006 他力本願でいこう
「それでは、早速ギルドに出発です!」
翌朝、僕らは朝一で宿を出て、冒険者ギルドに向かう。
昨晩は不機嫌だったキャミィだけど、すっかり元通りに戻ったようで、元気すぎるほど元気に、ぴょこぴょこ飛び跳ねて僕の前を歩く。
「冒険者登録、かぁ。キャミィに魔物の素材を買い取ってもらえるなら、別に登録しなくてもいいかなって思ったんだけど」
「チッチッチッ、わかってないですねぇ、クリスさんは。ただの無職の暗殺者がそこらを歩いてるより、冒険者やってたほうが信用されるじゃないですか」
「身元確認用ってことか」
「私としても、クリスさんが名のある冒険者になってもらったほうが、商人として箔が付きますし」
「なるほどね。もしかして、冒険者のほうが情報手に入りやすかったりするのかな?」
「情報って、何のですか?」
「色々。犯罪とか」
「んー、そうですね。ある程度は冒険者仲間から噂で聞けたりするんじゃないですかね」
「そっか、それなら是非とも登録しないと」
「はい、ぜひぜひです!」
屋敷から飛び出してきて、後ろ盾がない僕だ。
冒険者の肩書きは、多少の制限を僕に課すかもしれないけれど、それ以上の利益があると判断した。
「たのもー!」
「それ道場破りだよね……」
キャミィは相変わらずハイテンションっぷりだ。
けれどギルドの受付さんもそれに動じない。
たぶん顔見知りで、いつもこんな調子なんだろう。
「おはようございます、フィスさん」
キャミィが近づくと、フィスと呼ばれた受付嬢は柔らかくにこりと笑った。
「あらキャミィじゃない。聞いたわよ、昨日は大きなグリフォンを持ち帰ってきたそうね」
「へへーん、おかげで財布が潤ってしかたありません」
自慢気にキャミィは胸を張る。
「それは何よりね、バンバン使って、街にお金を落としてくれると嬉しいわ。ところで、そちらのかっこいいお兄さんは?」
「お兄さん……やっぱり気づかないですよねぇ……」
キャミィは僕のほうを見てニヤニヤと笑う。
その表情は、何かを企んでいるようにも見えた。
自分だけが騙されたことが、よっぽど気に食わなかったのだろう。
別に僕は騙してたつもりなんてないんだけどな。
「いえいえ、こちらのお兄さんはクリスさんといいまして。実は昨日、グリフォンを倒したのがこのかたなんです」
「えぇっ、つまりまだ登録もしてない魔法使いってこと? すごいじゃない、かなり珍しいわよ!」
思っていたよりも、フィスさんのリアクションは大きい。
キャミィが大げさなだけかと思ったけど、この様子を見るに、フリーの魔法使いというのは相当にレアな存在らしい。
そう言われると、もう少し自分を高く売ってもよかったかなあ、なんて思ってしまう。
口に出したら、キャミィが涙目になっちゃいそうだけど……いや別に、それを見たかったわけじゃないよ?
「……ふっふっふっふ。まあ、とにかく冒険者登録をお願いします」
「ん……? わかったわ、それならこの書類に記入をお願い。名前と年齢、あと性別と職業ね」
フィスさんはそう言って、僕の前に書類を差し出した。
想像よりも記入事項は少ない。
「それだけでいいの?」
「冒険者なんて根無し草みたいなものだもの。特定の住居だとか、職歴だとか、そんなものは関係ないわ」
「それはありがたいです。じゃあ、記入させてもらいます、っと」
こうやって自分の名前を書くなんて、いつ以来だろう。
年齢はともかく、下の名前なんてめったに使わないから、自分で書いてて『ああ、そういうえばこんな名前だったな』と思ってしまう始末だ。
「クリス・ティヴォーティ、18歳。性別は……女……えっ、お、女?」
「女なんですよ、この見てくれで。罪深いでしょ?」
したり顔のキャミィ。
この子はすーぐ調子に乗るんだからさ。
けれどフィスはすぐに微笑むと、なぜか妖艶な表情で僕を見た。
「……アリね」
ゾワッ、と背筋に寒いものが走る。
ちょうど、捕食される寸前の獣がこんな気分かもしれない。
「何がですかフィスさんっ、クリスさんは渡しませんからね!?」
「まず僕はキャミィのものじゃないよ」
「契約したじゃないですかぁ!」
「それはしたけども……契約ってそこまで僕の人生を縛るものだったの?」
「ふふふ、冗談よ。でも、いかにも女の子にモテそうな顔をしてるわ、きっと今までも沢山遊んできたんでしょうね」
「よしてくださいよ、僕はそんなんじゃありませんから」
「そうです、クリスさんは一途なんです」
「そしてその相手はキャミィちゃんじゃない、と。うわー、同情しちゃうー」
