064 情け無用のホロウアームズ
「こっちじゃ」
ギルドから出たゲニウスは、動きだけ幼い少女のまま、キルリスとカウリィを先導する。
「おいジジイ、あたしラどこに連レテかれるンダ」
「ジジイではない、きゃるるんキュートなゲニウスちゃんと呼べ!」
ぷくっ、と頬を膨らまして怒るゲニウス。
キルリスは露骨にイラッとした顔を見せた。
「ゲニウスはいいんだ……」
「ドコにキュートの欠片がアンだよ。テメーよりカウリィのホウガまーだかわいいゾ」
「嬉しくない比較」
「ふん、わからんのかこの体の良さが。大きなおめめ! 柔らかそうなほっぺ! こぶりな鼻! 花びらのように可憐な唇! ちっちゃい身長! 感動的なほどの絶壁! そしてもちもちの太もも!」
「変態じゃネーカ」
「変態でなければ研究者などやってられんわっ!」
「開き直った……」
「つかヨオ、ゲニウスその体……なーンカ誰かに似てネェか」
「そうか?」
「アア、あたしには顔あタリが、おめーの娘ニ似テルように見える」
「……は? 娘? 娘とかいんのこの変態マッドサイエンティストに!? しかもその娘と似た体を!?」
「実の娘ジャねーケドな」
ここまで露骨に引いてきたカウリィだが、彼女はさらに引いた。
しかしゲニウスは堂々としている。
「キルリス、お前は一つ勘違いをしておる」
「よかった、ちゃんとした理由があるんだ……」
「ホー、聞かセテくれヨ」
「ワシは最初から、コピーを作るためにあの娘を拾ったのじゃ。似るのは当然じゃろ」
「さらに開き直ってるぅーっ!」
思わず叫ぶカウリィ。
通行人が怪訝な目で彼女を見た。
「ねえねえキルリス、あの人大丈夫なわけ?」
「腕は確かダ。何たって、元十悪だからナ」
「でも元って……何か問題を起こしたんじゃ。あの変態性ゆえに」
「かもナ、あの変態性ゆえニ」
「聞こえておるぞ。ワシはただ、あの娘に地位を譲っただけじゃ」
「ヘエ、ラーニュが十五歳なノニNo.Ⅶになったノハ、そうイウ理由だったのカ」
知らない名前に、カウリィは首をかしげる。
「ラーニュ? それが娘さんの名前?」
「あア、ラーニュ・インゲーナム。No.Ⅶ“博士”。確か今ハ――」
「五年前から国外におる。ヴェルガドーレの指示でな」
「黒の王蛇って、そんなところにまで勢力を伸ばしてたのね」
「No.Ⅵもダッタよな」
「あっちはオルドゥ王国じゃな」
「あア、オルドゥなノカ」
「キルリスの出身地、だっけ」
「一応ナ」
「ラーニュはレリジオ王国に派遣されておる」
「五年も娘さんと離れ離れじゃ寂しいんじゃないの?」
「連絡は取っておるよ。それに、あやつとワシは何だかんだで似ておるらしいからな。研究に没頭すれば、五年なんぞあっという間よ」
「……この人に似た娘さんかぁ」
「ロクな人間にハ育たネエよナ」
そう思わずにはいられないし、言わずにもいられない。
「お前らなあ……ワシは年上じゃぞ? 敬う気持ちは無いのか!?」
「さっきは子供扱いしてほしがってたのに……」
「都合よく使い分けるに決まっておろうが!」
「ねえキルリス、この人すっごい開き直ってくるんだけど」
「自分の間違イヲ認めナイタイプの人間だかラナ」
一番相手にしたくないタイプだった。
そんな無駄話をしているうちに、一行は路地の行き止まりにたどり着く。
「さて。ここが、ワシの秘密ラボの入り口じゃ」
ゲニウスが壁に手を触れると、形状が変化し、扉が現れた。
「おぉ……すごいカムフラージュ」
「さスガに手が込んでるナ。表の施設はフェイク、こっチガ本命ッテわけカ」
「それは違う。こっちはワシの個人的な持ち物なのじゃよ。組織には知られたくない研究は、もっぱらこっちでやっておる」
奥にある階段を下っていく三人。
「よくヘンリーにバレなかったね。風の流れとかで気づかれそうだけど」
「魔力を遮断する障壁を設置しておるからの。気づけぬよ、魔法に頼っておる限りは」
「そンナことデキるのか」
「できるようにした。ワシがな」
