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第20話 南照と西玲

 中央歴105年11月10日 南照王国


「火遊びはおやめ下さいっ、マルーサ王殿下!」

「何もおかしな事ではないだろう?試しに船を派遣するだけだ」

「いやいや、それダメですからっ」

「大章には寄らん、瑞穂の港を使っていけば良かろう?」

「いやいやいやいや、それは非っ常に、危ないですからね!?」


 真っ白な大理石が敷き詰められた大広間。

 そこで目下2人の男が言い合いとも掛け合いとも取れる遣り取りをしている。

 大広間には他にも重臣と思われる年齢も性別も様々な者達が居並んでいるが、会話しているのはその2人だけ。


 方や座に浅く腰掛け、目鼻立ちの整った秀麗な顔を笑みに形作り、目をきらきらさせながら勢い良く言葉を発している若い男。

 肌は艶やかな赤銅色で、短く整えられた真っ黒な髪の上に金銀の素地に色とりどりの宝石をふんだんに散りばめた頭鐶をつけ、細身の身体をすっぽり覆うようなゆったりとした長衣。

 膝下までのこれまたゆったりとした短袴に革製のサンダルを履いている。

 指や胸元にも大粒の宝石を使用した指輪や首飾りがある。


 対峙する同じ年頃の男は、同じような服装ではあるが飾りは抑えめで、宝飾品も指輪だけ。

 対峙する相手方に負けず劣らずの美男ではあるが、線は細く赤銅色の肌でありながら壮健さより繊細さが先立つ。

 目元のくまが表情と相まって見るからに苦労人の様相を呈していた。


 その2人を中心に、列臣が居並ぶこの白亜の間。


 壁も屋根も天井も全てが純白の大理石で作られており、多数の窓に丸みを帯びた屋根を持つ尖塔が設けられた主殿を中心に、少し小さめの建物が四方に設けられ、更にそれらを広大な庭園と城壁が囲んでいる。

 庭園にも白亜の大理石が敷き詰められ、噴水や四角く区切られた池の中には玉石が隙間なく並べられており、青く光を反射している。

 芝生の敷かれた場所には、色鮮やかな花を咲かせる樹木が等間隔で植えられており、人々の目を楽しませられるようになっていた。


 正に広大な敷地に設けられた白亜の宮殿。

 それこそが東大陸南の雄国、南照の宮殿なのだ。

 宮殿の王の間では、先程の遣り取りがまだ続けられていた。


「王殿下!これ以上大章帝国を刺激しないで頂きたい!紛争が起こっているとは言え彼の国は大国なのです。南王の力だけでも我が国にとっては大きく手に余ります。本体とも言うべき皇帝直轄領を牛耳り、東王領を維持している東王と南王が協力関係にある以上、目を南に向けさせるのは危険です!」

「そうではない、そうではないぞ、我が友クマリ宰相!」

「……友と仰って下さるならば、我が言をお聞き入れ下さい」

「いくら友とは言えそれは出来ぬ!」

「そんなあっさり……どうしてですかっ!?」


 ショックを受けたかのようにつぶやいた後、神経質そうな目を怒らせて問う宰相に、マルーサ王が得意げに言う。


「良いか?大章のご機嫌など窺う必要はないのだ宰相。大章は今北に目が向いている、これをそのまま維持し続けてやることが大切だ。我らが船を出したところで、目が向く先は北の西の端。東王は馬鹿ではない、我らが興味を持つのはそこに瑞穂の残党が居るからだと正しく理解するはず。そうすれば東王は北に益々力を入れる、我が国に向く注意は低くなる……さすれば……?」

「まさか……南王を孤立化させて戦う環境を整えるというのですか?」


 宰相が驚愕の表情でつぶやくように言うと、それまでの快活な表情を一転させ、暗い笑顔でマルーサ王が言う。


「そういうことだ。あの瑞穂の残党の首魁、黒江成光という奴はやり手だからな、そう簡単に滅ぶとは思えない。恐らく大章の内紛は長引くことになる……新たな時代の始まりを感じるのだよ」

「ううん……」


 悩む宰相にマルーサ王が表情を元の快活な笑顔に戻して言葉を継ぐ。


「ここは黒江成光という奴を見極め、軍事的成功を収めるか否か、そして交易の伝手を掴めるかどうかを確かめるためにも使者と商人を船で派遣するべきだ!南照金十枚でも積めば否やとは言うまい」

