第三十話 道標亭での夜ごはん。
あぶり焼きされた肉は、ナイフとフォークを使って一口大に切って食べる。
噛むとじわっと脂の旨味が口の中に広がる。
食べ終わったらすぐに、またフォークに刺して阿形さんへ。
もちろんすぐに肉が消えていく。
(お酒の肴にするのかな? ちょっとだけ昼よりも味が濃いですね。でもすごく美味しいです)
『あぁ、美味いな。食感も素晴らしい』
パンも香ばしく、スープも昼同様美味しかった。
食べ終わった僕は、お礼の代わりにと皿洗いを申し出たのだが、
「この国に着いたばかりだろうから疲れているはず。だからね、無理をする必要はないから、ゆっくり休んでおくれ」
ここまで言われてしまえば意地を張ることもできない。
だから僕は、女将さんの好意に甘えることにした。
僕は部屋へ戻る前に大浴場へ行き、旅の汚れを落とした。
とはいえ、阿形さんが僕についた汗汚れまで落としてくれているから、そこまでではない。
それでも湯船に浸かったら、疲れが抜けていく感じがして凄く助かったと思う。
部屋に戻ると、黒いぬいぐるみのような、デフォルメタコさん形態の阿形さんが姿を現した。
『さっきな、一八くんが寝ているときに、オレ一人でこの王都を見て回ってきたんだが』
(はい。何か面白いものはありましたか?)
『面白いというより、気づきがあったというところだろう。例えば、この国にいる人たちの言葉、オレにはまったく理解できなかった。やはり一八くんを経由しないと言葉の理解は成り立たないんだろう。まるで千年前、地球に降り立ったばかりのようだったな。あのころを思い出したよ。ある程度時間をかけて、日本語を覚えたのが懐かしく思える』
(そんなことがあったんですね)
『あぁ。それとな、この王都の広さはおらく、一八くんが暮らしていた都市よりは小さい。それでも数千人は住んでいるだろう。建物の中まで入ったわけではないから、おおよそでしかないけどな』
(はい)
『冒険者ギルドなる場所がどこにあるかは確認してきた。帯剣している者が複数入っていく建物があったから、おそらくはそこなのだろうと思う。中へ入るホテルのフロントのようなホールがあり、似たような姿をした者がカウンターに並んでいるのは確認できた。おそらく間違いないだろうと思った。だが、相変わらず文字は読めなかったんだけどな』
(では明日行ってみましょう)
『あぁ、そうしよう』
漫画やラノベを読んだくらいな僕程度の知識で、この世界を生きのびて行けるかは正直不安になる。
けれど、阿形さんがいるなら、それだけで十分に心強いと思う。
(ありがとうございます、阿形さん)
『お、おう。……何のことかはよくわからんがな』
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翌日、僕は目を覚ますと時計を見た。まだ七時半を指しているみたいだ。
外は明るくなっていて、窓を開けて確認すると、雨は降っていないようだった。
久しぶりにベッドで眠れたから、身体が痛くない。
まぁ僕の場合、阿形さんの眷属になってからは、痛くなっても自然と再生されてしまう。
怪我だけじゃなく、筋肉痛や節々の痛みなんかも、身体を動かしたときに感じるだ。
だから『なんだか痛かった気がする』という感じが正しいのかもしれない。
(異世界転移とか、漫画みたいなことになっちゃったけど、阿形さんがいてくれたから正気でいられたようなものだもんね。僕一人だったらどうなっていたかわかりません。ありがとうございます、本当に)
『お、おう』
(あ、起きてたんですね。おはようございます)
『お、おう』
(阿形さん、もしかして)
『別に、照れてなんて、いないぞ?』
阿形さんはあちらの世界にいたときからこんな感じだった。
僕や姉さんに褒められると、何気に彼はこんな感じに誤魔化す。
実は照れ屋ですごくわかりやすいときもある人だ。