振り向き、親指で自らを指してドヤ顔を見せるゲニウス。
二人は率直に、イラッとしていた。
そんなリアクションなどお構いなしに、ゲニウスは鼻歌を歌いながら階段を下っていくと、新たな扉が現れる。
彼女は扉に指先で模様を描く。
するとその通りに軌跡が輝き、カチッと解錠され、自動で扉が開いた。
そこには薬品の匂いが漂う、実験器具と本棚、それと謎のボタンだらけの装置が大量に置かれた部屋があった。
「ふぅ……やはりここにいるときが一番落ち着くのう」
ゲニウスはかけられていた白衣をダボダボに羽織ると、椅子に飛び座った。
カウリィとキルリスは、周囲を観察する。
「すっごくお金かかってそうな建物……」
「ホントに個人の持ち物ナノかよ」
「好きなところに座ってよいぞ。金はヴェルガドーレに出してもらった。つまり正確には、個人の持ち物というより、“反魔薬派”の持ち物ということになるのう」
二人は適当な椅子に腰掛けると、会話を続ける。
「ヴェルガドーレって……黒の王蛇のトップじゃないっけ」
「おいゲニウス、反魔薬派を支援してタノは、ヴェルガドーレだったノカ?」
「最初だけじゃ。金を出すだけ出し、No.ⅥとNo.Ⅶを他国に送り出して、そこであやつは力尽きたのだろうな」
「力尽きた……?」
「……明言は避ける。正直、ワシも奴がどうなっておるかはわからん。ただ一つの事実として、ヤツは四年前を境に人が変わってしまった。魔薬などというものをマリストール領に広め、金を稼ぐようになってしまったのじゃ」
それはキルリスが以前言っていたことでもある。
ヴェルガドーレは別人のように変わり、それと同時に魔薬が広まった。
魔薬の影響なのか、それとも――
「ヴェルガドーレは自分がソウなることヲ知ってたンだナ」
「うむ、“その時”のために準備を進めておったようじゃ。エージェントBが黒の王蛇に呼ばれたのも、そのためじゃろうな」
「さっきモ言ってたナ、BダノFだのッテ。誰ナンだよ、それは」
「今の十悪No.Ⅴをキルリスは知っておるか?」
「イヤ、知らナイ。少し前ニ入れ替わったラシイな」
「現在のNo.Ⅴは“執事”ベアトリスじゃ。ひょっとすると、名前ぐらいは知っておるかもしれんが――」
ゲニウスの口から出た意外な名前に、思わずキルリスとカウリィは声を揃える。
「クリスの師匠ジャねえカ!」
「クリスさんのお師匠さんっ!」
その圧に若干のけぞるゲニウス。
「お、おう……二人とも知っておったのか。そうじゃ、クリス・ティヴォーティの師匠である、かの“英雄”と呼ばれた執事じゃな」
「あれ……ゲニウスさんって、クリスさんのことも知ってるの?」
「ベアトリスから聞いておったよ、筋のいい“執事”がいるとな。あやつなら力を使いこなすこともできよう」
「力……?」
「あー、待ってキルリス。そこ突っ込まれると、私が話についていけないかも」
「ふむ、たしかに情報量が多すぎるかもしれんな。では今日に至るまでの経緯を、ワシが順序立てて話そう」
おそらく現時点で、一連の“事件”に関わった最年長の人間として――ゲニウスは丁寧に語る。
「話はおよそ二十年前まで遡る。当時、フォイレオンタム帝国は、周囲に片っ端から宣戦布告をしておった。その戦争に巻き込まれたオルドゥ王国は、最終的に四人の英雄の力により勝利した」
「無限貌だけじゃなくて?」
「やつもその一人じゃが、正確には無限貌、スクルド、ベアトリス、ヴェルガドーレ――この四人が協力して、帝国を打ち倒したのじゃ」
「ベアトリスさんも、ヴェルガドーレも、そんなに有名人だったんだ……」
「知名度ハ全部無限貌ニ持ってかレたみたいダケどな」
「一番派手に活躍したのが無限貌じゃからのう。しかしその後、無限貌は姿を消した。スクルドはベアトリスを恋人兼執事として迎え、共に穏やかに過ごした。一方で失恋したヴェルガドーレは黒の王蛇を立ち上げた」
「ちょいちょい気になる情報があったんだけど……」
「ヴェルガドーレってスクルドってヤツに惚れてタノカ」
