第二十三話 あれに見えるは。
ファルブレスト王国の方向を背にして、みつけた街道が見えるギリギリの高さで道沿いに飛んでもらっている。
この時点で後ろを振り返っても、もはやファルブレスト王国は、影も形も見えなくなっていた。
「阿形さん、何時くらいなんですか?」
『あぁ、今は八時を過ぎたあたりだな』
最後に補給をした場所を出たのが、四時過ぎだったとしたら、あれから四時間近く移動してもらっている。
そこそこの速度で飛んでもらっているとして、おそらくだが距離にして三百キロ以上は移動したことになるだろう。
そういえば僕に時間を教えてくれるときの阿形さんは、時計を外に出して見ている仕草をしていない。
「やっぱり時計って、『格納の術』のところで見てたりします?」
『あぁ、取り込んだ空間にあるのをそのまま見ている』
やはりそうだった。阿形さんは『格納の術』を使って取り込んだ時計を、その格納されている空間にあるままを見て教えてくれているのだ。
「それは便利ですね」
『オレにしかできないけどな、……あぁ、吽形にもできるかもしれないな』
おそらくは阿形さんは吽形さんにできるかどうか、確認をとっていない。
そういうことなのだろう。
今夜は遅いから、無味無臭ブロック食品に塩味を足して夕食にした。
塩って偉大だなと改めて思って仮眠をとった。
『一八くん。少し眠るといい』
「はい。ありがとうございます」
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「阿形さん、おはようございます」
『あぁ、おはよう』
目を覚まして阿形さんに聞くと、現在午前八時過ぎくらいらしい。
一々時計を出さなくても確認できるのだという。
取り込まれている状態の時計を見ることができるのも、阿形さんってチートなんだなと思った。
「そういえば僕が手に入れた能力は、『言語理解』だけで、聖剣の担い手になるための何かが欠落してたらしいんです」
阿形さんが木のマテリアルから、タオルと石けんみたいなものを生成してくれた。
そのおかげで、川で水浴びをして身体と頭を洗って、さっぱりできている。
服も、阿形さんが汚れを落としてくれるから、臭くならないで助かっていた。
質素な朝食を苦笑しながら摂りつつ、思い出しながら会話を続けている。
『それだけで十分だと思うんだがな、オレは。もし一八くんに、ファルブレスト側にとって都合の良い力があったらあったで、飼い殺しになっていたかもしれないからな』
「そうですね。確かにそうだと思います。……以前の僕に、どれだけの魔力があったかはわかりませんが、召喚術式を使ったときに『魔力が多い』という条件を設定したと聞きました」
『なるほど、魔力が多いと判断されたからこそ、魔力庫だったか? 一度はそのような奴隷にしようと思ったのだろう。その後すぐに処分とは、身勝手極まりない。実に腹立たしいことだ』
「僕の代わりに、怒ってくれてありがとうございます」
『一八くんも千鶴くんも、オレや吽形にとって家族であり、息子や娘みたいなものだ。オレはそれだけ大事に思っているし、吽形も同じだと言っていた』
「はい……」
そのあとある程度飛んでもらって、十二時になったあたりで川辺を探して昼食を摂った。
もちろん、『魚肉タンパク製無味無臭ブロック食品』しかない。
前よりはマシとはいえ、こればかりはどうにもならないだろう。
飛んでもらっているときにふと、ちらりと何かが見えてきたような気がする。
時間を確認してもらったところ、午後二時前。
それは僕の見間違いではなく、阿形さんにも見えていたみたいだ。
『一八くん、あれは町では、ないだろうか?』
「そうかもしれません。もし町なら、『隠形の術』を使って情報を集めましょう。もし、ファルブレストでない国だったとしたら、なんとかして入国させてらいたいですね」
徐々に近づいてみると、阿形さんの言うとおりだ。
僕の目にも町が見えてきていた。




