。
八重湊から境山城へ向かうのは、黒江成光を筆頭に今泉忠綱と十河結希、鈴木義武と彼らが率いる兵500だ。
既に黒江成光配下の兵は境山城に詰めているため、総勢700名の兵が境山城に籠もることとなる。
そして清鈴智とサーマル提督の2人に随員や護衛が付いてくる。
「輜重隊はすぐに兵糧と矢弾、武器防具を倉庫へ運び込め、到着した兵は壁や石垣、建物を点検し、異常があれば報せよ。各所へ水瓶を配れ。在番の兵で武具に不具合の有る者や矢弾の不足している者はすぐに申し出るように」
成光は境山城に到着するなり指示を飛ばす。
そして到着した兵達を指揮する今泉忠綱、十河結希、鈴木義武に言う。
「敵は川を渡っていると言うことですが、恐らく4日後くらいにはここに来るでしょう。幸いにも相手は前哨点から丸見えですから、ぎりぎりまで英気を養う方針で行きます」
「うむ、よかろう」
「任せて下さい成光君」
「エエ塩梅や、ほなそうするわ」
成光の方針に忠綱、結希、義武は異論なく従う。
次いで成光は付いて来ていた清鈴智とサーマルに厳しい表情で言う。
「これからは戦です、出来れば望楼辺りで大人しくしていて欲しいですが、指示に従って頂けるのなら1名だけ護衛を付けて私に付いて来ても構いません」
「分かった」
「うむ」
2人が自分の指示に従う意向を示したのを確認し、成光は小さく頷いた。
3日後、前哨点から引き上げてきた見張りの侍達が成光の前に報告にやって来た。
「敵はシロン王国スワレフ辺境伯直卒の騎士団を中核とする約3万の兵です」
その報告を聞いて成光は自分の背後に護衛も付けずに佇む清鈴智に声を掛ける。
「清鈴智さん、東王殿下の援軍ですよ?」
「……こちらは頼んでいない。でも、境山城が落ちれば多分東王はスワレフ辺境伯に大いに感謝すると思う」
「どういうことかね?」
成光と清鈴智の遣り取りを見て驚くサーマル提督、こちらも護衛は付けていない。
「スワレフ辺境伯には意図があって境山城を攻めにやって来ましたが、それは東王殿下に関わると言うことですよ。おそらくは交易の利潤や円滑化を狙っていると思います。あるいは独占も狙っているかも知れません」
サーマル提督は成光の説明に納得の表情を見せる。
「なるほど、南にいる東王を気にして北王はここに援軍を出せない。その隙に境山城を陥落させれば北王は力を失い、大章帝国の再統一が早まる。そうすれば東王の感謝を得たスワレフ辺境伯は便宜を図って貰えた上で交易も今まで以上に活発になるというわけか」
「そのとおり……でも」
「それはここが落ちればの話、と言うことだな」
取り澄ました表情の黒江成光を前にした清鈴智の意味深な言い方に、サーマルもにやりと不敵な笑みを浮かべて応じるのだった。
更に2日後早朝。
「前方の哨戒所から報せの火矢、敵勢接近中です」
「全員配置や!みんなに報せえっ」
直近の哨戒所からの警戒を知らせる火矢を見た兵が報告すると、境山城の今日の在番である鈴木義武が指示を出した。
早速慌ただしくなる城内。
使番が境山城の中を駆け巡り、配置に就いていた鈴木衆は臨戦態勢に入る。
「やれやれ、今度は紫侖王国かえ……繁盛やな」
義武の言葉が終わらないうちに、応援の兵が望楼や城壁の配置に就き、それを報告する声が響き渡り境山城が動き始めた。
スワレフ辺境伯軍を率いる紫侖王国スワレフ辺境伯のカヤ・スワレフ・シローナ・シレンスカヤは、境山城を目の前にしてその形の良い眉をひそめて傍らのチェスワフに話しかけた。
