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063 ハイパーインテリジェンスロリータクソジジイ

 



 リザード車に揺られること一日弱、キルリスとカウリィはフォーレスという街にたどり着いていた。


 台車から降りるなり、キルリスは鼻を鳴らす。




「匂う?」


「血ノ匂いダ。時間が経っテル。こりゃ手遅れダナ」


「……やっぱそうだよねぇ」




 キルリスは右腕を失い、その治療のため、メイリアの村で足止めも食らっている。


 十悪の一人、ヘンリーのほうが圧倒的に早くこの街に到着しているはずだ。


 キルリスたちが間に合うはずもなく、だがそれは承知の上である。


 それでも生存者がいることを祈って――まずはギルドを訪れる。


 受付は珍しく男性だった。


 細身の、清潔感のある男だったが、表情には疲れが浮かんでいる。




「ようこそいらっしゃいました、フォーレスのギル――ド、へ」




 彼はキルリスの背負ったむき出しの斧を見て、ぎょっとした表情を浮かべた。


 だがすぐに営業スマイルに戻る。


 単純に、そう屈強には見えない女性には似合わぬ、あまりに無骨な武器に驚いた部分もあったのだろうが――男が驚いたのには、もうひとつ、別の理由があった。


 視線の動きで、キルリスはそれを理解する。


 彼女はどすん、とカウンターに肘を乗せると、笑いながら言った。




「どーも。お前、あたしガ黒の王蛇だッテわかってんダロ?」


「え、何で急にそんな話を?」




 戸惑うのはカウリィ一人のみ。


 男はため息をついて応える。




「はぁ……ええ、まあ。顔つきや、目つきで、そうではないかと」


「え、えぇ……本当にわかっちゃうのぉ……?」


「シシシッ、ギルドの受付ニ慣れるトそーゆーコトもできるらシイぞ。だが安心シロ、あたしラは殺った(・・・)連中の仲間ジャない。逆ダ」




 キルリスはこの街で惨撃が起きたことを前提に会話を進める。




「それなら……いいのですが」




 男は疑い半分、信用半分といったところだ。




「ま、話ガできルならそれでイイ。で、この街で何人死んだンダ?」


「確認できているだけで三十人です。黒の王蛇の構成員だけでなく、一般人も含みます。もっとも、被害者は全員、顔も骨格も確認できない状態になっていましたので、実態はまだ掴めていませんが」


「それって……内臓だけ残されてたとか、そういうこと?」


「ご存知でしたか。ええ、魔法で肉と骨だけ吹き飛ばされていました」


「ヘンリーの仕業ダナ」


「犯人はヘンリーというのですか?」


「ああ、黒ノ王蛇のお偉い幹部ダよ。反魔薬派に属スル幹部を片っ端から殺シテやがるンダ」


「ということは、やはり狙いは……」


「ゲニウスのジジイだろーナ」




 聞き慣れない言葉に、カウリィが首をかしげる。




「ゲニウス?」


「この街にいた、黒の王蛇の幹部の名前です。偏屈なおじいさんで、黒の王蛇が所有する施設にこもっては何かを開発していたらしいんですが、特に街で悪さはしない人でした」


「自分の研究サエできりゃいいヤツだからナ」


「変わってるのね」


「元々十悪の一人デナ、“博士”って呼ばれテタらしい」


「研究者っぽいのに、魔薬には反対してたの?」


「詳しくは知ラン。あたしも、以前は積極的に魔薬潰すタメに動いテタわけじゃネェからナ」


「あれ、そうだったんだ。てっきり前からそうだったのかと」


「ティンマリスで仲間がやらレタ。薬のセイで、魔物にナッテな」


「そっか……大変だったんだね」


「だかラ、ゲニウスと顔を合わセタのは何回カだケだ。その記憶が正しケレバ、あいつハ『ワシの作った研究物ならともかく、どこの馬の骨かも知らんやつが作った薬が組織で重用されるのは許せん』って感じの人間ダナ」


「う、うわぁ……」




 想像以上の偏屈さに、カウリィの頬がひきつる。


 同時に、その男が元とはいえ、十悪に属していた理由もわかったような気がした。




「ところで、先ほどからおっしゃっている魔薬というのは……最近広まっているという違法薬物のことですか?」


「あア、あたしラは魔薬をぶっ潰すタメに動いテル。ゲニウスがいたカラ、このあたりジャそこマデ広マラナかったみタイだな」


「周辺の街で使用者が増えていると噂には聞いていましたが、まさかそれが彼のおかげだったとは。となると、ますます彼が死んでしまったのは残念です……生き残りもたった一人だけですし……」


