第十二話 この世界って その2
僕の身体の中から、何かを少しだけ持っていかれるような感覚があり、続いて疲れのようなものが残った。
けれどその疲れはすぐにそれは楽になっていく。
おそらく阿形さんに僕が、魔力を分けてあげている感じなんだろう。
この程度であれば、『隷属の魔道具』に吸い上げられていた状態に比べたら、大したことではないと思う。
阿形さんに魔力を分けてあげられるくらいに、僕の魔力も回復したのだろう。
それだけあの『隷属の魔道具』という代物は厄介だったということになる。
『ありがとう。……うん。これならいけそうだ』
そう言うと阿形さんは、僕の太ももより太そうな蛸腕を出して、そっと商人さんの遺体を持ち上げたと思うと、商人さんの姿は僕の目の前から消えてしまう。
続いて阿形さんは、蛸腕の先にある手と同じ形をした指先で、ある方向を指し示す。
『「格納の術」を使った。悪いがこのままこの方角に、しばらく走ってもらえるかな?』
阿形さんは『格納の術』といって、ラノベなどでいうところのアイテムボックスやインベントリに近い能力を使うことができる。
おそらく、マテリアルを格納してある領域に遺体を取り込んだのだろう。
(あ、そうだったんですね。はい、わかりました)
商人さんが倒れていた場所にも、獣の足跡がかなり残ってる。
それでも商人さんの遺体が荒らされた形跡がないのはおそらく、僕の血が沢山流れていたから、その匂いに誘われて、商人さんの前を素通りして先に僕のいた場所へ来たからかもしれない。
僕は道を外れて、林の中をそれなりの速度で走って行く。
いくら走り続けても、息が切れることはない。
僕の地元を走り回ったあの小さなときのようだ。
相変わらず僕は底なしの体力で、実に化け物じみていた。
阿形さんと吽形さんの眷属になったばかりのときだった。
あのときもこうして、ダッシュに近い速さで走り続けてみた。
だがいくら走っても息が切れない。
疲れることもない。
それこそ『一晩中走り続けることも出来るんじゃないか?』というほどの無敵感があった。
だからあのとき僕は『これなら僕も憧れた、正義の味方のようになれるかもしれない』、そう思ったのである。
僕は、どれくらい走ったか忘れてしまうくらい走り続けた。
時計もスマホもなにもないから、実際今が何時なのかもわからない。
『現場からは数キロは離れただろうからな。一八くん、街道とは逆側に歩いてくれるかい?』
(はい)
ファルブレスト王国を後ろとすると、僕が走っていたのは前。
阿形さんが指示をしたのは右側ということになる。
僕は阿形さんの言う通りに歩いていく。
街道の反対側は、かなり高い山が連なって見える。
体感で十分くらい歩いたと思ったあたりで、阿形さんが呼び止めてくれた。
『一八くん、ここあたりでいいだろう』
(はい)
阿形さんは蛸腕を出して、おもむろに土を掘り始めた。
かなり深く掘っているが、土に埋もれるようなことはない。
おそらくは、掘った土をそのまま『格納の術』を使っているからなのだろう。
それゆえに、土に埋もれることなくかなり深い場所にきていた。
『これくらい深ければ問題ないはずだ』
上を見ると、軽く建物の二階以上はある高さに地面が見えている。
阿形さんの蛸腕は、もの凄く力強いものだと改めて思った。
阿形さんは商人さんの遺体を取り出して、土の上にそっと置いた。
その周りに土を盛っていき、ある程度の高さになったら土をマテリアル化したのか、比較的厚めの岩みたいなものを被せる。
あとは、土を元に戻していく。穴の上に戻ると、ある程度押し固めた土に、両手で触れるように蛸腕の手のひらを置いた。
そのまま少しじっとしていたかと思うと、まるで掘る前の状態に戻ってしまった。
(阿形さん、これ……)
『まぁ、これくらいは簡単なんだよ。同じ土でやったからな』
そういえば阿形さんは錬金術師だった。
元々が同じ土だから、これくらいのことはやってのけてしまうだろう。
相変わらず底が見えない人だなと、僕は思った。




