第三十三話 身分証を作ろう その1
冒険者ギルド。
僕の想像と違っていたのは、建物だけではなかった。
漫画で読んだものと違うのは、ここにいる人たちの服装。
物語のものとは違って、派手な服装をした人がいない。
なんともリアルだなと思ってしまう。
地味な服装をしている僕には誰も目を向けようとしない。
リュックも背負っているから、商人か何かだと思われているんだろう。
部屋を出る前にあらかじめ、阿形さんに相談した。
それは、身分証を作るのに、冒険者ギルドにするか?
それとも商業ギルドにするか?
僕はたち別に、商売をするわけじゃない。
だから、冒険者ギルドがいいだろうと提案した。
確かソルダートさんが、そう教えてくれたのを思い出したからだった。
(――なので、冒険者ギルドがいいと思うんです)
『あぁ、それでいいと思うぞ』
僕が知る限り――漫画やラノベを読んだ、偏った知識――でしかないが、冒険者ギルドの依頼は、『ゴブリンやオークを狩る』ような、危険なものばかりではないはず。
そうでないと、なりたての冒険者は仕事にありつけないだろう。
だから、お使いや手伝いのような、簡単な依頼もあると思っている。
その点は阿形さんも納得してくれた。
それにあのソルダートさんが、身分証を持っていない僕に薦めてくれたくらいだ。
何はともあれとりあえず、身分証を作るだけの人もいるはずである。
僕は元々、それなりに危険な捕り物をして、悪人を捕まえて警察に引き渡していた。
もちろん、阿形さんたちの力を借りてという前提ではあるが、武器を持った程度の相手であれば戦闘も苦手ではない。
阿形さんは以前、『オレたちの力を借りなくても人間相手であれば、今の一八くんならそう簡単に負けたりはしないはずだ』と言ってくれた。
けれど調子に乗って『はいそうですね』と、一人で立ち向かうようなことは絶対になかった。
何やら壁際に人が群がってる。
もしかしたらあそこに貼られているのが、依頼書だったりするのだろうか?
(僕も簡単な依頼があるかどうか、見てこようかな?)
この状況に身を置いて始めて実感する。
まるで僕が、物語の主人公にでもなったかのような気持ちになってしまっている。
そんな気持ちになりながら、辺りを見回しているときだった。
『一八くん。もしやあの列に並ぶんじゃないのか?』
そう、阿形さんがツッコミを入れてくれた。
僕が小さかったときは、常に一緒に行動してくれていたのは吽形さんだった。
『隠形の術』など、細かな術の使い方を教えてくれたのも彼女だった。
千鶴姉さんがモデル業を始めた当初は、阿形さんが護衛をしてくれていた。
だがそのうち、女性同士のほうが色々と都合がいいだろうと阿形さんが提案してきた。
それからは吽形さんが千鶴姉さんに、阿形さんが僕と一緒に行動することが多くなった。
そのおかげで、無口だと思っていた阿形さんは、実は照れ屋だと判明した。
阿形さんが僕と一緒にいるときは、たまにこうして指摘をしてくれるようになった。
(あ、はい。そうでした)
ぼうっと冒険者さんたちを見ていて、本来の目的が頭から消えそうになってしまっている。
これではいけない、そう思って僕は阿形さんの言うようにしなければと思う。
冒険者さんたちが並んでいる列は三つ。そのうち、一番右側の列には僕くらいの若い人も並んでいた。
だから僕は、一番右側の最後尾に並ぶことにした。
ここの看板もそうだったけど、僕にあるはずの『言語理解』は、会話だけではなく文字の読み書きもできるようだ。
例えば、あの文字を書こうと思うと、正解が頭に浮かんでくる。
今の僕ならばあちらの世界でもきっと、日本語以外の外国語も読めるだろうし書けると思う。
これって案外チートではないだろうか?
(ところで阿形さん)
『ん? どうした?』
(僕を経由していたのなら、阿形さんもあの看板、読めるということですか?)
『いや、文字を読むまでには至っていない。あくまでも言葉を聞いて理解するまでだな。これはこれで興味深いな』
(僕が知ってる物語なら、加護を与えるのは神様などの人間よりも高位の生命体だと思うんです。でももし、この世界が阿形さんの言うとおり外宇宙だとするなら、その加護を得るための何かが、召喚術式にあるんじゃないですか?)