「一人って誰なの?」


「十歳にも満たない、小さな女の子です。施設の中で見つかったのですが、うまく隠れられたらしく一人だけ無傷だったんですよ」


「黒の王蛇の関係者ナノか?」


「その可能性が高いのですが……本人は記憶がないと言っていて」




 キルリスは左手を顎に当てて考え込む。


 だが十歳にも満たない子供の知り合いなどほとんどいない。


 それも黒の王蛇の関係者となると――しかし今や、ここに残った手がかりはその少女のみ。




「キルリス、どうするの?」


「何もしナイよりは試スべきダナ……なア、よかッタらそのガキに会わセテもらえナイか?」


「……ガキ、ですか」


「ガラ悪ぅ……」


「取り繕っッテモしかたネーだろ。あたしはこうイウ人間ダ。ダガ、無関係のガキに手出しするホド悪趣味じゃあナイ」


「私と、もうひとり冒険者を見張りにつけても?」


「構わネエよ。何もシネエからナ」




 それでも男は不安げにしている。


 だが、彼としても、少女の存在は気になるところであった。


 現状、死者の身元確認は進んでいないものの、少なくとも少女の年齢と一致するような人間が行方知れずという報告は受けていない。


 もちろん黒の王蛇の施設にも、そのような少女がいたという情報はない。


 一体彼女はどこから現れたのか――なんとなく、それが鍵を握っているような気がしていたのだ。




 ◇◇◇




 ギルドの奥にある、休憩室。


 ベッドも置かれたその部屋に、少女はいた。


 事務員が持ってきた玩具で遊ぶ様は、八歳というには幼すぎるようにも思えた。


 キルリスとカウリィは、ギルドの男と冒険者とともに部屋に入る。




「あれカ……名前ハ?」


「ジーナと名乗っています」




 キルリスは足早にジーナに歩み寄り、しゃがんで視線を合わせる。


 少女は首をかしげ、目つきの悪い彼女を見つめた。




「お姉さんは誰なのお?」


「キルリスだ。お前、一人ダケ生き残ったラシイな」


「うんっ、そうなんだ! わたしねっ、妖精さんが守ってくれたの!」


「妖精……?」


「お羽でパタパタ、お目々がキラキラっ、きれいなドレスをひらひらさせて、空を飛んでる妖精さんっ」


「……そうカ」


「わたし、元々妖精の国から来たお姫様だからっ、ピンチになるとみんなが飛んできて、えいっ、やぁって守ってくれるんだ!」


「そ、そうカ……」


「いつかわたしの背中にもきれいな翼が生えて、妖精の国の王女様としてりっぱになるの!」


「……」




 あまりにメルヘンチックな世界観に、キルリスの目が徐々に死んでいく。




「あざとい子だなぁ……」




 離れて見ていたカウリィも苦笑いを浮かべる。


 すると男がこう補足した。




「救出されてからずっとあの様子でして。正直、心が病んでいるのではないかとも思ったのですが、どうやらあれが素のようです」


「ずっと? ずっとってことは、助けられてからすぐもあれだったの?」


「ええ、変わりません。目の前で人が死んでようが、周囲が血の海だろうが」




 その話を聞いて、改めてジーナを見つめるカウリィ。




「妖精さんはね、心がきれいじゃないとみえないの! でも人間はみんな心が汚れてるから……もうわたしにしか見えないんだって。だからわたしが王女様になるんだっ!」


「ヘー、そうナノかー」


「でもおねえさんもかわいい目をしてるっ! あ、そうだ! このティアラをあげる! きっとこれを付ければ……ほらっ、似合ってる! お姫様みたーい! かわいいー! こっちのリボンもつけてあげる! あとこのブローチも!」


「ソウかー……」




 弄ばれ、どんどん飾り付けられていくキルリス。


 今のカウリィには、彼女がどうしようもなく憐れに見えた。




「んふふっ、おねえさんかわいくなったね♪ でもね、妖精さんだけじゃなくて、どんなものにもきれいになる“しかく”があるの。お空も、お星さまも、人間も、死体も、ここにある“空間”だって! 着飾ればきっとみんなきれい! みんな素敵っ!」




