表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/24

第9話 名も無き城砦攻防戦3

 義武の発砲を機に、潜んでいた鈴木家の銃兵があちこちで銃火をきらめかせ始める。


 少数ではあるが鉛弾があらゆる方向から飛来するため、どこから撃たれているのか分からず犀慶将軍配下の兵達が混乱し始めた。

 狙いは極めて正確で、犀慶将軍配下の将官達が相次いで撃たれていく。

 しかも本陣付近をいきなり襲撃された奇襲効果と相まって、東王軍全体が混乱し始めており、既に平原に向かって敗走を始めている者達も見られる。


「結希姉さん、私たちも打って出ましょう」

「わかりました!」


 城で指揮を執っていた成光は、結希にそう声を掛けた後、引き上げてきた忠綱に言う。


「忠綱殿、しばらく城を御願いできますか?」

「うむ、任せられた。存分にお働きあれ」


 配下の兵達に怪我の手当をさせ、水を飲ませていた忠綱が快く応じると、成光は配下の兵達に声を掛けた。


「黒江衆は十河衆と共に交互で出るぞ!」


 配下の兵が応じるのと合わせて成光は城門を開かせると、混乱する大章軍へだっと一斉に駆け寄った。


「撃て!掛かれ!下がれ!射よ!掛かれ!」


 矢継ぎ早に指示を出す成光。

 黒江衆と十河衆は混合した状態で、まずは鉄炮での一斉射撃を喰らわせてから、刀槍の兵が敵に突撃し、散々に打ち破ってから追い散らし、逃げる敵に十河衆が漸進して弓での一斉射撃を加え、さらに刀槍兵で追討ちを掛ける。


混乱して士気が下がっているところに、再度鉄炮や弓での一斉射撃を交えつつ歩兵突撃を受けたことで、とうとう犀慶将軍率いる東王軍は敗走を始めた。


「深追いは無用」


 ぴしりと命じる成光の横で、十河結希はほうっとその顔に見惚れる。


「成光君は、とても大きくなりましたねえ……」


 十河家は地侍としては大きな家で、周辺諸家との血縁関係も抜かりなく結び、真道家に対しても最後まで反抗を続けた。

 それ故に犠牲も大きく、数多くいた結希の兄や姉、親戚たちも真道家との戦いで多くが討ち死にしている。


 地侍達が降伏する事を合議で決定し、それに従って十河家も降伏したのだが、十河家との戦いで多大な犠牲を強いられた石鷲家を始めとする大名達から圧力を受け続けることとなってしまう。

 他の地侍達がとばっちりを恐れて十河家と疎遠になっていく中、成光の父親が当主であった当時の黒江家はむしろ積極的に十河家と関わりを持って真道家を牽制したのである。

 真道家に反抗的と言われている地侍達に説いて廻り、十河家を中心にしてまとめて対抗したのである。


 謀反とは異なり、あくまでも合議での申し入れや訴えを繰り返す諸家に真道家も受け入れざるをえない部分も多く出て来たことで、十河家は圧迫から逃れたのだ。

 そんなとき、一触即発の危機であった時期に十河家から黒江家に言わば人質として出されたのが結希であったが、黒江成光の父、黒江成弘は結希を人質としてでは無く養子として迎え、その様に遇した。


