第十七話 地上からの偵察
普段の寡黙で慎重な阿形さんとは思えない言動。
まるで何かを演じているかのようにも感じられる。
『例え何かが飛んできたとしても、だ。あちらの世界にある、赤外線誘導型のミサイルを避けるよりは、容易いと思うぞ?』
確かに、あちらでそのようなシチュエーションの動画を見たことがある。
「あ、あははは……」
なるほど。
阿形さんは、落ち込んでいるだろう僕を元気づけようとしてくれている。
だから戯けるような口ぶりをしていたのだろう。
『まぁ、ここまではあくまでも冗談だと思ってくれていい。とはいえ、ここまで来て何の収穫もなしに去るのはもったいない。だから情報収集を目的に潜入を提案するが、どうだろうか?』
「はい。いいと思います」
『ありがとう。このまま直接、上空から王城へ降りるのは、手の内がわからない現在ではオレでも怖いと思う。だから王城までは徒歩で行くべきだろうな。無理はせずに、ファルブレスト王国の地図が、一枚でも手に入れば上出来だ。そう、オレは思っている』
「はい、そうですね」
『それでだな? 今だと潜入するには明るすぎると思う。だから日が落ちるのを待とう。それとな、潜入するのは、日が落ちてから日の出と思われるあたりまでだ』
「はい」
『もしもだ。何かにもう少しで手が届くかもしれない。そういうチャンスがあったとしても、リミットになったら深追いをせずに脱出する。オレたちが求めるのは、地図程度の情報なんだ。それで構わないかな?』
「はい」
『今夜、あちらへ帰るための核心に手が届くことはないだろう。だがオレはいずれ、オレたちを攫ったヤツらを追い詰める。もちろん、一八くんに手をかけた輩も許すわけにはいかない。最終的にはこの手で成敗してくれる』
「……はい、わかりました。そうなったら僕は、止めることはしません」
こうして僕たちは王城へ潜ることになった。
地上へ降りて、日が落ちるまでは林の中で待つことにする。
辺りはもう薄暗い。
時計を持っていないからよくわからないが、おそらく夕方の六時くらいにはなっているはずだ。
潜入の前に僕は、あらかじめ阿形さんに『隠形の術』をかけてもらって姿を消しておく。
この術は、衣擦れや足音までは消してくれる。
だが、こちらの話し声までは消してくれない。
そこまで万能な術ではない。
だから姿を消している間、阿形さんと会話をする際は、頭の中で語りかけるしかないのである。
現在いる場所から王都と思われる場所までほんの数百メートル。
姿を消したまま、僕たちは林を抜けて、町の正門と思われる場所へ到着した。
辺りはもう薄暗いというのに、商人と思われる人が乗る馬車などが並んでいる。
もちろん、歩きの人も同様だ。
そんな並んでいる人を横目にしながら、僕たちは姿を消したまま列を無視して歩いて行く。
(魔力さえあれば、この程度は簡単なんですね)
『あぁ。「召喚術式」とやらで誘拐した者たちが「魔力が多い者」であるなら抵抗し、暴れる可能性も考えられる。だから「隷属の魔道具」などという愚かな魔道具を使って大人しくさせておく必要があった。おそらくそうだと思うのだが?』
(僕もそう思います)
「ここはファルブレスト王国、王都だ。入場をするならば――」
僕たちは正門を守る衛兵のような男性に気づかれることもなく、無事潜入できて少しほっとする。
『どうやらファルブレスト王国の王都で間違いはないようだな』
(はい。戻ってきましたね)
王都というだけあって、外の街道と違って舗装されている。
メインストリートはそれなりに広く、馬車もゆっくりとだが通れる道になっていた。
中央分離帯みたいなのはないが、馬車は右側通行らしくきちんと守られている。
人はその外側を歩く感じだ。
するとどこからか、肉を焼くようないい匂いがしてくる。
(いい匂いがしますね)
『あぁ、暴力的な匂いだ。満腹でなければ、耐えられなかったかもしれん』
(はい……)
僕たちはあの無味無臭で、かまぼこや魚肉ソーセージみたいな食感だけはある、魚肉加工品のブロック食品を三本ずつ食べた。
だから一応は満腹ではあるが、この匂いはある意味暴力的だった。
(異世界っていう割には、人以外の種族っていないんですね)
『あぁ、そうみたいだな』
髪の色や肌の色が違っていても、それは誤差でしかない。あちらの世界でもそんなものだった。顔かたちは西洋風が多いが、個性でしかないように思える。




