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007 僕は撒き餌になりたい

 



 狩りから戻った僕は、ギルドの前でリザード車から降りた。


 荷台には、スライムやゴブリン、コボルト、ウルフといった下級の魔物がたんまりと乗せられている。


 正直、とても生臭かった。


 けれどキャミィは気にする様子もなく、超絶ご機嫌だ。




「ではではクリスさん、またあとでっ!」


「うん、あとでね」


「行くぜぇリーくん、私たちのウイニングランのスタートだぜぇーい!」


「キュイイィィィイッ!」




 キャミィは「イヤッホオォォウウ!」と超絶ハイテンションに夕暮れの街を疾走する。


 魔物の解体は専門の業者に任せるそうで。


 そのあとで素材を売りさばいて、例の宿に戻ってくるそうだ。


 きっと、麻袋いっぱいに銀貨や金貨を詰めて、超絶嬉しそうな笑顔を見せてくれるに違いない。


 かくいう僕も、実は割と浮かれていた。




「昨日のがまぐれじゃなくてよかった。大丈夫、僕の力は通用する」




 手のひらを見ながら、それを確信する。


 あの閉じられた屋敷の、限られた時間の中で、目立たずに自らを磨くのは、それはもう大変だった。


 リーゼロットに命じられなくても、寝る間を惜しんで訓練を続けた。


 その成果がこうして出ているのだ、嬉しくないはずがない。


 ギルドに入ると、僕の顔を見るなり、フィスさんは大きな声をあげた。




「おかえりなさい、クリスちゃん! すごいじゃないあなた!」




 周囲の視線が集まる。


 恥ずかしい、顔が熱くなってきた。




「討伐記録は、ばっちり送られてきてたわよ。ほんの数時間で、あのあたりの魔物をほとんど倒してしまったんじゃない?」


「そんな大げさですよ。倒しても倒しても湧いて出てきますから、特にスライムみたいな魔法生物は」


「本当に大げさだったら、一日でそう簡単にランクが上がったりしないわよ」


「ランクが?」


「冒険者はね、討伐した魔物の強さや数から算出されるスコアが一定以上になると、ランクが上がるの。最初はGから始まって、F、Eとあがっていって、一番高いのがA。さらにその上に、スペシャルって意味のSとか、SSとかあるわ。このあたりは山を砕くとか、海を割るとか、そんな領域だから、縁は無いと思うけどね」


「はあ……それで、僕のランクが上がったっていうのは?」


「冒険者証に表示されるランクが変わっているはずよ。今のあなたはF。でもこのペースで、一日三百体も魔物を倒すのなら、明日か明後日にはEに上がってるわ。これは驚くべき早さよ」




 今日に関しては、最初だからってはしゃぎすぎて、過剰に魔物を倒した部分がある。


 仕方ない、自分が冒険者になれたという実感と、何にも縛られずに目的のために力を振るえるという事実に、否応なしに浮かれてしまったから。




「早さといえば、時間あたりの討伐数も異常ね。この、およそ一秒で五体を倒したの、何がどうなったらこんな芸当ができるのかしら」


「待ってくださいフィスさん。そこまで詳細にわかるんですか?」


「もちろん。魔物撃破時に放出される魔力から、時間ぐらいは割り出せるわ。それで、どうやってこれ倒したの?」


「……スキルですよ。【暗殺者】は、移動系のスキルを多く持つ職です。上位スキル、相手の背後に瞬間移動する[アサシンダイヴ]。中位スキル、影の中を気配と姿を消して移動する[シャドウステップ]。そして下位スキル、単純に相手との距離を詰める[ブリッツアサルト]といった具合に」


「そんなに種類があるのね。【暗殺者】の知り合いも冒険者もはいないから知らなかったわ」


「いたとしても言わないでしょうからね」


「災難ね。職業なんかに人生が制限されるなんて」




 周囲に疎まれる職業である以上、隠し通せるのなら、隠すに越したことはない。


 この世界において、人間と職業は切っても切り離せないものだから、限界はあるだろうけど。




「さっき言った移動スキルのうち、[ブリッツアサルト]は移動距離も短く、相手の背後を取ることもできませんが、一方で身体的な負担が小さく、連続して使用することが可能なんです」