「変な察しの良さを発揮しなくていいんです! あと別に私はクリスさんのこと何とも思ってませんからねぇ!?」
「あらあらー、照れ隠しよこれ」
「困りましたね……」
「クリスさんも乗っかるんじゃねーですよ!」
キャミィは顔を真っ赤にして反論した。
威嚇する小動物みたいでかわいいと思った。
また見たい。
「あら、職業は【暗殺者】……?」
「くっくっくっく……」
「キャミィちゃん、悪い顔をしてるけど、はっきり言って、物理職に冒険者をやるのは無理よ」
フィスさんは諭すように、僕とキャミィに語りかけた。
「魔物に一切の攻撃が通用しないんだもの。習得できる最下級魔法を使えば、雑魚ぐらいは倒せるでしょうけど……一定期間内に、一定数以上の魔物を倒さなければ、冒険者の資格は剥奪されるわ。その後、ペナルティで一年は再取得ができないの。わかってる?」
「心配は御無用。言ったじゃないですか、クリスさんはあのグリフォンを倒したんだって」
「そういえば……でも、どうやってそんなことを?」
「そこはトップシークレットです。ね、クリスさん?」
「僕は魔法と物理職のスキルを組み合わせ――」
「普通に語ろうとしてるー!?」
別に隠すようなことじゃないし。
「ダメですよクリスさん、謎は多いほうがいいんですから!」
「何のために?」
「契約したからにはしっかりプロデュースもさせてもらいます!」
「プロデュース……?」
「んふふふ、厄介な子に捕まっちゃったわね、クリスちゃん」
そう言いながら、フィスさんは実に楽しそうに笑った。
まあ、僕もキャミィといると退屈しないから、別にいいんだけどさ。
「それじゃあ登録するわね。冒険者は実績がすべてだもの、倒せば上も認めてくれるでしょう」
話がわかる人でよかった。
場合によっては、【暗殺者】って聞いただけでつまみ出される可能性も考えていたから。
話を聞いていたのか、周囲の冒険者の目は、少し痛いけどね。
でも構いやしない。
別に僕は、彼らのために冒険者になるわけじゃないんだから。
「はい、これが冒険者証」
手続きが終わると、フィスは薄めの板きれを僕に渡した。
見た目よりも少し重く、表面は金属めいて冷たい。
「カードか何かだと思ってましたけど……板なんですね」
試しに黒い面に触れると、冒険者ギルドのシンボルマークと、僕のプロフィールが表示された。
これ……魔力で駆動する魔道具だ。
魔力を生成できるのは、人間や魔物だけじゃない。
極稀に、鉱石も魔力を生み出すことがあって、そういうものは“魔石”と呼ばれ、非常に高価な値段で取引されると聞いたことがある。
たぶん、それを使って動いているんだと思う。
「クリスさん、都に魔導タワーがあるの知ってますよね。国全土に魔力波を飛ばしてるやつです」
「魔導通信網をつなげてるあれだよね」
「そうです。クリスさんが手に持ってるそれが、その通信用の端末も兼ねてるんですよ」
「えっ、こんな小さなものが? 通信端末って、もっと大きくて、お城とか貴族のお屋敷にしかなかったんじゃ……」
「最新式の通信端末が、テストも兼ねて冒険者に配られているの。まず、最初の画面が冒険者証としての機能ね」
フィスは実際に端末に触りながら、機能の説明を行う。
「他にも、冒険者同士で連絡を取り合うことができるし、魔物を倒した際に放出される魔力を感知して、討伐をカウントすることもできるわ」
「以前は魔物の一部を持ち帰らないとギルドから討伐の報酬はもらえなかったんですが、このおかげで、その手間が省けたというわけです。お給金も勝手に口座に振り込まれますよ」
「ハイテクだなぁ……僕が屋敷にいる間に、随分と世の中は進んでるんだね」
「ふふっ、お年寄りみたいなセリフね。でも、どの冒険者も似たような反応よ。私も最初に見たときはびっくりしたもの」
曰く、中に使われている魔石の量を最小限に抑えることで、個人所有が可能な値段まで抑えているらしい。
それでもまだまだ高価で、コストカットの余地があるとの話。
もちろんこれは配布ではなく貸与なので、冒険者の資格を失えば返却する必要がある。
「あとは……冒険者が受けられる恩恵の話ね。冒険者になったことで、ギルド内の施設を使ったり、街でのサービスが受けられるようになるの。併設された酒場を使ったり、武器の手入れもできるし、あとは魔物の生息地情報の売買も掲示板で行われてるわ。冒険者としてのランクが上がれば、割り引いてくれるお店もあるから、ぜひ利用してね」
ありがたい話だ。