「そ、あ……金十枚っ!?お、お待ちを!!」


 南照金は南照王国が発行している純度の高い金貨で、大章や西玲でも通用する。

 南照王国内では極めて高額な貨幣であるのであまり使用されないが、外国貿易の決済には使われることが多く、大章銭で1千貫前後の値打ちがある。

 南照金10枚ともなれば大章銭で一万貫程の値打ちとなるので、正に大金であり、一地方領主相手に挨拶代わりで渡すような金額ではない。 


「サーマル提督!」


 宰相の制止を意に介することなくマルーサ王がそう呼ぶと、1人の威丈夫が前に進み出た。

 がっしりした体格で背丈は宰相より頭2つは大きい。

 膝上で切ったような短袴に分厚い胸元や腕を剥き出しにしたその威丈夫は、短く刈り揃えた短髪の頭をざっと勢い良く王に向かって下げた。


「お呼びにより御前に!!」


 真っ黒で長い口ひげを振わせる程の勢いで返事を返すその威丈夫に、思わず宰相が仰け反る。

 マルーサ王は威丈夫の反応に満足げな笑みを浮かべて言う。


「提督に黒江成光との折衝を命じる。提督旗下の艦隊を率いて、瑞穂国を経由してゆけ。商人と文官も連れて行ってくれ。提督の眼力で黒江成光を見極めてくるように!」

「ははっ!!」


 マルーサ王の目礼に深く頭を下げ直し、ばっと立ち上がると背中のマントを翻して去って行く。

 その後ろ姿を見て満足そうな笑みを深めるマルーサ王に、宰相が悲鳴を上げた。


「艦隊派遣ではないですかっ!それにっ!南照金は十枚も出せません!!」

「む?しかし、しっかりとした誼を結ぶには恩を売っておくことも必要だろう?黒江成光とやら、恐らく戦費に苦労していると思うぞ?」

「今の段階で役に立つかどうか分からない相手にそんな大金は出せません!」

「ではどれ程なら良いのだ?」

「せいぜい1枚!」


 言い切る宰相に苦い顔を向けるマルーサ王だったが、思い直したのか渋々頷く。


「何だ、しみったれてるな……だが、仕方ない。国の財政を預かる我が友クマリ宰相がそう言うならば、1枚にしておこう!だが、すぐに10枚出さなかったことを後悔することになるぞ?」





中央歴105年11月30日 西方大陸 西玲帝国 帝都


 大章帝国が東の超大国であるならば、西の超大国はここ、西玲帝国であろう。

 大章同様世界帝国に相応しい威容と大きさを誇る、帝都ルミシア。

 帝都中央に並ぶ5つの丘を中心に行政区が整備され、更にその外郭に居住区と商業区、学芸保養区が入り交じって町を形成している。

 街路の路面は全て石材で舗装されており、統一された車輪幅に合わせて溝が彫り込まれており、その両端に設けられた歩道と歩道の合間には飛び石式の横断歩道がある。


 付近の河川のみならず遠方からも生活用水として引かれた水は、水道橋や水道管によって都市内部にくまなく行き渡り、潤沢な水資源を利用した各種産業も盛んだ。

 風呂屋が多いのは愛嬌だが、使用した汚水や排水は全て地下の煉瓦造りの下水管に集約されており、街路の下の大水路を通じて郊外のシンベル川下流へと排出されている。

 石灰岩や大理石、古法コンクリートで造られた集合住宅や邸宅、官庁や娯楽施設は白く輝き、帝都住民達の顔は明るく朗らか。


 帝国中から集まってきた商人達の顔形は様々で、また言語的特徴もそれぞれ異なるものであるが、そこは帝国の商人達。

 クセはあるものの皆きっちりとしたは西方共通語を使って意思の疎通を図っている。

 行き交う馬車の数は多く、人の歩き出ること夥しく、また商人達は感じよく客を引き、物を売り、移動していた。

 遣り取りされる通貨は、西玲銀と呼ばれるセルス銀貨が主体で、時折アス銅貨や高額な支払いの際にはアレス金貨や手形が使われている。


 商人達が売り買いしているのは、錫や鉄、銅や鉛などの金属に、木材や石材と言った工業素材や剣や盾といった武具類、針、刃物、綿布や麻布、羊毛とそれらを使った衣服、草茎紙などなど。

