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第13話 八重国境山城の方針

 中央歴105年10月20日 瑞穂領八重国、入海之湊いりうみのみなと


 海面が見えないほどひしめいていた軍船はそのほとんどが南の大海へと去った。


 同時に城の周辺に屯していた武者や兵も全て船に収容され、今頃は故国へと向かっている航海の最中だろう。

 大章帝国を牛耳る東王軍の先方、犀慶将軍を討ち取ってその軍を撃破し、更には北宣府を包囲していた清鈴智を撤退せしめた成光ら瑞穂国殿みずほこくしんがりの者達は、一旦新たに境山城と名付けた名も無き城に引き上げてきた。


 八重国やえのくにと名付けられたこの地の支配権を確立すべく、今後はあちこちに地名を付けて回ることにしているが、今は瑞穂国軍の撤退確認と後始末に追われている。

 具体的には引き上げた後の湊の整理と残された物資の管理と収納、更には城の修築に遺棄された故障船の引き上げである。


 水軍大将に任命されていた栗須弘盛は、水軍将帥としての才を存分に発揮して残らず瑞穂の武者達を船に乗せ、それこそ護衛の船に至るまでにも詰め込んで出航させた。

 許容量を超えて武者を満載することに難色を示す船長達をなだめすかし、時には脅かして兵をとにかく1人でも多く乗せさせた上で送り出したのだ。


 たった10日ほどで全ての兵を収容し、瑞穂国に向けて出港した手腕は文字通り水際立っており、成光らを驚かせた。


「まさかこれ程早く撤退するとは思いませんでしたね」

「流石、南海一の水軍大将。お陰で物資の運び込みや配置、防備の準備も捗りました」


 結希の言葉に成光は頷きつつ応じる。

 石鷲長誠らは供回りや大名衆を引き連れて早々に快速船で帰ってしまった。

 お陰で撤退の差配を押し付けられた栗須弘盛は怒り心頭。

 しかし敗残兵を見捨てるわけにも行かず、青筋を立てつつも撤退の総指揮を執っている。


 その栗須弘盛が、成光らの集まっている場所にのっそりとやって来た。

 不満を隠そうともしない潮焼けした厳つい顔付きに、への字に曲げられた口。

 鼻息も荒く、額には青筋が相変わらず浮かんでいる。


「えっ、どうしたんですか?」

小父おいやん、物好きやの」

「栗須水軍大将、まだ残っておられたのか?」

「まだ帰っていなかったんですね」

「不思議そうな面すんじゃねえよ小童共!こういうモンは大将が最後と決まってんだ」


 驚く成光にしわがれ声を絞るような怒声を張り上げると、弘盛は忠綱と結希、義武を睨む。


「ふん、どいつもこいつも物好き共が。小童のために居残ろうってか?」

「栗須殿、我ら小身ではありますが、武士の心得は持っております」


 同じ年頃の忠綱が言うと、弘盛はじろりと睨み直してから言う。


「今更そんなことを宣言されずとも、とっくに承知しとるわ。わしも居残りたいところだが……もうお前らが早くも敵の先方を撃破しちまって時間稼ぎは必要なくなったしな。それに石鷲のボケナスめが士卒を捨てて逃げ去りおった。わしが艦隊を指揮して皆を故国に連れ帰らねばならん。許せよ」


 頭を下げた弘盛に慌てて成光が駆け寄る。


「頭をお上げ下さい、年も身分も栗須殿が上なのですから」


 その言葉を受けて頭を上げる弘盛の顔には申し訳なさそうな笑みがあった。


「そういうことじゃねえんだ、こいつは。大名として、おめえらの上の者としての謝罪だ」


 へっと鼻を擦りながら言うと弘盛は近寄ってきた成光の背中をばんと叩く。


「詫びと言っちゃ何だが、残していく物資は全て小童がこの地の領主として裁量せい。なあに遠慮は要らん、どうせ誰も使えん物資だ。返せという者も逃げ散ってここにはおらぬしな」


 言葉の最後に皮肉をたっぷり乗せて言い放った弘盛に、成光は問う。


「それは助かりますが、良いんですか?」

「構わん。どうせ小童のことだ。生真面目に保管しておこうとでも思ったのだろうが、気遣いは無用だ。殿しんがりを成功させれば瑞穂へ引き上げてくることになるだろうが、その頃に文句を言える者が残っているかどうか分からんからな」

「不穏ですね」

「ふん、本当のことだ」 


 笑いながらいなす成光に弘盛は不機嫌そうに言うと、今度は成光の肩をがっちりと掴んで顔を近づけ、ギロリと目を光らせてから言う。


「良いか、何としても持ち堪えろ、生き延びろ。諸々を片付けてからになるが……わしが必ず迎えに来てやる」

「分かりました」


 力強く頷く成光や意を強くして自分を見てくる結希、義武、忠綱に頷くと、弘盛は言葉を継いだ。


「引き上げた武者や兵は言うに及ばず、大名小名に至るまで、ここへ連れて来られた奴らはみんなおまえらに感謝してる。お前らが命懸けであのボロ城で敵を防ぎ止めて、あまつさえ逆襲を掛けて敵を追っ払ってくれたから帰れるんだってな。その命の数は万だけじゃすまねえ。先に逃げた石鷲長誠ら高位の大名衆にゃ分からんだろうが、武者や兵はみんな分かってるんだ。もちろんわしも分かってる。ここでゆっくりこうして話してられるのもお前らのお陰だ」