 両手を広げてくるくる回るジーナ。


 するとそのとき、キルリスの目つきが変わった。




「あ、やば――」




 カウリィが止めに入るよりも早く、彼女の腕がジーナに伸び、胸ぐらを掴む。


 そして軽々と少女の体を持ち上げた。




「ひゃんっ!?」


「キルリスさん、あなたはっ!」


「それはまずいって、キルリス!」


「待テヨ、別に殺ソウってワケじゃネエ」


「ですが相手は幼い少女ですよ!?」


「見えるノカ?」


「は……?」


「こいツが、純粋なガキに見エルのかッテ言ってンダ」


「そんなのは一目瞭然じゃないですか!」


「ソノ割には、疑っテルみたいダガ?」


「そ、それは……」




 たじろぐ男。


 護衛の冒険者も、彼のその反応を見てキルリスに手を出せない。


 一方で持ち上げられたジーナは、じたばたと手足を動かしながら、唇を尖らせ、相変わらずあざとい口調でこう言った。




「やめてっ、離してっ! わたしにひどいことしたら、妖精さんたちがえいっ! えいっ! って叩きに来るんだから! 妖精さん、怒ると怖いんだからねっ! ぷんぷんっ!」


「ハッ、そうカイ。ナラ――」




 キルリスはジーナの体を高く持ち上げ、そして――




「嘘でしょ、キルリスっ!?」


「いけない――冒険者さん、彼女を止めてください!」


「止めてミロよ、妖精さんよぉオオッ!」




 思い切り、床に向かって叩きつけた。


 軽い体はあっさりと、抵抗もできずに頭から落ちていき――接触寸前、するりと腕を掴んでキルリスの拘束から脱出。


 くるくると空中で数回転して、見事キルリスの背後に着地した。


 キルリスに斬りかかった冒険者も、剣を振り上げた体勢で止まる。




「シシシッ、見てのトーリだヨ」




 キルリスは白い歯をむき出しにして笑い、ジーナと名乗る少女のほうを振り向く。


 そして彼女に真っ直ぐに人差し指を向け、その正体を看破した。




「こイツは無関係のガキなんかジャねえ。黒の王者幹部、元十悪No.Ⅶ――“博士”ゲニウス・インゲーナム本人ダ」


「い、いや……ゲニウスって、おじいちゃんって言ってたじゃない!」




 カウリィの言葉に同調するように、ジーナは胸の前で両手を重ね、目をうるませながら訴える。




「そうだよお、わたしの名前はジーナ。妖精の国の王女様候補で、きらきらトゥインクル八歳児だよぉ! ゲニウスなんてむさくるしいひげもじゃもじゃおじいさんなんて知らないっ!」


「なぜ、ゲニウスさんが髭もじゃもじゃのおじいさんだと知っているのですか?」


「チッ」


「うわ、めちゃくちゃ邪悪な顔で舌打ちしたよこの子!?」




 垣間見えた本性に、カウリィは思わずドン引きする。




「ソーいやゲニウス、以前言っテタよなァ。『いつかワシは絶対に幼い子供の肉体を手に入れる』って」


「もしかしてゲニウスって人……病気か何かだったの?」


「研究者として、衰えゆく自分の体を悲観してそう思ったのかもしれませんね」


「いや、単純に『ワシも幼女になってキラキラしたドレスを着てお姫様ごっこしてみたい』ってダケだゾ」


「変態じゃんこいつ!?」


「ぐぬぬうぅ……黙って聞いておれば、変態だの何だのと好き勝手言いおってからにッ!」


「口調が変わった!」


「本当にゲニウスさんだったんですか!?」


「やーット正体を現したかクソジジイ」




 口調のみならず、表情も童女に似合わぬ老獪(ろうかい)としたものに一変する。




「よいかおぬしら、確かにワシは自らの欲望を満たすためにこの幼い子供の体を作り上げ、脳を移植した! しかし考えてもみよ!」


「他にも何か重要な理由があるっていうの……?」


「人間誰しも一度ぐらいは、美少女に生まれ変わってみたいと思うものじゃろう!?」


「やっぱり変態じゃん!」


「黙れ美少女メイドッ! お主のようなナチュラルボーン美少女にはワシの悩みなどわからんわッ!」


「しかもめっちゃ敵視されてる!?」


「それにな、一応言っておくが、ワシがこうして生き残れたのはこの体のおかげじゃぞ? ヘンリーめ、“昔の体”を破壊しただけでワシを殺したと思い込んでおるからのう。愚かなやつじゃ!」




 あまりに先ほどまでとギャップのありすぎる言動に、ギルドの男は口を半開きにしたまま固まっている。


 巻き込まれた冒険者もおろおろしていた。




「……ま、コンナ感じノ偏屈クソジジイがゲニウスだ」


「は、はあ……またすごいの出てきたわね」


「コレぐらいじゃネーと十悪は務まらナイってコッタな。なにはトモアレ、あんたガ生き残っテテ何よりダ」


「まあな。ワシも、まさかキルリスが生き残っておるとは思わなんだ。しかし他は全滅、残ったのはワシとエージェントB、そしてFぐらいのものじゃな」


「F? B? 何のコトだよソレ」


「説明はワシの秘密研究所でやる。ついてくるがよい」




 ゲニウスは無駄にきゃぴきゃぴした歩き方で、部屋から出ていく。


 ギルドの事務員には、一応「世話になったな」と礼を告げて。




「キルリス、ついていくの……?」


「行くしかネーだロ」


「だよねー……」




 体力を使い果たしたカウリィはとぼとぼと、キルリスと一緒にゲニウスの背中を追った。




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[良い点] 64/64 ・博士すげぇぇぇ!!! ・博士の可能性を見た。 [気になる点] TSロリジジイの運命は如何に?
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