 それに小麦や大麦、各種の豆類、魚類や甲殻類、豚や鶏に卵、羊や山羊とその乳、バターやチーズ、塩に砂糖に胡椒などの食材も豊富で新鮮。

 どれもこれも質は良く種類も多い上にで、何より量がすさまじい。


 帝都の盛況ぶりこそ、この西玲帝国が大いに繁栄している証左と言えよう。


 そんな西玲帝国の皇帝宮殿の一角、執政官執務室にて、これまた2人の男が真剣な様子で話し合いをしていた。




「ほう、東の大陸ではそのようなことが?」

「ことはそう単純ではありませんぞ、レグルス執政官殿」


 感心したように言う老年の男に、未だ青年と行って良い程の年齢の男が言葉を返す。

 2人とも長く白い布を肩越しに身体へ巻き付けたかのような衣服を着用しており、その下には同じ色の貫頭衣と短袴、そしてサンダルを履いている。

 どこか面白がるような風貌をしている老年の男の頭髪は既に綺麗になくなっているが、分厚い胸板に太い腕と足は年齢を感じさせないものだ。


 一方の生真面目そうな青年は黒い頭髪を短く刈り込み、細いがよく鍛えられた身体を持っていることが分かる体格で、背丈は老年の男より随分と高い。

 2人とも彫りの深いくっきりした顔貌で、西方人共通の特徴を強く持っているが、目の色は黒く、頭髪や体毛も基本的には黒い。

 少し気分を害したかのような若い男の言葉に老年の男、この西玲帝国の執政官であるセプティムス・レグルスは取りなすように言う。


「分かっておるよマキシマス財務官、東方の件、これから荒れると言いたいのだろう?」

「はい」


 こくりとその言葉に頷く若い男は、その執政官の下で西玲帝国の財政を司る財務官の地位に就いている、クゥイントス・マキシマスである。

 マキシマスは手元の帳簿を開いて見ながら言葉を続ける。


「今まで内海の中心に位置しながら、あまり交易や大陸に関わってこなかった瑞穂国が大陸へ久しぶりに進出しました。本隊は撤退してしまいましたが、その後も居残った者達が大章における一方の勢力を破って退けていますし、初戦の活躍には目を見張るものがありました。その武力には注意すべきです」

「ほう、瑞穂国がな、財務官の注意を引く程のものだとは……確か大昔にはかなりの強国振りを誇ったようだが……」

「はい、700年程前は瑞穂国は強く、東にも西にも兵を出しておりましたし、交流も盛んでした」


 別のページを捲りながら言うマキシマスに、感心ししたレグルスが言う。


「なかなか詳しいな?」

「はい、恐縮です」

「しかしいくら瑞穂国が盛況な軍を持っていると行っても、その視線は東に向いている様子だし、現に今、事が起こっているのはここから遠い東の大陸だ。こちらから何か手を出すと言うことも難しいだろう。何より理由があるまい」


 続いて発せられたレグルスの言葉に、マキシマスは言う。


「理由は……あります」

「何かね?」

「東方との直接の交易拠点が得られますし、瑞穂国と交流を持つことで海洋交易の中継点として彼の国の港を使うことが出来るようになります。そうすればスワレフ辺境伯領のシレンシアを通る交易路の割合を下げることが出来ます」


 マキシマスの言葉に、レグルスは綺麗に髭を剃り上げた顎へ手をやってしばらく考え、やがて結論を出した。


「ふむ、確かに最近代替わりしたスワレフ辺境伯の動きも気になるしな……良いだろうマキシマス財務官。4個軍団までなら動かして良いぞ」


 しかしその言葉にマキシマスは頭を横に振る。


「兵2万では不満かね?」


 訝るレグルスに、マキシマスはうっすらと笑みを浮かべて言う。


「後々兵を使う可能性はありますが、今ではありませんし大軍を派遣する必要もありません。我が国と瑞穂国の進出した地の間には、シロンを始めとする諸国や諸勢力もあります。軍団の移動だけで無用の紛議を招きかねません」

「ではどうする?」


 再度問うてくるレグルスに、マキシマスはまた別の場所を捲り、その書き付けを見ながら言う。


「それこそ遠方でもありますから、まず穂瑞穂国に内乱鎮圧の祝いを兼ねて使者を派遣し、通信を開始するのです。大陸拠点のサカイヤマには高官を派遣し、援助を申し出て情報を得るのが良いと思います」

「ふむ……なるほど、港の確保と東方情勢の調査を同時に行うのだな……そしてあわよくば?」


 マキシマスの言葉を聞き、レグルスが何かを理解した様子でにんまりと笑みを浮かべて言うと、マキシマスも笑みを深めて応じる。


「サカイヤマを乗っ取ってしまいましょう。それがダメならば拠点を設けてしまいます。その為にも高官を派遣致しましょう」

「よし、ではこの件はマキシマス財務官に一任することとする」

「ありがとうございます」


 レグルスの言葉に、マキシマスは帳面を持った手をそのままに軽く頭を下げて礼の言葉を述べるのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どんどん物語世界が広がって、主人公の知らないところで色々な思惑がうごめいているところが面白い。 このあとの展開が楽しみです!
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