第十四話 あれならあったかもしれない。
そんなとき、阿形さんが思い出したかのように、ある提案をしてくれた。
『そういえば以前、一八くんに話したと思うが、「あの非常食」であれば少しなら、「格納の術」で使用している領域に保存してあるが、どうする?』
(もしかしてあの『魚肉タンパク製無味無臭ブロック食品』ですか?)
『あぁそうだ。マテリアルと同じ空間に、万が一の場合に備えて持っておけと、吽形に言われてな、非常用として取り込んでおいた。だが、何年もの間、食べる気になれなくてそのままだったのを忘れていてね……』
以前、阿形さんたちが生まれ育った母星で獲れる魚介類はとにかく見た目が悪い。
だが、その魚介類は栄養価が高いそうだ。
だからその魚介類を素材として、数千年の長期保存が可能な加工食品として長年作り続けられているとのこと。
見た目はちんすこうやショートブレッドの形をしたブロック非常食。
食感は蒸したかまぼこや魚肉ソーセージだが、無味無臭というなかなか厳つい食料品である。
僕も試しに食べさせてもらったことがあるが、あれは食事というより作業に近い。
いや、厳しい修業と言っていいかもしれない。
(とにかく川を探しましょう。飲み水がないと、あれを食べるのにはちょっと)
『そうだな。それには同感だ』
僕は阿形さんに水の匂いを探ってもらいながら、街道に向けて走った。
街道を抜けてまた先をひたすら走った。
『一八くん。まもなく右側に、水源があるようだ』
(はい、わかりました)
阿形さんが言うとおり、少し走ったあたりの右側に川を見つけた。
『毒も含まれてはいなさそうだ。悪くない匂いだと思うが?』
(はい、そうですね)
阿形さんが蛸腕を伸ばして振れると、木を一本取り込んだ。
するとあっという間に持ち手のついている、マグカップそっくりの器を作ってくれる。
そのカップで水を汲むと匂いを嗅ぐ。
(うん。水だなって感じで臭くもなんともないです。カップの木の匂いが良い匂いですね)
『まぁ、オレも一八くんも、多少の毒素ならどうにでもなりそうだがな』
(それは言わない約束ですって)
阿形さんは僕の目の前に姿を現す。
リアルなタコの姿ではなく、デフォルメされたぬいぐるみのような姿だった。
あちらの世界では、食事の時にこの姿をすることが多かった。
大きさは一メートルくらいはあるだろうか。
阿形さんも自分で作ったカップを持っている。
(んっ、んっ、……ぷはっ。思ったより美味しい水ですね)
『そうだな。悪くない。一八くんたちのおかげで、舌の肥えてしまったオレでも十分に美味く感じるよ。それとだな、周りに人の気配はない。警戒はオレがしているから普通に話をしても大丈夫だろう』
「それはありがとうございます」
『さて問題はここからだ』
「はい」
『これ、一八くんが腹一杯になるためには、二本くらいあればいいかな?』
有名なブロック食品よりも二回りくらい大きいからか、二本もあればお腹いっぱいにはなると思う。
「あ、はいそうですね。……ありがとうございます」
阿形さんは、無味無臭のブロック食品を手渡してくれる。
僕は覚悟をして一口かじる。咀嚼をしても味も香りも全くない。
タンパク質を蒸して作られているらしいから、確かにかまぼこみたいな食感がある。
それでいて栄養価はだけ高いらしい。
けれど実に、不思議な感覚で、実に苦行でもあるこの食事。
例えるならば、食べても害のない柔らかな食品サンプルを食べているようにも思えた。
「……まずいですね。しょう油でもあったら別なんでしょうけど」
『あぁ、まずいな。食べるのは苦痛に思えてしまうよ』
「たった数日だと思うんですけど」
『あぁ、一八くんの作ってくれる料理が懐かしく感じるな』
「誰もあの瞬間から、サバイバルみたいになるとは思っていませんからね」
『あぁ、違いない』
それでも胃にものを入れるだけで、少し落ち着いた気持ちになれた。