 成光と結希は年齢が近いこともあって、良い遊び仲間、良い競争相手としてしばらく一緒に過ごし、やがて情勢が落ち着いたところで結希は十河家に戻ることになる。

 黒江家は武名高いとは言え精々中規模の地侍であり、格式は低い。

 それ故に結希は今までしたことが無い、海や川、山での遊びや自然の中で行う自由で実践的な武芸の稽古にすっかり魅せられてしまっていた。


 そこに遠縁の縁戚とは言え、気の合う親切な異性がずっと、しかも身近にいたのだ。

 楽しい思い出と成光への密かな思いは、結希の心を満たし尽くした。

 十河家に戻ってからも黒江家で過ごした楽しい日々と成光が忘れられず、結希は悶々とした日々を送り、ふさぎがちで親族達からも心配されるほどの状態であった。


 しかし再会の機会は意外と早く、かつ思い掛けない形で訪れることになった。

 真道家が主宰した大陸出征の開始である。

 十河家を含む地侍は強制参加を強いられるに等しい仕打ちを受けた故に、結希にお鉢が回ってきたのだ。

 と言うのも十河家の跡継ぎである弟が未だ成人しておらず、到底異国での戦に参加など出来るはずも無く、結希は自分が行く他無いと思い定める。


 真道家は地侍に各隊の指揮官には直系に連なる者達の参加を求めており、兄や姉を既に喪っている結希には、他に選択肢が無かったのだ。

 渋る親族一同を説き伏せ、他に方法は無いと弟に代わって自分が大陸へ行くことを両親や親族衆に承諾させ、十河家の指揮官として大陸出征名簿を届け出た結希。


 しかしその後、黒江成光も自ら志願して大陸出征に参加するという事を知る。

 それというのも、2人は思いがけず同じ船で大陸へ向かうこととなったからである。

 成光は昔と変わらず屈託無く結希に話しかけ、再会を互いに喜んだ。

 そして、結希は封じていた思いを再確認することになってしまう。

 結希にとって大陸出征は、自家の兵をなるべく無事に連れ帰り、出来れば程々の武功を挙げること、それからあわよくば自分の嫁ぎ相手として成光を得ること。


 成光は三男であり、黒江家は然程裕福な家ではない。

 大陸出征後、もし結希が何らかの形で分家を立てるのであれば、十河家から所領を分与して貰えることになっており、成光の優秀さであればその約束はまず間違い無く果たされるだろう。

 親族は武略にも優れ、領内統治もそつなくこなせる結希を当主にと望んでいる者が多いが、弟がおり成人を待てば良いだけである以上、家督など面倒は望んでいない。


 名字は変えて貰わなくてはならないかも知れないが、成光は三男であることだし、黒江の家から反対は出ないはず。

 成光も見る限り約束した女性がいる様子ではないし、所領があるなら頷き易いはず。

 後は結希の希望がすんなり通るか否か、ここ大陸での功績次第であろう。


「この好機、武功を挙げることは必須ですが、私の将来のためにもここは踏ん張らねばっ」


 十河結希、近隣で並ぶ者の無い大柄で怜悧な女武者であるが、本当は未だ夢はお嫁さんの乙女な25才であった。






 横に居て弓衆を抜かりなく指揮する十河結希から妙な気配と視線を感じつつも、成光は配下の兵達に相次いで指示を出し、混乱する圧倒的多数の敵を打ち倒し、粗末な城への撤収準備に入る。

 恐らくこの混乱からすれば、義武が巧く敵将を撃ったか、本陣に居る将官達を襲撃して負傷者を多数出すことが出来たに違いない。


「……ようやくここまでこぎ着けることが出来た」


 成光は南方道に属するとある国に所領のある地侍、黒江家の三男坊である。

 父親は真道家に抵抗を繰り返した事で武名を挙げた、曲者黒江や腹黒黒江と称された黒江成弘。

 黒江成弘は、国境付近の小城での籠城戦で真道家の大軍を幾度も撃破したのみならず、周辺の地侍や反真道家勢力と協力して出征し、野戦においても度々これを打ち破っている。


 計略や謀略にも長け、黒江家は小身の地侍とは思えない活躍をした。

 それ故に黒江成弘は真道家から蛇蝎の如く嫌われており、地侍衆が降伏した際、それを察していた成弘本人が成光の兄に家督を譲って引退している。

 しかしながら今も所領において父親は健在であり、真道家は警戒を怠っていない。


 その警戒を和らげて少しでも真道家中の隔意をなくし、成弘死後も黒江家が不利益や嫌がらせを受けないようにするために成光が大陸出征に出されたのだ。

 成光は成弘が将来を期待する息子ではあるが、所詮は三男。

 継ぐべき所領も無く、今後は真道家にでも仕官して生計を立てる他無い。


 地侍として最後まで最大限に抵抗した上に、多大な犠牲を払わしめた黒江家の者を好き好んで傭う大将や大名はおらず、浪人となるおそれも大いにある。

 その場合は近隣に婿養子に行くか、分家を立てる許しを貰うか、はたまた実家で家臣として仕えるかであるが、そういった許諾に関する権限も今や真道家が掌握しており、やはりそこでも障害になるのが黒江の名字であろう。


