第215話:航空技術者は攻撃機の外観一致による戦術優位性に拘る(後編)
長かったため分けました。
1つ、前縁フラップの開度を上げる。
現状では最大12度の角度まで開く前縁フラップを、最大15度まで開くようにする。
構造的にはF-4でやったように、リンク機構の一部を見直し。
本来、フラップの開度を上げるにはフラップを固定する軸の位置をオフセットしたりするなど必要だが、生産ライン維持のために変えない。
リンク機構を担うスロットの形状を見直し、リンクそのものを延長することで12度から15度にすることは可能。
俺の中にある知識では5度~10度程度ならこれだけでどうにかなるが、当初より開度を増やすことを意図して戦闘機も設計しており、形状変更されたスロットを許容する空間はちゃんとある。
なお、開度を増やすと油圧方式のフラップを持つ鐘馗においては、より強いトルクが油圧アクチュエータに必要になるが、これも当初の時点から高速飛行時にフラップを最大まで下げて急制動を行う事が可能にしているため、余裕たっぷりで計算しているので油圧アクチュエーターの変更はしない。
同じ部品でできる。
そして2つ目。
大型ファウラー式フラップについて、リンク機構を見直し、フラップそのものを戦闘機型より後方に15%ほど後退させ、かつ最大開度を現状の55度から60度に見直す。
俺は計算上、現状と同じシングルフラップで行けると思っているのだが、状況次第ではダブルスロッテッドフラップとし、フラップそのものを大幅強化した複合材によるフラップとして薄くして既存のものと格納時の状態と重量を全く同じとしたものを採用する。
ようはフラップ展開時の翼面積を増大させ、フラップ開度を増やすことで、攻撃機として必要となる低速時の失速特性と揚力の確保を同時に達成するわけだ。
もちろん、エアブレーキの面積も拡大して、エアブレーキの性能も上げる。
そしてより大きな重量のかかる主脚も大幅に補強を入れて強化する。
主翼の調整はこんな感じでやることで、生産ラインをそのままに攻撃機に必要な性能を満たすものとできる。
他にも手を入れる。
まず、本機は戦闘機に採用した特殊なタービンは一切排除し、エンジンは通常のレシプロ戦闘機と同様のものとする。
戦闘機ではないので、高高度での空戦は想定していない。
その仕事は鐘馗がやるのであって、こいつではない。
8000m以上の高高度は捨てる一方、整備性を悪化させていて、かつ重量物となっている一連のタービン機構を排除することで、重量の増加をある程度相殺することが出来る。
注意点として、この時に振動特性や重心位置が変わるため、機体尾部のバランサーについては攻撃機版として別物を用意せねばならない。
そうしないと機体後部で強烈な振動が生じて最悪機体後部が空中で吹き飛ぶ可能性もある。
ここはどうしても避けて通れないので同じ部品にはしない。
ただし、特殊なタービンを取り外したため、大幅に設計変更が必要な部位が存在する事になる。
排気口だ。
現状ではP-47と同じく機体後方排気とするが、この排気口は攻撃機版ではエンジンの排気口とは別の排気口として再利用する。
外観は同じ、でもエンジンからの排気ガスは排出しない。
排気はエンジン後方、機体下部に新たに細く長いスリットを設け、この新しく設けた排気口より行う。
理由はタービン利用を目的とした一連の排気管は長すぎて、タービンを取り払った場合では背圧の増大により排気効率が落ちるため。
例えばとして本来の未来に存在したFW190Cは本機とは異なり、排気タービンを装備させた事で冷却能力を底上げする必要性が生じ、冷却効率上昇のために排気管を長くしたが、長くして冷却すると排気ガスの体積が減って背圧が増大し、却って排気効率が落ちる問題点を生じさせてしまった。
しかもこの時、増大した背圧によって排気タービンそのものの作動効率の低下すら引き起こしており、目指した所定の性能を満たすことができなかった。
背圧の制御というのは流体力学が未熟な状態だと躓きやすい技術課題で、個人が製作する自動車用の自作マフラーなどで度々起こりうる事だったりするわけであるが、当然これは本機体でも起こるので、一連の排気管はそのままでは再利用できないのである。
よって排気口は新造し、排気管の長さは戦闘機版と比較して大幅に短くするのが流体力学的に正解の回答となる。
なお、排気口は機体下部に細く設けたスリットのため、外から見ても違いはほぼわからない。
外観の同一性は十分に確保されるし、そもそも今目の前にいる長島の技師達ですら気づかなかった差異だ。
ここで重要なのは吸気口。
俺は特殊なタービンを装備する前提で、鐘馗についてはダイバータレス超高速インレットを参考にしたコブを設け、インテーク性能を大幅に引き上げつつインテーク構造の単純化を行った。
