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第16話 英傑真道長規

 中央歴105年10月25日 瑞穂国主都 京府、真道屋敷


 瑞穂国の都、京府。


 花の都と謳われたその京府も、ここ120年あまりの戦乱により荒れに荒れ果てていたが、7年前に真道長規が再統一を成し遂げてから、大王の住まう瑞穂国の首府としての威容を取り戻しつつあった。

 あちこちで未だ道普請や町家建設の槌音が響き、馬車や大八車が大きな木材や石材を乗せて街路を行き交い、商人や職人、大工や工人の威勢の良い声が飛び交っていた。


 既に大内裏の周辺は建築も終わり、落ち着いた佇まいを見せているが、道路中央に植えられた街路樹が南海らしく未だ青々とした葉を付けたまま、強くなり始めた北風に枝を鳴らしている。

 この国の実質的な王でもある真道長規の京府にある本拠地、真道屋敷は、瑞穂国の本当の主である大王の住まう大内裏の直ぐ脇に設けられている。


 その大きさや豪華さは最早大内裏を圧して余りあるほどだ。


 門の造りは武家らしい櫓付きのどっしりとした門で、壁は高く築かれて時折内櫓が設けられているものの、本殿や客殿などの造りは貴族風を模している。

 屋根は京府に多い茅葺きや板葺きではなく銅板で葺かれており、蔀戸や雨戸も表面には板や銅が打ち付けられていて物々しい。


 ただ、中に入れば畳敷きの広間や部屋に、削り整えられた板張りの廊下、襖絵も貴族邸宅に見劣りしない見事な物が用意されており、庭も石砂から草木、池と遣水を使った雅なものが拵えられている。

 その真道屋敷の大広間には、大陸遠征から戻ってきた大名衆が呼び出されていた。

 東大陸での勇戦を称されて功績と成し、石鷲長誠ら諸将は特に処罰されることも無く瑞穂において元の地位に戻っている。


 それもこれも大名衆が結託して自分達の功績を過大に報告し、末端の者の功績を取り上げるばかりか罪までねつ造して処罰を免れんと工作を余念無く行ったからである。

 真道長規を始めとする瑞穂居残りの諸将もその全てを信じたわけではないが、損害を少なくして帰還した手腕についてはそれなりに認め、また東大陸の戦いに利あらずと熱心に説く石鷲長誠の説明を聞き入れたのだ。


 そうなってくると大陸遠征の大名衆には、そもそもが志願したはずでありながらも自分達だけが苦労させられたという不満がくすぶり始めることになる。

 瑞穂居残りの諸将達が、石鷲長誠らをあからさまに下に見るのも良くなかった。

 彼らの焦りに火を付けた。

 本来は真道長規の後継者争いに参加するという目論見で早期帰国を成し遂げたのである。

 それが、未だ真道長規はばりばりの健在で、密やかなものは起こっているが、あくまで密やかなモノであって、石鷲長誠らが考えた状況ではない。


 石鷲長誠からすれば、後継者争いに差を付けられた形になってしまったからである。

 それに瑞穂居残りの諸将は後詰の準備といいながら、兵を失わず財も使わず、秋の収穫はそのままで結局は何の損耗もしておらず、勢力を温存している。

 領土を獲得したわけでもないため褒美は真道長規から全て金銭などで支払われてはいるが、苦労に見合っていないと不満に思いながらも、本来は処罰されかねない東大陸からの撤退という事実を否定できるはずも無く、石鷲長誠らは忸怩たる思いを持ちつつも、自分達の軽率を悔やみながらその処遇に甘んじていたのである。


 もちろん、真道家の親族衆や、同盟衆という名の配下大名の他、真道家直属の重臣達も呼び集められており、彼らは石鷲長誠らを侮蔑する態度を隠そうともしないので、場の雰囲気は極めて悪いものとなっていた。

 特段話しているわけではないのだが、お互いがお互いを牽制し合っており、殊に大陸派遣組の諸将と他の大名衆の間が緊張感で張り詰めているのが見て取れる。

 そんな緊張感溢れる真道屋敷の大広間の上座へ、白髯を高々と結い上げ、真っ青な絹の直垂を身に纏った60絡みの威丈夫が現れた。


 腰に分厚い脇差し刀を差し、太刀持ちの小姓を2名引き連れたその人物こそ、瑞穂国再統一の英傑真道長規である。

 どっかりと上座に座した自分に、大広間に集まっていた大名衆が一斉に座礼を送ると、真道長規は鷹揚に頷くと口を開く。


「よう集まった皆の者。今日集まって貰ったのは他でもない、東大陸のことよ」


 真道長規の言葉に石鷲長誠らがぴくりと身体を震わせ、周囲の諸将が同情的に彼らを見るが、長規はそのような家臣達の動きに一切動じず、言葉を継ぐ。


「我が瑞穂の、もっと言えば我が真道家の直臣である八重郡代境山城主黒江成光という者が、僅か500の兵でもって大章帝国は東王軍6万を打ち破り、追撃し、大いに活躍して皇帝陛下と北王殿下を滅亡から救ったという、素晴らしき報せが参った」


