第三十五話 身分証を作ろう その3
シファリアさんは何やらちょっとした作業を終えると、僕の前に戻ってくる。
「お待たせいたしました。では、こちらの中央に、右手の人差し指を置いていただけますか?」
金属と思われる、にび色にくすんだ硬化のような色をした、角の丸い三センチ×五センチほどのプレート。
何かの映画で見た、軍隊の認識票に似ている。
そこには、僕の名前と性別、年齢が刻印されていた。
僕はあることを思い出して、触ろうとしていた指先を止めてしまった。
「あ、……その、もしかして、血を垂らす必要があったりしますか?」
姉さんから借りた物語には、そんなパターンもあったはずだ。
「いいえ、その必要はありません。この身分証自体が簡易的な魔道具になっていまして、使用を開始するためには登録作業が必要なんです」
『魔道具とな? 実に興味深い』
(あとでゆっくり見せますから)
『あ、あぁ、すまなかった』
阿形さんは、シファリアさんの『魔道具』という言葉に興味が向いてしまったのだろう。
時計はその可能性が高いと思っていたが、まさかこんな身近に魔道具があるとは思っていなかったからである。
「そうなんですね。では、こう、でいいんですか?」
僕はシファリアさんの指示通りに人差し指を置いた。
すると、僕の指の腹あたりから何かが抜けていくような感覚があった。
するとにび色だったプレートの色が、明るい百円玉のような鉄の色に変わっていった。
「自動的に微量な魔力を吸い上げるんです。全体に色が変化しましたので、これで登録が終わったことになります。これでこの身分証は、カズヤさん以外の人が使用することはできなくなったわけですね。はい」
角に開いている穴に革紐を通してくれた。
これを首からかけておくのが使い方みたいだ。
周りの冒険者さんたちも同じように首からさげているのが見られる。
「なるほど、そうだったんですね。ところでこの六等級というのは?」
身分証に、名前と性別、年齢、その他に六等級という文字が刻印されていたわけだ。
「はい。冒険者さんは皆さん、六等級から始まります。依頼の達成状況や貢献度で昇級し、五等級、四等級、三等級、二等級、一等級と上がっていき、最後に特等級に至る冒険者さんもいらっしゃいます」
(そこはアルファベットのランクじゃないんだ。その辺がちょっとリアルですね)
『あぁ、そうだな。一八くんが読んでいた漫画でちらりと見たことがあったが、確かにはAランクとあったのを覚えている』
(はい。そのパターンが結構多かったんですよね)
「あ、はい。そうなんですね」
危なかった。
阿形さんと話をしていてつい、返事に遅れてしまっていた。
「はい。ここで注意が必要です。身分証を紛失されますと、再発行の手数料がかかってしまいます。それほど安くはないものですから、なくさないようにお願いしますね?」
「はい、わかりました」
「この身分証はあくまでもギルド側からの先行投資です。できたら一年の間十回は、簡単な依頼を受けていただけたら助かります。依頼を受けて達成していただくことが更新作業の代わりになります。ご協力いただけなかった場合は、身分証を返却していただかなくてはならなくなるかもしれませんので、ご注意くださいね」
なるほど。
一年に十回くらいは、お使い程度の依頼を受けて欲しい。
そうすることで、冒険者であると保証してくれるということなのだろう。
そこで発生する報酬の内いくらかギルドに入って、何ヶ月か何年かわからないが、身分証の魔道具代を回収できるということなのだろう。
確かに、身分証を持っていなければ、外門を通るたびに銀貨一枚をソルダートさんのいるところへ預けなければならない。
その預託金に釣り合うわけではないにしても、それなりの価値があるのがこの身分証ということなら納得はいく。
「わかりました。あの、それでですね、色々とありまして、僕、手持ちが全くないんです。今すぐに、僕でも受けられる依頼はありますか?」
「……これまで、色々あったんですね。大丈夫ですよ、すぐにでも受けられる依頼はありますから。ですが、ここでも注意が必要です。依頼の中には、失敗すると違約金が発生するものがあります。そのような依頼は注意書きに書いてあります、受ける前によく確認してくださいね?」
「はい。ご丁寧にありがとうございます」




