第三十八・一話 良い知らせと悪い知らせIN地球 前編(Girl's Side)
一八と阿形が失踪してから、一週間ほどが経っていた。
一八は少なくとも阿形と一緒にいることだけは、千鶴も吽形も疑ってはいない。
だから一八も生きているだろうと信じて動くことにした。
千鶴と吽形は、二人の活動の拠点となっていた、馴染みの場所でちゃぶ台の前にいる。
この部屋は、阿形が作り上げた宇宙船のコントロールルームである。
この壁・天井・床からちゃぶ台を含めたこの一角が、コントロールユニットで吽形たちは『金剛』と呼んでいた。
吽形は、タコマテリアルを蛸腕で利用するのは別にして、阿形のように無から有を作り出すことはできない。
その代わり、阿形の作った道具などを使いこなすのは得意だった。
もちろん『金剛』も例外ではない。
それだけでなく、なんと最近は、最新の電化製品なども使いこなせるようになった。
千鶴の部屋にあるゲーム機のコントローラーを操作して、彼女の対戦相手をすることも可能だったりする。
現在吽形は、『金剛』の機能をフルに活用し、阿形の行方を捜してもらっている。
一八に植え込んでいた、タコマテリアルによるマーカーに反応は感じられない。
だが、阿形との間にある、血の絆は途切れていないことは確信している。
その絆を元に、阿形の行方を捜し、彼の傍にいるだろう一八を探している最中だ。
吽形がそうしている間、千鶴は何もしていないわけではない。
彼女は、吽形との間に血の繋がりを作ったことで眷属となった。
その際、千鶴の体組織は置き換えられ、一八に近い存在になっているはずだ。
それは一八たちからこれまでのことを直接聞いていたから確信している。
無限に近いスタミナ。
傷が瞬時に治る再生能力。
鍛錬したなら、吽形たちの操る術も使えるようになる。
これだけはわかっていた。
自分の身体にどういう変化が起きたのか?
それを確かめるため、千鶴が一番最初に検証作業を行ったのは、自分の身体の限界を知ること。
その方法はとても簡単だった。万が一のため、吽形に傍へ待機してもらう。
その上で、ぬるま湯を張った湯船の中に潜る。
ただそれだけ。
ただの一度でその限界が把握できてしまう。
頭までとぷんと湯に沈んで、明るい水面の先の天井を見上げる。
だがおかしい。
いつまで経っても息が苦しくならない。
息を止める世界記録を更新し、その段階で唖然としてしまう。
再度確認するため、千鶴は近場のいわゆる、『空港からレンタカーで行ける一番近いリゾート地』にある有名な管理ビーチへ赴く。
水着に着替え、ラッシュガードを身につける。
沖縄在住の人は水着ではなく普段着で海に浸かるというが、千鶴は観光客に紛れようと思ったからこうしたのであった。
八月の沖縄は紫外線も暴力的だった。
ビーチに来てすぐ、ラッシュガードから出ている手首から先の日焼け止めを塗り忘れたことに気づいた。
すぐに日焼けをして落ち込みそうになった。
色の白い千鶴は、紫外線に負けてすぐに真っ赤になり、何年ぶりかに感じる日焼けの痛みを覚えた。
だがどうしたことだろう?
すぐに再生してしまったではないか?
日に焼け、真っ赤になっていたはずの千鶴の手首は、白く戻っては焼けて赤くなるを繰り返していた。
(女として無敵の力を手に入れてしまったかもしれないですね)
『確かに、そうとも言えますね』
今後千鶴には日焼け対策が必要なくなったとわかり、小躍りしそうになったのは言うまでもない。
ただ、検証作業が終わった後に、吽形が『偽装の術』を使えばよかったのではないかと言われて苦笑してしまうのだが。
この時点では、まったく気づいていない千鶴だった。
なぜなら千鶴は、必ず瀕死の状態になると思っていたから。
万が一の場合、必ず吽形が助けてくれるという安心感があったからこそ、『一度死にそうになってみようかな?』と思ってしまったのである。