 静まり返る大広間。

 してやったりという顔の真道長規だったが、それは次第に笑みから怒りの表情へと変わり、下を向いてだらだらと脂汗を流す石鷲長誠へと向けられる。


「而して我が瑞穂侍のいさおしを、北王殿下のみならず東王の者までもが褒めそやして帰ったが……わしは寡聞にして我が臣に黒江成光なる者が居ることも、八重郡代なる役職がある事も、境山城なる所領がある事も、更には未だ我が臣が東大陸に居残って勇戦し得ることも知らんかったのだ……長誠、わしに教えてくれぬか」

「……はっ!」

「お主、確か東大陸からは総撤退をしたと申したな?生き残りし者は一兵たりとも残さず連れ帰ったと」

「はっ」


 更に頭を低く下げて畳に接さんばかりとなった石鷲長誠の後頭部を、真道長規は冷ややかな目で見つめて言葉を継ぐ。


「そしてわしはそれを功としてお主らを始めとする大名や諸将を賞し、褒美を取らせたはずなのだが、では、これはいかなることだ?」

「……申し訳ありませぬ、既に死に絶えたとばかり思っておりましたが。罪を為したが故に殿を申し付けて残して参りました者共が未だ生き残っておりましたようで」

「ほう、この黒江成光は罪人であると?」


 真実を知る諸将は居心地悪そうにしており、ある者は顔をしかめ、またある者は顔を青ざめさせている。


 瑞穂国内で待機していた諸大名達の反応は半々。


 地侍を快く思っていない者達はさもありなんといった表情で頷いており、また融和的な者達は、顔を難しくさせている。

 しかし石鷲長誠はそれを知ってか知らずしてか、得意げな顔で蕩々と述べる。

 なぜなら、ここには成光らを迎えに行くべく近坂国の大伊津で準備を始めている、栗須弘盛がいないからである。


「はっ、その者は北宣府近郊の2度目の戦いにおいて勝手に撤退し、我らが敗北のきっかけを作り申した故、その責を取らしむるべく、殿を申し付けてあの地に居残しました。その際に我が方が拠点としました彼の地を新たな瑞穂国の国土と位置づけ、ハエ……ではなく、八重国を暫定的に興し、彼の者を名目上郡代に命じたので御座います」


 その言葉に長規は首を捻りつつも問いを続ける。


「一々話が分からぬ。何故罪を得たモノが栄誉ある殿を務め、郡代に任じられて新たな国興しに関わり、あまつさえその国を所領として持ち、城主と名乗らせるのか?」

「地侍ずれが勝手に名乗ったのでは、瑞穂国の沽券に関わり申す。対外的に役職なくば外聞も悪かろうと、僭称されるよりは良かろうと思いましてな、あらかじめわしの裁量で命じておいたのでございます。私めの浅慮を恥じ入るばかり。もしご不快あれば処罰を賜りたく」

「ほう、北王殿下の使者殿も、東王のところの商人も、石鷲長誠総大将から授けられし官職所領じゃと申しておったが、そういうことか」


 乗り切った。


 長誠は得心した様子で頷く長規を頭上に感じ、下げた頭はそのままににたありと嫌らしい笑みを浮かべる。

 長誠の様子を余所に、長規は言葉を続けた。


「ふうむ、しかしその黒江成光なる者、確かな武功を上げたのは間違い無いところであろうからな。罪を免じて八重国の守護代に任じる他ないか……官位を授ける算段も付けねばなるまい」


 長規の発した言葉は、石鷲長誠の度肝を抜く。

 まさかあの地侍の小倅ずれに守護代という高位を与えるのは、予想外。

 いや、想定外であり、かなり不味い状況になりかねない。

 守護代ともなれば真道家の当主と直に顔を合わせることも可能であり、官位など与えられてしまえば、その御礼言上に瑞穂へ召喚されるかも知れないのだ。


 そうなればあの地侍が石鷲長誠の所行を告発するのは必定。

 告発に至らなくとも、問われれば居残った経緯を何のてらいも無く話すであろうから、石鷲長誠の垂れた嘘八百が全て晒される羽目になる。

 そしてそれは石鷲長誠の政治生命どころか、真道家での立場や下手をすれば自身の命そのものと御家断絶は決まったようなモノ。


 慌てた石鷲長誠はとっさに顔を上げて真道長規を見ながら口を開く。


「お、お待ち下され。ハエ……いや、八重国は……」


 しかしそこまで話したところで、炯々と光って自分を見つめる真道長規の目を見てしまい、言葉を失った。

 まさか、当主は気付いているのか……

 再び滝のように流れ出る顔汗をそのままに、目をそらすことも出来ずに石鷲長誠が固まると、真道長規は厳かに言う。


「郡代では新興とは言え国持ちに役が軽すぎるわ。それにわしは遥任ようにんは認めん、混乱の元であるからな……それとも長誠、お主が上古の国造くにのみやつこのように、国立者くにたてしものとしてもう一度渡海の上で八重国守護やえこくしゅご八重探題やえたんだいに就くか?」