「ふぉふぉふぉ、若さというやつよのお。まあ、その後も付き合いは続いておったらしいがの。そして、それから十年後――」
ゲニウスが時間を飛ばそうとしたところで、
「待テ、ゲニウス。間に一個出来事が挟まッテル」
キルリスがそれを止めた。
童女は首をかしげる。
「む?」
「クリスだ。あいつガ薬を飲まさレタのが十年前ダ」
「おお……そうか、ベアトリスがそのようなことも言っておったな」
「つまりその時点ですでに、魔薬は存在したということなのね」
「そういうことになる。そしてそれから二年後、スクルドは魔法の実験中に事故死した。しかしこれは表向きの原因に過ぎん。実際のところ、スクルドはそれより以前から、無限貌の動向を怪しんでおったらしい」
「無限貌に殺されたってこと!?」
「知られチャまずイことを知らレタ……まサカ……」
「それが魔薬のことかは、まだ確証が持てぬ。それから五年後――ヴェルガドーレは、己の命の危機を察し、動き出した。そして翌年、黒の王蛇は魔薬の生産および販売を開始する」
「いや、この流れだとどう考えても――」
「カウリィ、とりあエズ、ゲニウスの話を聞クぞ」
「う、うん……」
キルリスも、カウリィと同じことを考えた。
だが、これは自分たちで話を繋げているからこそ、そう思えるだけで、間違いないと言い切れるだけの証拠はまだ無い。
「その際、さすがに危険な薬だということに気づいたのか、組織を抜け出したがる男が現れた。彼は研究員としては優秀じゃったから、秘密裏に、我々反魔薬派に協力することになったというわけじゃ。これがエージェントFじゃな」
「誰ナンダそれハ」
「言っても知らんじゃろ」
そう言い切るゲニウスだが、一人だけ、カウリィには心当たりがあった。
「もしかして……兄さんなの? フレップ・リンベリーっていうんだけど。あ、でも名前は変わってるかもしれなくて……」
その発言に、ゲニウスは驚く。
「お前、フレップの妹じゃったのか!?」
「やっぱりそうなんだ! 兄さん、そんなところで……!」
「そリャ手紙ぐらいシカ送れないワケだ」
「普段はニールという偽名を使っておるからなあ。まあ、フレップだろうがニールだろうが、顔を知っているやつが少ないからあまり意味がないんじゃがな」
「ニール……カ」
「キルリス、知っておるのか?」
「あア、いや。同じ名前ノ知り合イがいるダケだ」
「そうか。まあ、ありふれた名前ではあるからのう。カウリィ、じゃったか。お前は兄と会いたいと思うか?」
「……無理にとは言わないけど。でも、会いたくないって言ったら嘘になる、かな」
カウリィははにかみながら、どこから誰が見ても嬉しそうにそう言った。
「シシシッ」
「な、何で笑うのよっ!」
「素直じゃネーナ、と思ってナ」
「なっ、違うっての! 手紙貰ってたから寂しくないだけ!」
「ふぉふぉふぉ、家族愛じゃのう」
「ゲニウスさんまで茶化さないの!」
思わず声を荒らげるカウリィだが、むしろ墓穴を掘る結果になった。
「もう、いいから話を進めてっ!」
「わかったわかった。では話を戻すぞ」
笑っていたゲニウスは、改めて真剣な表情に戻る、
「そして三年前、ヴェルガドーレが送ったらしい手紙が、ようやくベアトリスの手元に届き、彼女も組織に合流した。それから我々は、“やがて来たる危機”に備え、魔法に変わる武力を得るべく研究を進めてきたのじゃ」
「ようヤク本題らしいナ」
「魔力を遮断する力ってやつね」
「元々、その理論はワシが仮説を立てていたものでな。いずれワシが一人で研究を進め、発表するつもりだったんじゃが……思ったより時間がなかった。そこでしぶしぶ、娘やその他の研究者、そして武人として優れるベアトリスの力を借りることにした。その結果、ワシらはついに発見したのじゃ」
よほど自信があるのか、ゲニウスはしたり顔で言い放つ。
「虚と呼ばれる、神秘をな」
「……えっと」
「それダケ聞かさレテもよくわかラン」