「チェスワフ、どう見る?」
話しかけられたチェスワフは板金製の全身鎧の面を上げてから答える。
「東西合わせて大陸諸国には見られない様式の城ですな……これは侮れません」
「どう攻める?」
「傾斜が急すぎて大砲は城まで届かないやも知れません。力攻めは多大な犠牲を払うおそれがありますから、山肌を崩して城壁を落すほかありませんが、岩山ですから骨が折れましょう」
「兵糧攻めは……こちらの兵糧が持たないだろうな」
カヤの言葉にチェスワフは頷きながら応じる。
「東王が呼応してくれれば良いですが、それですぐに北王が滅びる訳ではありませんからな。援助を得るのは難しいでしょう」
スワレフ辺境伯軍は境山城の手前にあり、以前は東王配下の犀慶将軍も陣を敷いた場所に軍を集結させていた。
しかし見上げるような急傾斜の境山城に対しては大砲の仰角限界を超えている。
カヤは時間が掛かるがこの場合の最良の方法をとることにした。
「仕方ない、大砲の土台を作れ」
「はっ」
城攻めの道具としては破城槌や梯子も用意しているが、数が限られている。
カヤの構想としては、まずは大砲で射竦めるなり城を崩すなりしてからの突入を考えていたので、大砲がまず今のままでは使いものにならないのは想定外だ。
そこで土や石を使って坂を作り、その上に大砲を据え付けることにしたのだ。
大砲そのものの仰角は限られているが、土台を作って無理矢理仰角を捻り出すのだ。
「降伏の使者を出せ」
「はっ」
チェスワフの命令で東方語の出来る騎士の1人が白旗を掲げて馬を境山城に寄せる。
その後ろ姿を見送り、チェスワフは更に命令を配下の兵達に下した。
「傭兵共は大盾を前にして境山城へ横列を作れ!弓兵はその後方に同じく横列!騎士団は下馬せよ、城攻めに馬は不要だ」
大砲の土台は広場の正面の境山城側に作られているので、チェスワフはその後方に兵を並べるのだった。
「西方の騎馬兵が1騎やって来ます」
「恐らく攻め口上やろうな」
兵の報告を聞いた義武が言うと、成光は無言で頷く。
境山城の最前線の望楼から、スワレフ辺境伯軍が着々と口上の準備を整えているのが見える。
「大砲が厄介ですね」
「最前線の歩兵は統制があまり取れていない様子だな……傭兵かな?」
鎧兜を身に着けた十河結希が大砲を見ながら言い、更に今泉忠綱が最前線に配置されたベルカンフルク人の傭兵を見て感想を述べる。
白旗を掲げた騎士は境山城の直下にまでやって来ると馬を止め、白旗を掲げたまま大声を発した。
「私はシロン王国スワレフ辺境伯配下の騎士ユゼフ・スターネック!境山城主黒江成光殿に口上申し上げる!スワレフ辺境伯たるカヤ・スワレフ・シローナ・シレンスカヤはこの境山城を攻め取ることとした!降伏の上で速やかに退去するならば追討ちはしない。しかし抵抗するならばスワレフ辺境伯軍3万が境山城を攻め潰す!」
「ご丁寧にどうも、黒江成光です」
望楼から気の抜ける返答を返す成光に、境山城の将兵はどっと笑い声を上げた。
いきなり大将である成光を目の当たりにした騎士ユゼフは驚くが、その後の笑声に馬鹿にされたことを感じ取って顔を真っ赤にした。
しかし成光はそんな騎士ユゼフを気にした様子もなく言葉を穏やかに続ける。
「攻める理由もまともに述べられない方を信用できませんし、そもそもここは我が領地です。降伏も退去もお断りしますから、攻め潰せるというのであればどうぞお試しあれ。矢弾刀槍をもって歓迎致しますよ」
「二言はないぞ成光殿!後悔せぬことだな!」
