第三十六話 依頼を受けてみよう。
シファリアさんは、後ろを向いて誰かに話しかけているようだ。
ややあって、受付から出てきて僕の傍へ来てくれる。
彼女のいた受付には、別の女性が立っていた。
なるほど、僕に依頼の説明をしてくれるために、受付の引き継ぎをしていたようだ。
「ではご説明いたしますので、こちらへどうぞ」
「はい。よろしくお願いします」
シファリアさんは僕を先導して歩いてくれている。
するとある壁の前で足を止めた。
そこにはここに並ぶ前にちらりと見た、依頼の用紙が貼られている壁だった。
既視感があると思ったのは、漫画で見た光景に似ていたからだろう。
だが不思議なことに、僕たちが見ているところではなく、壁二枚離れた場所にある依頼書の場所に、冒険者さんたちが集まっている。
「ここはですね。等級の低い冒険者さんのための依頼が貼ってあるんです」
「なるほど。僕しかいないのは、そういうことだったんですね」
「はい。たまたまですが、カズヤさんと同じ、駆け出しの冒険者さんはいないようですからね」
「なるほどなるほど」
「それでですね、ここから下にあるのが、六等級でも受けられる依頼になります。例えばこの、薬草採取は、外門から比較的近い場所に自生しているものが対象になりますから、始めたばかりの冒険者さんにも人気の依頼になっているんです」
ここで僕は、あることを思い出した。
姉さんから借りた漫画などに書かれていたネタなのだが、ここでも通用するのか試してみようと思ったわけだ。
「ところでですね」
「はい、何でしょう?」
「報酬が良くても、敬遠されている依頼ってありますか? 汚れ仕事とか、しんどい仕事とか」
「……はい、あります。ここだけの話ですが、一部の職員からは調理法の一つにあるような『塩漬け依頼』という名で呼ばれるくらいに、誰も受けてくれないものが存在します。けっして理不尽な依頼ではないのですが、カズヤさんの仰るように体力的に辛いものや、汚れる仕事を嫌がる冒険者さんは一定数以上いるんですよね……」
(あった。やっぱりあるんだ。どこの世界も似たようなことがあるもんなんだね)
『まぁ、得てしてそういうものなんだろうな』
「一番下に貼られている依頼がそれになります。例えばこの、『水の流れの悪くなってしまった雨水側溝のゴミさらい』、『白猪厩舎の掃除の手伝い』などは、ここへ貼り始めてからしばらく経ちますが、恥ずかしい話、このままになっていまして……。両方とも王都管理局からの依頼なのですが、誰も受けてくれなくて困っている依頼でもあるんです」
最初の依頼はいわゆる『ドブさらい』で、次の依頼はそのまま『豚小屋の掃除の手伝い』なのだろう。
「今日明日で終わるかわかりませんが、両方とも受けさせてもらいます。そうするとまずは、どちらからにしましょうか?」
「はい、ありがとうございます。ではこちらの側溝からお願いします。用具はこちらで準備いたします。地図と簡単な手順を書きますので、少々お待ちください」
ややあってシファリアさんが戻ってくる。
裏手に搬入口があって、そこで準備が整ったとのことだった。
僕はリヤカーに似たもの。
スコップとフォークに似た農具と土嚢袋。
腰まである長靴一体のズボン。
ゴムみたいな素材の長手袋を受け取った。
「この区間につまりが発生しています。水が流れるようになれば依頼達成になります。大変お手数ですが、よろしくお願いいたします」
王都の地図を見せられながら、印のついた場所を指示してもらう。わかりやすく、道順まで記述してあって助かった。
「はい。ではいってまいります」
馬車があるからリヤカーがあるのは不思議ではない。
だがこの世界のリヤカーは押す側にも引く側にも引き手のようなものがある。
引けばリヤカーに、押せばあちらの世界の工事現場で使われるネコと呼ばれるもののように使えるのだろう。
引いていくとあまり力も必要なく転がってくれる。
これは思ったよりも便利だと思った。
冒険者ギルドの裏側から、地図に書かれた道順の通りに進んでいくと外壁が見えてくる。
そこには外壁に沿うようにして側溝があった。
水が流れるようになっているみたいだけど、徐々に流れが悪くなってきている感はあった。
地図の場所に近づいたと思うと、何やら水が淀んだ特有の匂いが感じられてくる。