このコブとインテークはそのまま残す。
残してどうするのかというと、新たな排気口の位置を調節し、ブリードエアと混ざるようにしつつコブでもって一部の乱流を散らし、圧縮して整えた気流をインテークにぶち込むようにするのだ。
その上でインテーク内にオイルクーラーを追加。
こうすることでエンジン温度の上昇をより防ぐことができるわけであるが、なぜ高熱の排ガスと大気を混ぜるのかというと、オイルクーラーというのはより多くの量の空気が入れば入る程に効率が上がるため、排ガスによって温まってしまっている空気の温度よりも大量に入り込む大気の量の方が結果的に作動効率が上がるためである。
速度が上がれば上がる程に排ガスはコブによって機体表面を流れる冷たい空気がバリア層として働き、高熱のガスが散らされるようになるため、速度に応じて熱量が上がり、それに合わせて高負荷状態となっているであろうエンジンに必要となるオイルクーラーの冷却性能は担保される。
また、排気ガスには未燃焼となったカーボンやスラッジが微量に含まれるが、このコブが壁となって阻むため、エアインテークのオイルクーラーを汚す事は最小限に防ぐことができる。
もし仮に性能が足りなければ極めて小さなボルテックス・ジェネレーターを設け、重い粒子を機体外側に偏流させることも念頭にいれるが、追加したとしても外観的には殆ど変化がない小さな形状の変化の差異のため、敵戦闘機が違いに気づくことはほぼ無いはずだ。
そして、以前はタービンからの排気ガスを排出していた排気口は、今度はオイルクーラーの排気口となり、再利用されるわけである。
オイルクーラーを増設する理由は重心位置の変化を最小限にしつつ、エンジンの作動信頼性を底上げしたいから。
攻撃機はより低空を飛ぶ事になる。
地域によっては戦闘機以上にエンジン冷却性能の担保が必要。
戦闘機は危なそうなら上空に逃げればいいが、攻撃機は地上に向けて攻撃しなければならないので逃げられない事もある。
一応、砂漠地帯でもちゃんと冷却できるよう鐘馗もちゃんと設計してはいるのだが、攻撃機の場合は地上において火災が起きて周辺の大気がより高温となっているような環境での対地攻撃を行う事もあり、余裕ある十分な冷却性能は保持しておきたいのだ。
このように内部構造については結構改めている部分が多い。
一方で全く変化がない部分もある。
それは尾翼で、尾翼については本来ならば攻撃機とするならトリムタブの作動角の増加や垂直と水平尾翼の強化が必要であるが……
過剰なまでのダイブ性能を持つ、三式重戦闘機として生まれ変わった鐘馗は当初から過剰なまでに尾翼の強度を高めているので、ここも必要がない。
元からトリムタブの作動角は広くとってある。
これは本来の未来及び現在にも存在しているであろうP-47等、高速でのダイブ飛行が可能な機体もそうなのだが、急速降下の場合、機体形状による大気の流れや、その時の重心位置……
燃料状況や武装状況などによっては強烈なピッチダウンが起き、機首上げが困難となることがあったのだが、そこから機首を上げて回復する際には極めて広い作動角のトリムタブの必要不可欠で、トリムを調整することで気流を整えなおして機首上げが容易になるようにしており、戦闘機型の鐘馗においても急速降下が可能であるのは元より軍より求められていた性能のため、必要以上に作動角を設けているためだ。
実際、P-47は戦闘爆撃機としても使われたが、作動角+-25度という広めの設計な上に尾翼自体も頑丈であったため、尾翼構造の見直しは行われていない。
他にも、トリムタブそのものの角度こそ一般的ではあるが、同じく戦闘爆撃機としても尾翼構造の見直しが不要だった存在にFw190という、現状における鐘馗の直接的ライバルと言える存在がいるが、こちらはそもそも未来の旅客機のように水平尾翼全体のトリム角度が変更可能で、稼働領域こそ狭いがトリムタブと併用することでトリムタブの作動角を事実上P-47以上に広くしていた事例も存在する。
鐘馗についてはP-47と同等の+-25度であるが、計算上尾翼構造の変更は不要。
これも高高度からの急降下性能の確保と、最初から攻撃機としての派生型を作ることも念頭に入れた上で設計していたからに他ならない。
これらをすべて満たすことで、エンジン性能次第ではあるが、俺としてはタービン無しでもハ44が2400馬力に到達するのであれば、最大速度を720㎞/h前後、2500kgでの最大爆装状態で550km/h以上(理想としては570km/h)での速度による飛行を可能とし、攻撃後は持ち前の快速性でもって700km/h以上で即座に離脱できる、これから誕生する傑作機たるA-1を全方位で上回る攻撃機となるはずだ。