「後悔はしませんよ……踏ん切りを付けてもらうために早速こちらから馳走致します」
怒鳴るように言い放つ騎士ユゼフにあくまでも緩やかな態度を崩さない成光はそう言うと、訝る騎士ユゼフを余所に白い扇子を手にするとぱっと開いて頭上に掲げた。
その合図と共に望楼から鈴木衆の長鉄砲隊が一斉に発砲した。
突然轟発音と白煙が境山城の望楼から発せられたことに驚く騎士ユゼフだったが、狙いが自分ではなかったことにすぐに気付く。
なぜなら最前線で手持ち無沙汰に屯していたベルカンフルク人傭兵の戦列で悲鳴が相次いで上がったからだ。
ばたばたと倒れる仲間を見て、ただでさえ乱れていた傭兵達の戦列が更に乱れた。
「なっ、この距離でだとっ!?」
「早々に立ち戻られるが良い。既に戦は始まっていますから」
「くそっ!」
慌てて馬首を返す騎士ユゼフを嘲笑うかのように再度の轟発音が轟き、山肌を反射して耳を襲う。
自陣へ戻る騎士ユゼフの目に、今度は大砲の土台を構築しようとしていた兵達が悲鳴を上げて倒れる姿が入るのだった。
「特大射程のマスケットだと……」
倒れた兵達が後方に運ばれてくるのを見ながらカヤが呆然とつぶやく。
未だ大砲の射程ぎりぎりの位置にいるはずの自陣が攻撃されたことに衝撃を受けたのは、兵達だけではなく兵を率いるカヤやチェスワフらも同様であった。
「土台作りを急がせろ!大盾を作業現場に並べるんだ」
「前線の兵は大盾の影に隠れていろ!」
相次いで指示は出されたが、今も散発的に弾丸が飛んできては大盾の隙間にいた兵や盾を持たない兵が犠牲になっている。
さすがに長距離を飛来した弾丸であるので、固い大盾や板金鎧を身に付けた兵を倒すことは出来ないようだが、革鎧しか身に着けていないベルカンフルク人傭兵や銃兵は倒されていた。
「今はとにかく大砲を使えるようにする他ありません」
「……そうだな」
臆病風に吹かれたと言われる訳にはいかないので、射程内にあると分かっていても本陣を下げることは出来ない。
大盾を壁にしてテントを張り、宿営地をしっかり構築して兵を休めることにしたカヤだが、緒戦で思い掛けない敵の強力さを見せ付けられた兵の士気は下がり始めていた。
「すごい」
「これは……凄まじい」
緒戦で敵の意気をくじいた成光の手法と特大射程を誇る瑞穂国の長銃に清鈴智とサーマルは言葉を失う。
瑞穂国の鍛鉄が極めて優れていることは2人とも把握していたが、それがこの様な形で活かされていることを知って背筋を凍らせる。
「これは瑞穂でなければ作製できない銃ですからね。いくら見て貰っても良いですよ」
成光があっさり言ったとおり、軟鉄の生産が主体の東大陸諸国では大型の銃を作るのは難しく、細く長い銃身が必要な長銃は瑞穂国でしか作られていないし、そもそも作れないのだ。
羨望の眼差しで銃身の掃除に取りかかる義武の手の中の長銃を見つめる2人。
「シゲミツ、剣術だけじゃなかったんだ~」
ソリルがそう言いながら嬉しそうに成光の腕を取ると、傍らに居た結希がぎっと鋭い目で睨み付ける。
「離れて頂けますか、馬の娘さん?」
「え~やだよ。それにお姉さん、成光の親戚でしょ?成光にいやらしい目を向けるのは不潔だよ?」
「い、従姉は婚姻可能ですし瑞穂では一般的ですっ」
ソリルの言葉を聞いていきり立つ結希に、清鈴智がうんうんと頷きながら静かに言う。
「同族婚姻は推奨されない」
「ですからっ、瑞穂ではっ、可能ですし一般的なんですっ」
顔を真っ赤にして言う結希に、成光は天を仰ぐのだった。




