第二十二話 潜入を終えて。
手探りで先の見えない調査は精神的にきつい上に、夜明けまでという時間的な制限もある。
いくら『隠形の術』で姿を消しているとはいえ、何が起きるかわからない。
だから僕たちは、ここで調査を終えることにして、元来た道を戻っていく。
最終的にここへ入ってきた扉を開けて外へ出た。
もちろんしっかりと扉は閉めておいた。
『よし、鍵も閉め終えた。これで一応、大丈夫だろう』
(はい、ありがとうございます)
阿形さんも言うように、かけた時間の割には収穫はあったと思う。
夜明けもそれほど遠くはない。
だから無駄に長居をするのではなく、色々とボロが出る前に、脱出したほうが無難であろう。
王城の外を走って移動。
高そうな屋敷のある区画も走って通り抜ける。
もちろん、『隠形の術』を解いてはいないから足跡は一切漏れていない。
渡ってきた橋の入り口近くも、まだ静かなものだった。
橋を渡り終えると、王都と思われるこの町は静まりかえっている。
槍を持った橋を守る二人も、やや眠そうにしながらだが任務に就いていた。
時間は深夜の三時を過ぎているあたりだろう。
だから静まりかえっていても、不思議ではないのである。
町中を一気に走り抜けて、王都の外へ出てきた。
そのまま速度を落とさずに走って、街道を越えた林の中へ。
するとすぐに、阿形さんは蛸腕を出してくれた。
(阿形さん、まだ魔力は大丈夫ですか?)
『あぁ、大丈夫だ。安全な場所まで飛んでいってしまおう』
走ってきた勢いを殺さず、ドローンのようにホバリングしながら浮上する。
そのままの勢いで、ファルブレスト王国の明かりを背にして、僕たちは西へ向かって飛んで行く。
体感でも、馬車では到底追いつけない速度は出ているはずだ。
おそらくは時速百キロ以上で阿形さん飛んでくれているのだろう。
(阿形さん、時間どれくらいですか?)
『あぁ。今は三時を少し越えた辺りだな』
(それならあのあたりで降ろしてもらえますか?)
街道の南側に川が見えていた。
『ここなら辺りに人の気配は感じられない』
「ありがとうございます。おなか、減りません?」
『あぁ、減ったな』
デフォルメチックなぬいぐるみに似た、タコさんの姿を現した阿形さん。
その場で彼は僕にマテリアルを利用して皿を二枚作ってくれたんだ。
自分のも合わせると四枚。
そのうち一枚には、三本ほどの魚肉タンパク製無味無臭ブロック食品。
もう一枚には、さっき倉庫から拝借してきた塩が乗せてある。
軍手のような手袋を外して僕は、白い結晶に指をつけてぱくり。
「うん。しょっぱい。いいですねー。味塩とまではいきませんが、旨味の強い塩みたいですね」
『なるほど、あれが塩と書いてあったんだな?』
「はい。棚にはそう書いてありました。えっと、これをつんつんと塩につけてと、いただきます」
僕は、しっとりとして柔らかいブロック食品に、塩をつけてぱくり。
おそらくある程度は塩田で精製されているだろうけど、塩化ナトリウムとして抽出されていることはないはず。
それならば粗塩と同じで、ミネラルたっぷりの塩だと思う。
「……あ、思ったよりも、抵抗なく食べられます。塩が美味しいからかもですね」
無味無臭から、塩味の何かになった。
これで匂いがあったらマシなんだろう。
粘土と言えば語弊があるが、でも見た目はそっくり。
食感がまだ、かまぼこっぽいというか、魚肉ソーセージっぽいから助かってはいる。
『どれどれ、……あぁ、美味いとはとても言えないが、確かに食べられる、な』
「でも、あれですね」
『あぁ、まずいのは変わらない』
「ですよね」
少し休んで、空が明るくなったあたりから、僕たちはこの場を発つことにした。
朝ごはんも同じ塩味ブロック食品と水。
味があるだけまだ食べられるって、阿形さんも苦笑していた。
上空から町を探しながら飛んでいるから、阿形さんは全力を出しているわけではないはず。
以前あちらの世界で吽形さんに飛んでもらった際、GPSつきのスマホで計測したときは確か、最高で時速二百キロだったはずだ。




