第二十八話 時計のようなもの。
ごはんを食べ終わった後、『ごちそうさまです。美味しかったです』とお礼を言い、食器は僕が洗わせてもらった。
手を拭いて厨房から出てくると、女将さんが待っていた。
「これが部屋の鍵だよ。三階の一番奥の部屋が空いてるから使ってくれていいからね」
「はい。ありがとうございます」
「宿代はね、慌てなくてもいいからね。食事は朝昼番の三食用意してあげるよ。まぁ、まかないと言うより、売り物の残りなんだけどね。遠慮などしなくていいからまずは、仕事をみつけて生活できるようになりなさい。店が忙しいときにでもまた洗い物でもしておくれ。そうしてくれると私は助かるよ」
そう言ってくれて、豪快に笑う女将さん。
「はい。ありがとうございます」
「夕方はね、お店が始まる前に、……そうだね七時前に降りておいで。夕食を食べさせてあげるから」
(七時? ということはこの国にも時計があるんでしょうか?)
『あぁ、そうかもしれないな』
「はい、そうさせていただきますね」
「じゃ、ゆっくり休んでおいで」
「はいっ」
女将のメリザさんはとにかく優しい。
僕みたいな得体の知れない者にここまで面倒をみてくれる。
それこそ、あのファルブレストで起きた一件は何だったんだろうと思うほどだ。
女将さんに勧められたように僕たちは、階段で二階に上がっていく。
一番奥の部屋の前。鍵穴に鍵を差して回すと、カチリと音が鳴って鍵が開く。
レバー式のノブを下げると、押戸になっている扉を押して部屋に入った。
もちろん、内鍵があるから、施錠をさせてもらった。
部屋の広さはおおよそ八畳のワンルームくらいだろうか?
ベッドがあって、小さいながらもテーブルがある。
清潔に保たれていて、良い香りがする。
よく見ると、テーブルの上に時計らしきものが置いてあった。
『おぉ、時計ではないか』
(はい。そのようですね)
なるほど。秒針はないけれど、地球と同じ十二時に刻んであって、今は二時になっていた。
おそらくは午後の二時、十四時なのかもしれない。
ゆるキャラ着ぐるみみたいな、デフォルメタコさん形態で阿形さんが姿を現した。
阿形さんは、『格納の術』で取り出したファルブレスト王国で手に入れた時計を並べていた。
あちらの時計のほうがやや大きい。
それでも、文字盤は同じ十二時間のものだった。
『まずは簡単な検証としてだな。とりあえず並べておいて、動作時間にずれが生じないか調べてみようと思っている』
両方の時計を改めて持ち上げると、阿形さんは舐めるように見回していた。
『ほほぅ。これは面白い。どちらもな、バネ式でもなし、電気式でもなし、何かの回路が刻んであるが、動力源は水晶に似た赤い石のようだな。これはなんとも興味深い。おそらく一八くんの話に出てきた、「魔道具」という部類のものかもしれない』
(やはり『魔道具』なんでしょうね。阿形さんの言うその回路って、どんなものですか?)
『円が刻んであって、その内側にも円が刻んである。何やら読めない刻印があって、よくはわからないが、そのようなものだな』
(僕が漫画などで読んだことがある、魔法陣かもしれませんね。あくまでももしかしたらですけど、この世界には魔法や魔術があるのかもしれないですね)
『なるほどな。一八くんが連れて来られた要因は「魔力が多い」というものだったな?』
(はい。そうでした)
『我々の言うところの魔力エネルギー同様、一八くんが話してくれたように、こちらの世界にも魔力という概念がある以上、魔法や魔術があってもおかしくはないのだろう。このような据え置きの時計では不便だろうから、いずれお金が貯まったら、一八くんはもう少し小さな時計があればを購入するといいだろうな』
阿形さんは『格納の術』の領域にある時計を出さずに見ることができる。
だが彼が寝ていたとしたら僕は時間を見ることはできない。
それなら彼が言うとおり、小さくて持ち歩きができる時計を買うほうがいいだろう。
(そうですね。スマホがないから時計は僕も必要だと思います。あ、そうだ。あっちで手に入れた地図、出してもらえますか? もしかしたら、この国が書いてあるかもしれませんから)
『それなら、一八くんがやってみるといい。「格納の術」は「隠形の術」などと同様、それほど難しい部類の術ではない。まずは「格納の術」発動を意識し、手のひらの上に、地図を取り出すイメージをするだけでいいはずだ。慣れたら出し入れだけでも術の展開が可能だ。人前でなら、リュックに手を入れて同じようにして、誤魔化すことも可能だろうな』
(そうですか。ん――『格納の術』を発動。……地図、……あ、出ました)




