第三十二話 オレだって我慢しているんだ。
学校の成績は一応上から数えたほうが早いが、僕は専門的に物理を学んでいるわけではない。
そのため阿形さんの話へ徐々に専門的な言葉が混ざってきているからか、ちょっと話に追いついていけなくなってしまっていた。
とにかくこういうときの阿形さんは、普段よりもまして饒舌になっている。
『なるべくわかりやすく説明したつもりなんだが、どうだったかな? まぁどちらにしても、情報収集をしつつ生き延びて、一八くんとオレをこの世界へ攫ったあの場所、ファルブレスト王国の中枢にいる者たちを成敗する』
(え? 成敗しちゃうんですか?)
『そうだ。話を聞いた限りでしかないが、少なくともあの国の王女は、間接的にだが、一八くんに手をかけるよう、指示をした。ということはオレにとって最早ただの害悪でしかない。それ故に、情けをかける必要はないと思っている』
(そう、ですね)
確かに、阿形さんの言っていることは間違いはない。
あのとき僕が、生き返る保証など、どこにもなかったのだから。
『オレたちは転移術式を手に入れ、解析しないことには、帰る方法にたどり着けない。それまでは生かしておいてもかまいはしないが、その後は別にいなくてもいい存在になる。オレだってこれでも我慢しているんだ。一八くんにもわかるだろう?』
(はい、その、ありがとうございます)
『もしここが平行世界であったとしても、転移術式を手に入れさえしたなら、なんとか解析をしてオレが一八くんを元いた世界へ帰してみせる。……今はそのまぁ、なんだ。何はともあれ、先立つものがないのは困るだろう?』
(はい。僕たちは一文無しですから……)
僕は父さん、母さん、お婆さま、お爺さまに生活を保障してもらっていた。
姉さんはしっかりと稼いでいたけれど、僕は簡単なアルバイトくらいだった。
アルバイトよりも正義の味方として、地域に奉仕している時間のほうが長かったかもしれない。
僕は姉さんと一緒に学校へ通うため、実家から離れて那覇の住むようになった。
最初は母から小遣いをもらっていたが、すぐに姉さんからもらうようになった。 それは姉さんが、タレント業で稼いでいたからである。
姉さんのおかげで、外である程度好きなものを買うことができていたし、好きなものを食べることもできていた。
けれどこの世界で僕は、文字通り一文無しだ。
ごはんを食べさせてもらえてるけれど、それは女将さんの好意によって成り立っているだけ。
『オレたちを助けてくれたソルダード殿と、ここの女将殿には早く報いなければならないな』
(はい、そうですね)
阿形さんとそんな話をしている間に、時計は八時を指そうとしていた。
僕は部屋を出て鍵を閉め、一階へ降りていく。
女将さんに朝食をご馳走になり、見送られて道標亭を出た。
その際に冒険者ギルドの場所を教えてもらう。
(本当に冒険者ギルドがあるんですね。まるで姉さんから借りたラノベや漫画みたいです)
『おそらくは、我々よりも以前にこちらの世界へたどり着いた者が作ったのかもしれないな』
(そうかもしれませんね)
道標亭のある十字路を東に向けて進んでしばらく行くと、冒険者ギルドがあるとのこと。
ちなみに、道標亭から北にいくと王城がある地域とのことだ。
道標亭から見て、ソルダートさんのいた外門は南側にある。
外門から比較的近い、王都の南側に位置する場所に道標亭などの宿屋街が集まっていることになる。
王都を出入りする冒険者たちが集まる場所も、外門に近い南側にあるのも利便性の問題なんだろう。
東へ進むにつれて、武器などを所持している人とすれ違うことが多くなった。
いくら異世界とはいえ、僕が生まれ育った環境とは全く違うのがわかる。
まるで拳銃の所持が許可されている外国にいるような感じがする。
丸腰の僕がここにいていいのかと、疑問に思うシチュエーションだった。
僕は、ある建物の前で足を止めた。
建物の入り口には看板があって、間違いなく冒険者ギルドと書いてある。
ただ、入り口が開け放たれているわけではなく、ちゃんとドアが閉まっていた。
僕が漫画を読んでいた感じでは、西部劇の酒場をイメージしていた。
だから入り口は開け放たれているものと感じ外してしまった。
(ここ、みたいですね)
『一八くんが言うなら間違いないんだろう。さぁ行こうか』
(はいっ)
僕は阿形さんに背中を押されるようにして、冒険者ギルドの建物に入っていった。