 遥任とは任地に赴任しないまま領国の支配権を行使することで、かつてこの瑞穂国で横行して混乱の大本となった。

 真道家は遥任の制度そのものを廃し、任地に必ず赴任しなければならない制度を導入しているので、八重国の権限を把握したければ任地に行く他ない。


 現在の政治情勢で高位の者が渡海までして瑞穂を離れるのは全く利に合わない。


 それは石鷲長誠も同じであり、その派閥の者達も同じである上、対立激しい他派閥に頼めるような状況でもない。


「あ、いえ、それは……はう、あう」

「……異見は無いな?」

「は、はあっ……」


 真道長規は、石鷲長誠に念を押してから言葉を継ぐ。


「黒江成光なる者、真道家直臣、楠翠国黒江郡の領主黒江成時の三弟と聞く。ここに八重国守護代に任じ、所領は境山城1万石を安堵する。それに付随し、今泉忠綱、十河結希、鈴木義武を郡代に任じ、それぞれ八重国内に5千石ずつ与える。官位は……そうだな、黒江成光には従五位を奏請しよう。他の3名は従六位だ」


 長規の言葉に真道屋敷の大広間がどよめく。

 無位無冠であった地侍の三男坊が、本来であれば望むべくも無い破格の大出世を遂げたのだ。

 それに加えて居残った他の地侍達にも官位と役職が与えられた。


「地侍の息子が、従六位と?」

「しかも、守護代じゃ……これは、誼を通じておいた方が良いやも知れぬ」

「海を越えるのは骨じゃが、如何するか……」

「何、本貫地の楠翠国に一族がおるわ。そこと連絡をすれば良いのよ」

「おうそうか。しかも楠翠であれば船も雇えるの」

「ううむ、いや……黒江か」

「そうじゃな……当代はともかく先代はあの曲者ぞ?相当な難物よの」


 黒江成光らの素性を何故か既に真道長規が知っていたことを理解し、がっくりと肩を落す石鷲長誠。

 自分は当主から試されただけであったことを理解したのである。

 それは自分の系列に繋がる大陸遠征の諸将も同様で、皆一様にがっくりと肩を落し、周囲の喧噪に交じっていない。


 長規はそれを見て冷たい目を一層細めると、思案を巡らせる。


 八重国と名付けたあの地は、既に道が出来てしまった。

 それは瑞穂へと至る道筋で、あろう事かこの短期間で自分達が作り上げてしまったものだけに、このまま放置は出来ない。

 瑞穂から大陸へ進出するために都合の良かった場所は、逆に大陸の諸勢力が瑞穂へと駒を進めるのに格好の拠点となってしまうことを、真道長規もまた理解したのである。

 大陸から勝手に引き揚げた石鷲長誠らには本来処罰を与えたかったが、それをすれば大陸出征という自分の判断自体の正否を問われかねないし、然程損害を受けたわけでもない状態を考えれば、一応の成功とも言える。


 負けはしたものの、今まで外征には手を染めていなかった瑞穂国の実力の一端を東大陸の諸勢力に示し、また西大陸にも瑞穂国の力を知らしめることは出来た。

 現に西玲や東王、北王からは相次いで使者が真道長規の元に来ており、また南照やシロンから商人が来るようになり始めている。

 東大陸に八重国という……石鷲長誠はあろう事かハエと言いおったが……ほぼ無人とは言え新たな領土を得ることにも成功した。


 新しく大名格の者を八重国に転封させるのは色々と問題が生じるが、地侍の三男であれば問題は無く、また戦の時代が終わったことでただただ厄介者になった地侍や瑞穂国内の不穏分子でもある浪人やあぶれ侍を大過と対価なく入植させることの出来る地が出来たことは喜ばしい。

 八重国と称されることになる、そこそこ広い地域が逆にほぼ無人の地であったことが幸いした形である。


 今後は黒江成光を守護に任じて、援兵として地侍やあぶれ侍をかき集め、これを送り込む算段を付けなければなるまい。

 そこまで思案を重ね、盛り上がる大広間を満足そうに眺め、真道長規は不意に顔を歪めた。


「うっ?」

「当主様!」


 小姓達が慌てて胸を押さえて崩れる真道長規を支えると、大広間は静まり返った。

 そして、側近や忠臣達が慌てて真道長規の身体に群がる。


「当主様!」

「長規様!!」

「医師と薬師を長規様の私室へ呼べ!」

「戸板を持ち来たれ!」


 騒ぎの大きくなる大広間の喧噪をどこか遠くに聞きながら、苦しみが遠のいていくのを感じつつ真道長規は、暗い笑みを浮かべる石鷲長誠を視界に収めた後、ゆっくりと目蓋を閉じた。


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