第二十九話 道標亭での夜。
阿形さんに言われたように『格納の術』を意識すると、ファルブレスト王国で手に入れた地図を出すことができた。
地図をテーブルの上に広げる。
すると、ファルブレスト王国が中心になった描き方になっていることがわかった。
同時に小さく、西側にこのソムルエール王国が描いてあるのも確認できた。
『なるほど。ファルブレストの西側に、ここソムルエール王国が小さく記載されているな』
(はい。あちらが中心の地図なのでそんなものでしょうね。……あ、ここ。ファルブレストの南西側に、例のブルガニール男爵領が書いてあります)
『そこに、奴隷商があるんだったか?』
本来であれば、僕はその男爵領にある奴隷商に連れていかれるはずだった。
だが、あの王女の思いなおしかなにかで、処分されることになった。
(はい、召喚術式で連れてこられた、僕以外の人もいるかも、……しれません。それに、税を払えなくなった人まで奴隷にされるとか。僕のときもそうでしたけど、まるで奴隷がいて当たり前みたいな、そんな嫌な感じがするんです)
『なるほどな。オレも、奴隷ありきな考えは嫌いだ。うん、生活基盤ができて落ち着いたら、情報収集のために探ってみることにしよう』
(はいっ)
そのあと阿形さんは、『ほほぅ』とか『なるほどな』とか口にしながら、なにやら楽しそうに、ファルブレストから持ってきた時計を分解していた。。
僕はというと、ファルブレスト王国から持ってきた物資搬入の台帳を読んでいた。
品目、数量、搬入元が記載されていて、思ったよりも単純で読みやすい。
だが、知らない地名ばかりということもあり、読んでいるうちにうつらうつらと寝落ちをしていたようだ。
『一八くん、一八くん。そろそろ時間になるぞ』
阿形さんの声で起きる。そういえば僕は、彼に起こされることはなかったと思う。
なぜなら、僕が一番早く起きていたから。
次は吽形さんで、最後が阿形さんと姉さんだった。
(……あ、寝ちゃってたんですね)
『オレたちの場合、肉体的な疲れは回復するだろう。だが、精神的な疲れはそうではない。疲弊していたんだろう。仕方のないことだ』
(はい、そうかもしれませんね)
ベッドに転がるようにして僕は、気がついたら眠ってしまっていたようだ。
窓の外は薄暗くなり、部屋に明かりが点いていた。
『そうだ。こちらのあちらの時計でな、面白い違いがあったぞ』
なるほど。阿形さんは時計型の魔道具に夢中で、寝ていなかったから僕を起こしてくれたのだろう。
(どんなことです?)
『動力となっていると思われる、赤い結晶がな。こちらの時計にはやや歪なものが、あちらの時計には比較的安定した形のものが使われているんだ。実に興味深いな』
(んー僕にはちょっと、よくわかんないかもしれません)
おそらく阿形さんの言う『面白い』は『興味深い』と同意なのだろう。
僕はそう思っている。
『オレもそれ以上はよくわからなかった。近いうちに調べてみようとは思っている』
(わかりました。そしたらえっと)
テーブルの時計をみると、七時になる二十分前あたり。
僕は身体を起こして、靴を履いた。
(夕食を食べにきましょうか)
『あぁ、そうさせてもらおう』
部屋を出て階段で一階に降りる。
女将さんは僕を見かけると用意してくれていたであろう、山盛りの晩ごはんを出してくれた。
「しっかり食べて、明日から頑張るんだよ」
「はい、ありがとうございます」
スライスされた、あぶり焼きと思われる何かの肉。
脂身がたっぷりあって、見た感じは豚や鹿のような獣のバラ肉だと思われる。
白いカブのような根菜のスープに、昼間食べたパンがこれも多めに盛られていた。
僕は邪魔にならないであろう、隅にある席に腰掛けると手を合わせた。
「いただきます」
『あぁ。いただこう』




