第二十五話 これ、読めないんですか?
外門をなんとか通ることができて、僕たちは宿屋を目指して進んでいた。
『そういえば、一八くん』
(はい)
『もし君がだな、未だにファルブレストの奴隷で』
(はい)
『その王女とやらの命令で、内々に処分されていたとしたなら、だ』
(はい)
『逃亡した奴隷として、手配されている可能性があると思わないかい?』
(確かにそうですね)
『あの商人殿が、一八くんを持ち逃げした。という手配を出されているとも考えられる』
(はい)
あの騎士風の男は、あの王女の命令で僕を処分した。
それどころか、あの商人さんを道連れにした。
だとしたなら、阿形さんが言うように、奴隷の僕がいなくなったことを、あの商人さんに罪をなすりつけることも考えられる。
確かに阿形さんの言うとおりかもしれない。
『だが、ソルダート殿の様子を見る限り、一八くんに手配が及んでいるような感じはなかったように思う』
(そうですね。ソルダートさんは、僕の顔を何かと比べるような素振りもありませんでした)
外門で入国の管理をしているソルダートさんは、僕に対して好意的な態度を崩すことはなかったと思う。
『だとするなら、もしかしたらだが。この国ソムルエール王国と、あのファルブレストとかいう国は、関係がよろしくないのかもしれないな』
(はい。そうだと助かりますね)
『あぁ、今後活動していく拠点とするなら、そうであって欲しいな』
僕たちは移動しながら、そんなことを話し合っていた。
ソルダートさんは、困っていた僕に対して優しく接してくれた。
彼から教わったように、宿屋街に向かって道なりに進んでいく。
いくつかの十字路を経ていくと、右側の角に赤い屋根の建物が見えてくる。
建物の入り口と思われる場所に、看板が出ていて、そこには宿の名前が書いてあった。
(あ、ここですね。『道標亭』って書いてあります)
『……一八くん、これが読めるのかい?』
それは、僕には読めたのだが、阿形さんには読めない文字だったようだ。よく見ると、ファルブレスト王国で手に入れた台帳とは文字が違っている。それでも読めるのはきっと、僕に『言語理解』があるからなのだろうか?
(はい。阿形さんに話したとおり、僕には『言語理解』が有ります。だからおそらく、見たことがない文字も読めるんだと思います)
『なるほどな。ところでオレにはこれが、七文字あるように見えるだけだ。一八くんにはどう見えるんだい?』
(はい。確かに七文字なんですけど、最初の五文字『みちしるべ』がですね『旅人などに進む方向を教えるという意味』の『道標』だと思えました。最後の『てい』も、旅館や茶屋などの『亭』だと思えるんですね。だから僕にはなぜか漢字で道標亭って読むことができたんです)
『なるほどな。ちなみに右から読んだのか? それとも左からなのか?』
(左からですね)
『ほほぅ、そうするとこの最初の文字が『み』なのかな? 文字を置き換える表のようなものを作れば、いずれオレにも読めるようになるだろう』
(そうなんですか?)
『オレは腐っても技術者の端くれだ。それくらいは苦ではない。耳から入る言葉が、オレにも理解できているのはきっと、一八くんを経由しているからなのだろう。実に興味深いな』
(さすが錬金術師だけはありますね)
『ふふん、褒めても何も出んぞ?』
阿形さんの機嫌が良さそうで、僕もちょっとだけ嬉しく思った。
『さて、宿に入ってみようじゃないか』
(はい)
『何事もないことを祈っているよ』
(それってどういうことですか?)
『なぁにこの後、宿屋に入って、一八くんが捕縛されなければいいだけの話だ。捕縛されたなら、逃亡奴隷などの手配がされていた、ただそれだけだからな』
(怖いこと言わないでくださいよ)
『ただの冗談だよ』
(たまにそういうこと言いますよね。阿形さんって)
『そうかい? オレは一八くんたちから学んだだけなんだがな』




