第十五話 無味無臭は苦痛
僕は水で流し込みながら、なんとか『魚肉タンパク製無味無臭ブロック食品』を食べ終わった。
これでとりあえず空腹から脱することができたと思う。
阿形さんはまだ本調子ではないようだ。
本来は二本は楽に出せる蛸腕も、一本程度のよう。
近くの木を『他食の術』で取り込んではいるけれど、まだまだタコマテリアルが足りないみたいだ。
僕は魔力が戻りきってないようなので、動かないようにして回復につとめている。
右腕に填められていた隷属の魔道具がないからか、あのときよりは魔力の戻りはいいのかもしれない。
けだるさが徐々に和らいでいるから、体中へ何かが戻ってきているのだろう。
「阿形さん、さっきのもう二本、ありますか?」
『あぁ、いくらでもあるぞ』
「いくらでも、ですか。でももう少しお腹に入れて、体力の回復を促したいんです。それには満腹が一番だと思うので」
『これでいいか?』
「はい。ありがとうございます」
僕は阿形さんからブロック携帯食を受け取った。
無味無臭がここまでまずいとは思わなかったが、苦笑しながらもなんとか、胃袋に押し込んでおいた。
「……ふぅ。小麦粉だけで打ったうどんだって、何もつけなくてもまだこれに比べたら美味しいと思います。でもお腹いっぱいになったからいいですけどね」
万が一のために、まだ『隠形の術』を解いていない。
そんな状態の、デフォルメタコさん形態の阿形さんが僕のところへ戻ってくる。
『あぁ、そうだろう。では一八くん。早速ですまないが、少しばかり多めに魔力をもらってもいいかな?』
「いいですよ。いくらでも持っていってください。前よりは戻ってると思いますから」
『さすがに回復した量まではわからないが、魔力をもらっても眉ひとつ動かさなくなったようだな』
「はい。だと安心ですね」
『よし。取り込んだマテリアルと合わせて、これでなんとか、蛸腕を二本出せるまでにはなった』
蛸腕には『隠形の術』はかかっているみたいだけれど、僕にだけはかなりマッスルなイメージの蛸腕が二本出ているのが見える。
『オレも例のまずいものは可能な限り食べておいた。一応、満腹だから、それなりに回復はしていると思う。いざというときのために、水筒を複数個作っておいた。その中に水も入れておいたからな』
「助かります。阿形さん」
『……ところでその服だが、潜入には向かないと思わないか?』
「確かにそうですね」
『まずはシャツからだな。長袖でパーカーのようなものがいいだろう』
阿形さんは、周囲から取り込んだマテリアルで、僕の上着をささっと作り上げてしまう。
この辺りだけは、女子力が高いと吽形さんも言っていた。
『今度はズボンと靴だな。両方とも黒でいいだろう』
すると阿形さんは僅かな時間で、ズボンと靴もあっさりと作り上げた。このあたりはいつも凄いなと思う。
『どうだ? きつくはないか?』
「大丈夫です」
『あちらでは『隠形の術』を使うとはいえ、町の中までそうではない。これまで着ていたのは、おそらくファルブレスト王国での支給品か何かだろう。あのままの姿ではある意味目立ってしまう可能性もある。それらを加味した上で、地味なものを作ったつもりだ。着替えは、「格納の術」がもう使えるから、そちらへ入れておくといいだろう』
「はい。ありがとうございます」
僕は阿形さんが作ってくれた服に袖を通す。
僕の身体に合わせてくれているからか、サイズ的には申し分ない。
着替え終わると違和感はなく、それっぽい感じになったと思う。
『どこかおかしなところはないか?』
「大丈夫です」
『それならば、日が落ちる前にファルブレストの王都があるなら、そこへ到着できるようにしようじゃないか?』
「はい。そうですね」
阿形さんは蛸腕を二本出すと、『隠形の術』は解いていないから姿は消えている。
けれど僕の目にはしっかりと見えていた。
辺りの枯れ葉が少しだけ舞う。
するとまるでドローンのように、ゆっくりホバリングさせながらふわりと僕の身体が浮かせてくれた。
これが阿形さんの使う『飛翔の術』である。
『飛翔の術』とは、蛸腕の吸盤に似た口のようなところから特殊な水蒸気を噴出させて、それを推進力として空へ舞い上がる術である。
僕も以前あちらの世界で、阿形さんや吽形さんに飛んでもらっていたから慣れたものだった。