 性格は比較的真っ直ぐで、弓鉄炮刀槍などの武芸は能くする。

 武略については父親の薫陶は大いに受けているものの、その性格故か悪辣さにやや欠けるので、その父である曲者は物足りなさを感じている節がある。

 それでも、その才能は周囲の期待に十分応えうるものだ。

 ただ、黒江家は小身の地侍で、このままでは成光に将来はない。


 それに、自分の才能を活かす術も場も、瑞穂からは最早失われつつある。

 いくら才能豊かであろうとも、多くは望めないのが最初から目に見えているので、成光は外の世界を見てみたいと思ったのである。

 いっそのこと仕官などは諦めて旅に出ても良いとも考えていた。

 そんな折り、真道家から大陸出征の命令が下ったのである。


 成光にとって異国の地への出征は一石二鳥どころではなく願ったり叶ったりであったので、父にこれを志願してあっさり了承を得、傭兵や雑兵ではあったが、兵も身代から考えれば分不相応な100名を与えられた。

 大陸出征時の船の中で十河結希と再会するという嬉しい誤算もあり、前途洋々と海を渡った成光だったが、厳しい現実に晒される。


 総大将の石鷲長誠は真道家や自分と地侍の確執から生じる不協和音を隠そうともせず、地侍達を前線から外して武功を挙げる機会を失わしめた。

 長誠は生来の地侍嫌いという個人的感情を優先させた挙げ句、成光を含む地侍達から武功を挙げる機会を全て奪い去ったのである。

 不遇をかこち、どう足掻いても自分は決して多くは望めない立場なのだと諦めかけていたその最中に事態は急変した。


 残念なことに味方の負けと撤退が、成光がこの異国の地における瑞穂国の総大将となることを後押ししたのだ。

官位は未だ無く、真道家での役職は郡代。

 自分を強く敵視していた石鷲長誠から授けられた役職というケチは付いているものの、当の石鷲長誠が成光を意識していたかどうかは怪しいので、まあ貰っておけば良い。


 郡代は真道家における地方統治の役職ではあるが、地頭代、地頭に続く下から3番目でかなりの低位。

 郡代の上に地方統治の役職として郡守護、守護代、守護、各地方の探題があり、臨時的に置かれる守護代より格下の半国守護代や守護より格下の半国守護という役職もある。

 その上は真道本家の役職と同一となり、御供衆、相伴衆、評定衆、譜代衆、管領代、管領と続いて、最後に最高位としての当主がいる。


 もちろん当主には出世でなることはできない、真道家のみに許された地位である。

 御供衆から上に至れば、侍所さむらいどころ政所まんどころといった各役所の次官である執事しつじを勤めることも出来るようになるのでぐんと格式が上がり、評定衆から上に至れば各役所の長官である頭人とうにんの地位に就くことが出来るようになり、加えて今や瑞穂国全体の国政をも担う真道家の大合議だいごうぎに参加する。


 更に言えば、管領代から上は当主を交えての評定に参列する役目を負う。

 最高位である当主は瑞穂再統一の英傑、真道長規が務めているが、現在は家督継承を考えているとのもっぱらの噂であり、それに付随して高位高官の入れ替えも考えられる状況である事から、石鷲長誠は焦ったのだ。


 ちなみに石鷲長誠は譜代衆で、大河勝永おおかわかつなが阿辺康信あべやすのぶ喜多原義友きたはらよしとも片切秀弘かたぎりひでひろは御供衆、水軍将の栗須弘盛は相伴衆である。

 一方、官位は瑞穂国開闢以来、瑞穂国を名目上治める大王が授けるもので、その階級は全部で12、6階級の内を正従で分けて12階級としているのであるが、今や実権を失っている大王は真道長規の言いなりなので、自分に大臣の地位を授けさせた真道長規が実質的に官位の授受を裁量している。


 成光の石高は名目上1万石であるが、これは黒江家本家の約4分の1程の石高で、真道家において200人から250人ほどの軍役が課される。

 ただ、そのような取れ高もないし人も住んでいない場所であるから、本当にあくまで格を整えるためだけの所領設定であるのだが、成光は諦めていない。


 功成し、名を挙げ、所領を増やす余地はまだまだいくらでもある。

 そして自分の活躍は真道家で黒江家が確固たる地位を築く一助になり得るだろう。


「石高は名目上1万石だけども、ここは広いし海も在る、何とでもなる」


 敗走する東王軍を見ながら、成光は1人つぶやき、決意を新たにするのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 地侍ってのは、日本でいうところの国人衆みたいなものですかね? 北伊勢四十八家とか甲賀五十三家とかそんな感じをイメージしたら良いのでしょうか……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