 弘盛は踵を返すと、去り際に言葉を残す。


「もう一度言うが、死に急ぐんじゃねえぞ」






 栗須弘盛が最後の船で出航して瑞穂国へ向かった後、成光らは早速物資の集計に入る。

 弘盛は自分で言ったとおり出来る限り早く迎えに来てくれるかも知れないが、今後長期戦になる可能性が十分にある以上、物資の把握は必須だ。

 それに、自分達が引き上げた後この地を治めるのは誰になるのかも問題である。

 この地をただ放棄するだけでは済まない情勢になってしまっている。

 大章帝国は、今回の瑞穂国の大陸派兵で新たに八重国と名付けられたこの地が、瑞穂国からの交通において重要拠点になることを知った。


 大章帝国の弱点ともなり得る場所を、主無き地として以前のように放置するとは思えないのだ。

 そして、大章帝国がこの地に進出すれば、瑞穂国としても看過できない事態になる。

 大章帝国の弱点となり得る地は、瑞穂国にとっても弱点となり得る。


 更にはそれを知った周辺諸国がこの地の重要性に気付かないとも思えない。


 幸か不幸か、湊と北宣府へ続く街道、倉庫群と兵営、それに境山城という防御拠点を、本格的とは言い難く隙だらけの簡素簡便な代物であるにしろ、瑞穂国が建造してしまっている。

 それを足がかりに本格的な入植が可能な地へと最早成長してしまっているのだ。





「ほいでも境山城ちゅうのは、またそのまんまやな?」


 鈴木義武が、境山城で倉庫内の物資を点検していた成光のもとにやって来ると、先だって決まったばかりの名も無き城砦の名付けについて言う。

 成光は結希の手伝いを受けながら帳簿と物資の照らし合わせを進めつつ義武に答える。


「まあ、本当に境目ですし、山ですし……他に思い付きませんでした」

「ええんちゃう。分かり易いわ」


 帳簿を片手に持ち、少し恥ずかしそうな様子で言い訳めいた説明をする成光に、義武が笑顔で言う。


「ほやけど城だけやったらあかんで。出城やら付け砦やら作らへんかったら意味ないわ」

「両翼の峰に砦を作ろうかと考えているのですが、ただ問題がありまして……」

「義武殿、砦に入れる兵が居ません。将もいないのです。それに、人手も足りません」


 米俵や弾薬箱に木札を付けながら十河結希が言うと、義武は唸る。


「う~ん、それなあ……人なあ」


 現在この地にいるのは500名あまりの瑞穂侍のみで、商人や職人はおろか、農民さえも居ない状態だ。

 以前は少し住んでいたようだが、瑞穂国がこの地に進出するやいなや逃散してしまったので、本当に誰も住んでいない場所になってしまっている。


「今は危険ですがこの境山城のみで敵を防ぎ止め、兵や将が少しでも増えたならば拡幅しようと考えています。少ない兵を分散させてしまうよりも、境山城に集中させて敵を引きつけた方がよいと思うので」


 微笑みながら答えた成光に、義武はため息を漏らして言う。 


「米やら火薬ひぐすりやらはまあんのによ。ままならんわえ」


 義武の言うとおり、遠征軍が持ち帰りきれなかった兵糧や銭、まぐさ、矢弾、火薬はそれなりにあるし、すでに相当量を境山城へ運び入れた。

 組織立った撤退だったので、遺留や放棄には至っていないため、5万の大陸遠征軍を支えた物資全てが手に入ったわけではないが、それでも相当量の戦略物資が成光らの手元に残されているのだ。


 米5千石、麦2千石、大豆、小豆、粟、稗がそれぞれ500石ずつ、瑞穂銭5千貫、大章銭千貫、六匁弾4千発、十匁弾一千発、焔硝(火薬)30貫目、矢7千筋が成光らに残された主な物資だ。


 その他にも金創膏、胃丸薬、湿布、綿包帯などの医薬品に加え、油紙、瑞穂紙、麻紙などの紙類や火縄、衣服及び鎧の修理用に絹布、綿布などの布類と紐に糸、縄、鉄札や銅札、赤や黒の漆、竹籤、など、生活物資として砂糖や塩、唐辛子、味噌、醤油、魚干物、肉干物、乾燥海草、干柿、干苺、干無花果などもかなりある。