「どのような力かは、言葉で説明するより体験してもらったほうが早かろう。こちらに来るがよい」
ゲニウスに案内され、カウリィとキルリスはさらに施設の奥へ。
そこは先ほどいた実験室よりもさらに広く――というより、長い部屋だった。
手前にはテーブル、奥には的らしき板。
カウリィはテーブルの上に置かれたものに視線を向ける。
「これは……銃?」
それは魔力がすべての世界になってからは、廃れた武器であった。
「ホロウリボルバー。どちらか銃の扱いが得意なほうが持つがよい」
「カッコつけた名前ダナァ。なあ、カウリィは【射手】だッタよナ」
「まあ、一応。でも中位スキルまでしか使えないよ?」
「撃てれば十分じゃ。握って、あの的を狙うがよい」
言われるがまま、銃を手に取るカウリィ。
装弾数は六発。
弾丸の大きさは一般的な銃と変わらない。
しかし銃そのもののサイズは大きく、筒の手前に、普通はない膨らみのようなものがあった。
もちろん大きい分、重量もそれなりにある。
ただし【射手】ならば、一部のパッシブスキルでその重量や反動を緩和することが可能であった。
だから彼女は、片手でそれを構え、銃口を的に向ける。
「的は、両側に設置された魔石から発される、魔力障壁で守られておる」
「普通の銃ジャ、傷一つ付けられネーな」
「しかし、この武器を使えば――」
そしてカウリィは、引き金を引いた。
「……っ!」
タァンッ――放たれた銃弾は、真っ直ぐに的の中央に向かって飛んでいく。
しかし命中の直前で、魔力障壁に阻まれた。
通常ならばここで弾かれ、傷一つ与えられない。
だがその銃弾は、障壁を貫いて、さらには奥にある板を粉々に砕いた。
「魔力障壁は、まるで紙のように破れてしまう」
「す、すごい……威力も、普通の銃より……」
「こりゃ驚イタな」
感心する二人を見て、満足げにうなずくゲニウス。
「これが“虚”じゃ」
「でも、こんな力が、この銃の一体どこに?」
「カウリィよ、魔力とはどこにあるものかわかるか?」
「それは、魔法使いの体の中とか、魔石の中とか……」
「しかし、魔法使いどもは大気中にバンバン魔法を放つはずじゃ。その魔力はどこへゆく?」
「えっと……それは……」
「大気中を彷徨ッテ、地面に染み込ムト、そノうち魔石にナルとか言われてるヨナ」
「それでも人間は寝れば魔力が回復するというのに、魔石は貴重なまま。計算が合わんじゃろ」
「確かにそうかも……」
「魔力が維持できる空間は限られておる。これまでそれは、“魔力の性質”だと考えられておった。だが、実際は違う。魔力がそこに留まろうとするとき、そこには“魔力をそこに押し留める力”が発生しておるのじゃよ」
「ややこシイな」
「まだ突っ込んだ話はしておらんぞ。要はその力というものは、魔力と相反するもの……しかしこれまでは観測できず、エネルギーとして使用するという発想すら人類はしてこなかった」
そこまで言って、ゲニウスは近くにあった椅子に飛び乗り、ポーズを取る。
「その方法を! ワシが思いついたというわけじゃ!」
「自慢したいだけじゃん……」
「そしてその理論を用いて作られた武器が、この“虚空武装”! 誰でも魔力障壁を破壊できる、夢のような武器じゃ」
そう言ってゲニウスが指した壁には、銃のみならず、剣や斧、見たことのない形状のものまで、様々な武器が並んでいた。
このすべてが、魔力障壁を突破可能な武器だというのなら――
「魔法使いの時代は終わる」
「世界のパワーバランスハ一変スルな」
それが人を平和に導くか、あるいは新たな戦乱に導くかは未知だ。
しかし、間違いなく人々は、希望を求めてこの武器に飛びつくだろう。
「くくく、どうじゃ、素晴らしいじゃろう? この武器を使えば、キルリスどころか、カウリィでも“十悪”に勝利することができるかもしれんぞ」
それは紛れもなく、キルリスたちが欲していた“力”の最適解であった。
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