諸元は現時点の設計段階での予測数値においてこんな感じとなっている。
エンジン ハ44(排気タービン無しでの2400馬力を想定)
乾燥重量 5100kg
装備重量 9500kg
武装 ホ5 20mm×4(翼面)
全長 11.78m
全幅 13.65m
最高速度 720km/h(機銃以外を排除した場合)
550km/h~570km/h(爆装時)
ウィングレットを追加したために全幅はどうしても増えるが、見てわかるほどの差異はない程度に留まる。
全長は変わらない。
乾燥重量はタービン等を取り外したため、主翼強化やオイルクーラーを仕込んでも若干軽くなる。
装備重量の9500kgは両翼で2500kgを装備した場合であり、エンジン出力次第ではA-1と同様に最大離陸重量は10tオーバーとなる予定。
あくまで現状では2400馬力で2500kgを想定しているだけであり、俺としては2800馬力いけるなら3000kgオーバーの爆装を検討するといった感じだ。
いわば、A-1と同じくハ44の完成度がコイツの積載量を左右することになる。
この攻撃機に関してはA-1と同じく爆撃照準窓が存在しないが、これも強度的な問題。
A-1も機体の強度確保のためにそれを捨てているが、捨ててもどうにかなるほどコクピットからの有視界が優れていた。
最終的にはレーダーを装備したが、こいつも考え方は同じ。
そんなA-1と比較して何よりも優れたる点は、皇国の貧弱な工業力を上手く活用し、生産ラインをそのままにこの性能の攻撃機を量産するという点にある。
「――以上のように、本攻撃機は外観的差異を最小限とし、鐘馗と上手く組み合わせた戦術で持って敵を攪乱。前線での戦術と運用次第ではありますが、作戦成功率を引き上げた形で極めて高い汎用性能を持つ攻撃機に仕上がるはずです。それこそ、戦況次第で最前線の現場において戦闘機から攻撃機に改修できるようにすることも念頭に入れた設計にしています」
「つまり技官はこうおっしゃりたいわけですか。これが我が国が作るべき攻撃機の姿で、鐘馗の攻撃機版なのだと」
「おっしゃる通りです。現在上層部は生産ラインについてヘリコプターやジェット戦闘機といった存在に比重をかけようとしています。特にヘリコプターの需要は大きい。この波に飲まれて攻撃機について却下される事は、私にとっては危険なのではないかと考えているので、同一生産ラインでの製造が出来る事は必須事項です」
ヘリコプターと疾風は結果を示しすぎた。
上層部はレンドリース法があるのだから、攻撃機なんてP-47を使えばいいんじゃないかなんて話をし始めている。
なんならA-1そのものでいいじゃないかと言い出しかねない。
しかしA-1は何もしなければ初飛行するのは2605年3月18日。
設計開始は来年。
レンドリース法の手前、急かすのもおかしな話。
なら、来年には初飛行しながらもA-1を上回る攻撃機を所有する方が、後々の戦況を考えれば有利になる。
今現在、山崎とジェットエンジン方式による軽攻撃機を開発中であるが、あれだって技術漏洩を考えたら安易に前線には持っていけない。
こいつは違う。
十分に前線に持っていける上で、必要となる攻撃能力を担保し、かつ製造コストも抑え込まれている。
「ようは上層部が否定しにくい形で、前線から求められている攻撃機を国産機として用意したいわけです。これは決して技術者のエゴではない。NUPが何やら優秀な攻撃機を作ろうとしている様子もありますが、そんなのよりも短期間ですぐに飛ばせる攻撃機の方が求められている。需要が無くなれば生産をやめればいい。開発期間の大幅な短縮も見込めるこの機体なら、3か月程度で試作機まで飛ばせる。後は細かい問題点の洗い出しをすれば……」
「来年には鐘馗と共に配備できるということですね!」
「その通りです」
「これでいきましょう。外観の変化があまりにもなかったので最初は懐疑的でしたが、性能諸元を見る限りいい感じに仕上がっている。外観を変えずに中身の変更で劇的に性能を変化させる……こんな方法があったなんて驚きですよ」
ある長島の技師に、他の者たちも「そうだ!」「これで行こう!」と同調する。
こいつが一体どんな名前で呼ばれるのかはわからないが……
政治的な意味合いでも技術者的な意味合いでも最小限の負荷で作ってやる。
それが未来知識を持つ航空エンジニアとしての腕の見せどころだ。
後に三式攻撃機「火龍」と呼ばれる事になる、A-1と並び歴史に名を残す傑作攻撃機の開発はここから始まったのであった。
X開設中
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