「ふむふむ、それを使ってランクの低い魔物を瞬時に倒した、ということね……さすが【暗殺者】、魔法使いとは身のこなしが段違いだわ」


「そこで魔法使いに負けたら、僕らの立つ瀬がないじゃないですか」




 とても当たり前の話だけど、魔法使いと呼ばれる職は、基本的に魔法を使うためのスキルばかり習得する。


 中には、自分や仲間の身体能力を引き上げる魔法や、転移魔法を使える者もいるけれど、【暗殺者】ほど充実しているわけでもないし、身体能力向上の魔法は仲間にも使える――つまり、僕ら物理職も恩恵にあずかれるのだ。


 だから身のこなしという点においては、物理職は魔法使いよりも上だ。




「物理職が魔物を倒せるようになったら、魔法使いの立つ瀬がないと思うんだけど……」


「ようやく同じステージに上がれたぐらいの認識でいます」


「同じステージ、か……きっと魔法使いたちには、上がるとか下がるとか、そんな概念は存在しないわね」


「どういうことです?」


「魔法使いは才能の世界。魔力の量も、最大射程も、使える属性も、最初から決まっているわ。訓練である程度は伸ばせるといってもね。けれど一方で、膨大な魔力を持ち、あらゆる属性の魔法を、遥か彼方まで放つ【賢者】のような存在もいる」


「それでも、普通の人よりは必要とされる場所は多いじゃないですか」


「その場所にいる限り、魔法使い同士のヒエラルキーからは逃げられないのよ。偉いやつに見下されて、下からは妬まれて。ドロドロしてるわよ、あなたが思っている以上に」


「実感がこもってますね」


「私、こう見えても【水使い】だもの」




 フィスはそう言うと、人差し指から水球を生み出し、空中にぷかりと浮かべた。


 魔法使いの職になりながら、その力を必要とされないギルドの受付嬢をしているのか……。




「魔法使いの世界に嫌気がさして、逃げてきたのよ。今の生活のほうが気楽でいいわぁ」


「暗に、僕に冒険者にならないほうがいいって薦めてます?」


「だってあなた、普通じゃないわ」




 フィスさんの手元には、報告書らしきものが置かれており、僕と話しながら、彼女はこまめに何かを書き込んでいた。




「もしかして僕、疑われてるんですかね」


「普通、新人冒険者、それも物理職である【暗殺者】がこんなでたらめな数字を出すわけがない。あとで上に不正を疑われるわよ」


「そんなことになるんですか……少しはしゃぎすぎました」


「今後も冒険者を続けるのなら、時間の問題よ。一応、どういう方法を使って倒したのかも教えてもらえる?」




 僕は求められるがままに、短剣の扱いや、スキルを使って魔法を“加速”させる手法について、可能な限り詳しくフィスさんに話した。


 けれど、途中から彼女は空返事になりはじめて、最終的に頭を抱えてしまった。




「全然わからぁんッ!」


「説明が下手で申し訳ないです」


「い、いいのよ。今まで誰も編み出したことない方法、ってことだものね。しかも何年もの修行が必要な……その努力の先に、ぬめっとした魔法使いの世界を見ちゃったら、幻滅しそうね」


「それで止めようとしたんですか。安心してください、別に僕は魔法使いになりたくて、この技を身につけたわけじゃありませんから」


「あら、そうなの? そう、はっきりとした目的があるのなら、私が止めても仕方ないわね。でも気をつけなさいよ、物理職のくせに魔力障壁を突破可能――なんて事実が魔法使いたちに広まったら、世界がひっくり返るもの」


「僕のこの技が常識になったら、今ほど魔力が重要じゃない時代になるんでしょうか」


「その前に、本気で魔法使いがあなたを潰しにくるわよ」


「ふふ、それは楽しみですね」


「……その笑顔はどこまで本気なのかしら。とにかく、今言われたことをそのまま報告書に書かせてもらうわ。ひょっとすると、そのうち上から聞き取りがある可能性もあるから、頭の片隅に入れておいてね」


