第五・一話 盗賊の皮を被る輩たち(Enemy Side)
「そんな、待っ――」
少年が襲いかかる剣を避けようと、顔の前にかざした右腕の手首あたりを剣で落とす。
続けて、返す刀で今度は向かって右側の首筋を斬る。
最後に、心臓と思われる場所に剣を突き立てた。
ここまで男は、二つほど瞬きする程度の間に、何の躊躇もなくやってのける。
ややあって、少年の腕にあったはずの、腕輪型をした『隷属の魔道具』が自重の重さに負けてずるりと落ちてくる。
目の前の少年は既に、物言わぬ骸になっているのであろう。
ただの暗殺であるなら首筋を、そうでなければ心臓をひと突きすればいい。
まだ年若い少年に対して、ここまでする必要があったのだろうか?
誰もがこの惨状を見ていたなら、きっとそう思ったことだろう。
「これなら十分、物盗りに見えるだろうな」
男はゆっくりと剣を引き抜くと、懐から布を取り出して刀身を拭った。
もちろん、拭った布をこの場に捨てるようなことはしない。
男は刀身を拭った布を中空に放り投げる。
極めて薄手の布だったのか、ゆっくりと地に向けて落ちてくる。
男が何やらぶつぶつと呟いたかと思えば、その瞬間、布は燃え尽き、燃えかすは風に乗ってどこかへ飛んでいき、地に落ちることはなかった。
おそらく、男が放ったのは魔法のようなものだったのだろう。
「奴隷としちゃ、いい値段がついただろうになぁ」
男がそう独り言を呟いたあと。
「ミディベール団長、よろしいでしょうか?」
目元に古傷のある身なりの整った騎士風の男は、ギルベルト・ミディベール。
こう見えても騎士爵位を持つ、ファルブレスト王国第四騎士団の団長である。
第四騎士団は表舞台に出ることが少ない。
基本的には粛正などの汚れ仕事専門でもある。
だが此度の仕事は王女の側近から指示が回ってきた。
それ故に、失敗するわけにいかなかったのである。
「おう。どうかしたか? あぁ、少々待ってくれな」
ギルベルトは、自らが斬り落とした腕から滑り落ちた魔道具を回収する。
魔道具に填まっている、赤黒い魔石の染まり具合を見て『勿体ない』と思ったのかもしれない。
なぜならギルベルトは、この『隷属の魔道具』を初めて見たわけではないからである。
その上で、ここまで見事に魔石が染まっているのを見たことがない。
「済まなかった、それで、何だ?」
「はい。団長。そろそろ日が落ちます。じきに魔獣がやってくるかもしれません。撤退の頃合いかと思いますが?」
手にかけた少年の前には血だまりができていた。
それを見て、ギルベルトは思ったのだろう。
「確かに薄暗くなってきているな。血の臭いでいずれヤツらも集まってくるだろう。群れで来られたら俺たちではどうにもならん。魔道具も回収したから戻るとしよう」
魔獣というのはどの程度の獣を指す言葉なのだろうか?
少なくとも、魔獣が群れて集まれば、ギルベルトたちのような手練れであっても太刀打ちできないような生き物なのかもしれない。
「はい。撤収の準備に入ります」
ギルベルトは少年をチラリと見て、ひとつため息をつく。
「これも仕事だ。恨んでくれるなよ……」
そう言い残すと、ギルベルトは踵を返して部下の元へ歩いていった。
ギルベルトを含め第四騎士団の団員は撤収する。
その際、商人が乗っていただろう馬車を牽引して去っていく。
そうしてその場に誰もがいなくなり、さらにほんの少し経ったとき。
この世界の法則ではあり得ない現象が、少年の身に起きようとしていた。