 建築用の鋤や鍬の他に木材や竹材、漆喰の材料もあるし、土材や石材はここの地にも沢山ある。

 加えて菜種油、亜麻仁油、臭水くそうずなどの油類が置いていかれていた。

 これら油類は船への積み降ろしに難点もあるし火災の原因ともなりやすく、大量に置き捨てられているのを全て回収したので、樽で数えても1000近い数があるのだ。


「籠城は問題はありませんね。境山城は山城には珍しく水もしっかりとありますし」


 境山城は成光の言うとおり、山城には珍しく湧水が豊富にあり、また山あいの谷を流れる川からも水が取れる。

 平時に谷川から水を取り溜め、戦時は湧水を頼りながら戦うことが出来そうだ。

 成光の付けている目録を横から見た義武が、不満そうに言う。


火戦ひいくさは得意とするところやけど、ちと焔硝えんしょうが少ないのう。これやったら大筒はあんまり使えやんな」

「そうですねえ、何とか手に入れる術を整えないと行けませんが、作るのは無理そうですし、そうなると北宣府にお願いして買うしかありませんかね」

「それ、足下見られるかもしれやんで。大章はただでさえ余所の銭は値打ち通らんのやしよ。他に伝手ないんかえ?」


 成光が思案げに言うと、義武が難色を示した。

 大章帝国で通貨として発行されている、いわゆる大章銭は、他国においてもおおよそ同等の価値を持たせられるのだが、大章帝国自体は他国通貨の使用を認めていない。

 一応、瑞穂銭1枚=1文につき大章銭1枚=1文なのだが、実際は瑞穂銭を大章銭に替えようとした場合、瑞穂銭は大章銭の7割程度の値打ちでしか取引されない。


 つまり、瑞穂銭を10枚持っていっても、大章銭7枚にしかならないのだ。

 大章銭と等価で交換できるのは、西の超大国西玲帝国の貨幣だけである。

 その他の国々の通貨は大体7割で、酷くなると5割程度の交換比率になってしまう。


「北宣府は近いのですが、そこから買うより、瑞穂やシロン辺りから買い付けた方が安く済むかも知れませんね」

「まあ、後は北宣府と交渉次第やけどな、あんまり期待せん方がええやろ」


 それに加えて結希が注文を付ける。


「成光君、それに武具の製造や修繕に職人は必須です。自分達で出来ることには限界がありますから」

「そうでした。それも考えなければいけませんでした……ああ~難題が山積みだ!」


 まずは人手が全てにおいて足りない。

 兵も職人も足りないどころか居ないのだ。

 そもそも住民の居ない場所であり集めることも出来ないため、余所から招請する他ないのだが、現状その伝手も無い。


 瑞穂国は恐らく撤退の影響で政治的混乱が起こるであろうし、北王派も滅亡の危機を脱しはしたものの、盛り返すところまでには至らない状態が続いている。

 辛うじて伝手のあるその2勢力に頼む他ないのだが、非常に心許ないのだ。


「とりあえず、瑞穂にあるいくつかの自由都市の商人を父に紹介して貰います」

「わいもまあ、知り合いの商人あきんどらに手紙書いとかよ」

「十河家の伝手も使えればと思いますので、私も書きます」


 唸りながらも唯一と言って良い伝手を繰り出す成光に、義武と結希も助力を申し出る。

 しかし後から現れた忠綱が、3人に呆れたように言った。


「だが、一体誰が瑞穂までその書状をとどけるのだね?瑞穂と行き来のある港を抑えているのは何れも敵対的な西王や南王、それから東王の支配する皇帝直轄領なのだが……」


 忠綱の言葉に顔を見合わせる3人だったが、それは決して動じたり、不可能である事を思い出したという様子ではない。


「ああ、忠綱殿の領地は確か山あいの盆地にありましたね。なるほど」


 成光の言葉に結希が補足するように言う。


「私たちは皆領地に湊がありますので、配下の者達に言えば、状態の良い廃船をすぐにでも修理して瑞穂へ使者を出せますよ。今この状況で船手として30人程を取られるのは痛いのですが、仕方ありません」

「まあ、ええ機会やよし、瑞穂へ行ったら大名衆の紐の付いてない船やら船乗りやら雇えばええんよ。兵糧や馬草もそうやし、矢弾に焔硝は絶対に買わなあかんからの。何やったら定期的に行き来して貰うたらええわ」


 続いて義武が言うと、忠綱は感心したといった表情で何度も頷くと、口を開いた。


「それは良い、何よりだ……そうであればこの山あいに群生しているはぜうるしを使って木蝋や漆を作れば余所に売れるかも知れんな。戦費の足しになるやもしれぬ」

小父おいやん、そこんとこもそっと詳しくおせかえしてんか?」


 義武が即座に忠綱の言に食い付いた。

 あれやこれやと山の産物の自生状態や生産方法に話が飛ぶのを見て、成光と結希は帳簿あわせの作業に戻る。


「義武殿は相変わらずですね」

「利に目敏いところは本当に変わりません。まあ、義武殿と忠綱殿の話が合わさって新しい産業がこの地に出来れば、少しは発展性も出てくるかも知れませんねえ」


 横目で見ながら言う結希に、苦笑混じりで成光は言葉を返すのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ひと段落したところまで読んだけど、すごく面白い!こういう架空戦記ものを探してました! 架空だけれども、戦国末期に似た時代背景で読みやすいです。個人的に現実の過去に戻って史実を改変していく系…
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