「わかりました、その時までにもっと上手に説明できるようにしておきます」




 自らの技術を他者にわかりやすく教えられるということは、自分自身の理解を深めることでもある。


 体を動かして染み付かせるより、たまにはそういうアプローチのトレーニングをしてみてもいいのかもしれない。




「そういえばあなた……こうしてギルドに戻ってきたってことは、何か聞きたいことがあったのよね?」


「フィスさんと話せて目的の半分は達成できました。本当に討伐記録が送られているか不安だったのと……」


「なるほど、どれだけ稼げたのか確かめにきたってわけ。やっぱり気になるのね」


「初任給みたいなものです。誰だってわくわくしてしまうものだと思いませんか?」


「そう言われると、確かにそうねぇ。なら少し待ってて、今日の報酬明細を印刷するから」




 手のひらサイズの通信端末に、ボタンを押すと紙にデータを印字できる魔導装置。


 しみじみと、便利な世の中になったものだなあ、と思う。


 またお年寄りみたいだって言われそうだけど、たぶん僕じゃなくても、同じことを考えると思うんだ。


 魔力は世界を便利にする。


 また一方で、魔力は人を危険にさらすこともある。


 果たして、その便利さに染まり切ることが、本当に手放しで喜べることなのか、僕にはわからない。


 肯定的な感想を抱けないのは、僕が魔力の少ない【暗殺者】だからなのかな。




「はい、これがあなたの今日の明細。見ながら思う存分ニヤニヤするといいわ」




 そういうフィスさんが、誰よりもニヤニヤしながら僕にそれを手渡した。


 受け取ると、ギルドをあとにする。


 今ここで見ると、外でニヤニヤする変な人に思われそうだから、折り曲げて執事服の内側に収めておくことにした。




「まだキャミィが戻ってくるには少し早いかな……」




 このあとは一緒にご飯を食べるつもりだから、それまでは街の様子でも見て暇つぶしかな。


 まだ来たばかりで、まともに回ってもいないから、軽く地形ぐらいは把握しておきたい。


 いつ、どのタイミングでここを走り回ることになるかわからないしね。


 それにしても、にぎやかな街だ。


 最初は故郷と同じぐらいだと思ったけど、それ以上かもしれない。


 夕食前のこの時間に、あまり知らない土地を、一人で歩くこの瞬間――ああ、自由なんだな、と心から思う。




『どうしようもない、と思うな。流れに隷従するな。主と執事、その両者が同様に希望を失えば、道は閉ざされる。考えろ、前に進め、止まるな』




 師匠の言葉を思い出す。


 厳しい人だったけれど、同時にそこには優しさもあった。


 だから、その言葉は僕に血反吐を吐かせるためでなく、“後悔の苦しみ”を与えないためだったのだと思う。


 そんな師匠の教えのおかげで、僕は今、ここに立っている。


 進まなければならない。


 たとえ魔法使いと同じ舞台にあがった先に、いかなる壁があろうとも、いかなる悪意が立ちはだかろうとも。


 それが、自由を得た僕の責務だから。


 だから、邪魔をする誰かがいたのなら、排除しなければならない。




「こんばんは、また何か用事なの?」


「……」


「僕は別に、あなたと戦いたいとは思わないんだけど」




 僕の前にいるのは、今朝絡んできた困った人だった。


 実力は確かなだけに、戦闘になるようなことがあると、対処するのが厄介だ。


 彼女は無言で僕をにらみつけると、ゆっくりと、のっしりと、僕の目の前まで近づいた。


 そして――頭を地面にすりつける。




「今朝は無礼なことをして申し訳なかったッ!」




 ……土下座までして謝られると、それはそれで困るなあ。




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[良い点] 7/7 ・まさかの初手 DO☆GE☆ZA [気になる点] あ"~ 殺伐フラグが盛られていく~ [一言] イヤッホオォぉウウ!
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