けれど、冒険者って誰でもなれる一方で、ならず者も多いアウトローな職業だと思ってたから、“割引サービス”とか言われると急に所帯じみちゃうな。
一連の説明を受けて、僕たちはフィスさんに別れを告げてギルドを出た。
そして表に立ち、改めてギルドの看板を見上げる。
「冒険者って、依頼を受けて、それで報酬をもらったりもしてた記憶があるんだけど、今は完全に魔物を倒すための組織なんだね」
「国の方針でそうなりました。それだけ魔物の数が増えてるってことですよぉ、グリフォンだって以前は絶対に街道に現れることなんてなかったんですから」
どれだけ狩っても、魔物はどこからともなく現れる。
その数が増え、脅威が膨らむにつれて、魔法使いの地位もあがっていく。
世の流れとしては当然で、仕方のないことだけれど――できれば、戦うための魔法なんて必要ない世界が理想だと思う。
「さあさあ、そういうわけで、無事にクリスさんも冒険者になれたということで、早速狩りにでかけますか!」
ちょっぴりセンチメンタルになった僕とは違って、キャミィは相変わらず元気だ。
僕も彼女の元気にあてられて、自然と笑顔が浮かぶ。
「キャミィも一緒に来るの?」
「今回は私が魔物が現れる場所を教えてあげます。とはいえ、初心者向けの雑魚魔物がわらわら湧いてくる場所で、定番の場所なんですけどね」
「人も多そうだね」
「はい、なので安全です」
「初心者冒険者としては助かるかな。魔物を狩る感覚に慣れておきたいから」
「十分に慣れてません?」
「倒せるのと慣れるのとでは別だよ」
「そんなもんなんですかねぇ……私にはわからない世界です」
「ところで、雑魚だと素材とかも安いんじゃない? 稼ぎは大丈夫?」
「数は正義です。雑魚でも需要が高い素材は、そこそこの値段で売れますから。それも私がレクチャーしましょう。下手に大物を狙うよりも稼げたりするんですよ」
キャミィは、経験が浅いとは言え、すでに数年間は商人をやっている。
そんな彼女の知識は、屋敷やあの領内ぐらいしか知らない僕にとっては、非常にありがたいものだった。
歩いて街外れに向かう。
そんな僕らの目の前に、何者かが立ちはだかった。
「貴様ら、待て」
女性だが低めの声で、どすを聞かせてそう言い放つ。
髪は赤、顔には傷、目つきは悪く、体は大きめ。
無条件で相手に圧迫感を与える外見な上に、彼女は意図的に僕たちを睨みつけていた。
体には軽めの鎧を身につけ、槍を背負っている。
「誰……ってうひいぃぃっ!」
キャミィは即ビビって、僕の後ろに隠れた。
そして顔だけを出しながら、なぜか強気に言い放つ。
「すごい殺気です。あれ、人を百人ぐらい殺してる目ですよ。いきなりそんな殺気を向けてくるなんて……いいでしょう、相手をしてあげます。このクリスさんがッ!」
「他力本願……」
「ギルドでの話は聞いた。貴様、【暗殺者】らしいな」
僕らのやり取りを気にする様子もなく、女性はそう言った。
同時に背中の槍に手で触れる。
戦意が感じられる。
街中だっていうのに、見た目通り物騒な人だ。
「何か問題でもあるかな?」
「誰が冒険者になろうと自由だ。だが――」
槍を抜き――構える。
穂先は僕の胸に向かって向けられた。
まだ距離はあるものの、心臓のあたりにチリチリとした感覚がある。
本能が危機を伝えている。
おそらく、これだけ離れていても、相手は一瞬で僕の心臓を刺し貫くことができる――僕の体はそう思っているんだろう。
さらに、槍が白い空気を纏う。
あれは――冷気か。
「魔力を持たぬものが生きていけるほど甘い世界ではないと、教えてやろうと思ってな」
「ひえぇっ、中々の魔力です。おそらく冒険者ランクB相当はありますよおぉ! さすがにクリスさんでも危険な相手かもしれません、ここは逃げたほうがっ!」
僕が戦うのか逃げるのかどっちなんだか。
まったく、緊張感のない子だな。
おかげで僕も、リラックスして冷静でいられるんだけど。
「魔法使いなのに槍を構える……魔法の最大射程が短いタイプだね」
「ほう、知っているのか」
「何度か手合わせしたことがあるから。本来、武器に魔法を乗せたところで、魔法そのもの威力を増すことはできない。けれど、武器に乗せたほうが制御が容易い場合がある」
「そこまで知っているのなら、“射程が短い”ことが必ずしも弱さにつながらないことも知っているな」
「射程が短い分だけ、魔力が高い傾向にある。つまり――魔力障壁も硬い」
「そうだ。ここを通してほしくば、私の体に傷を付けてみろ!」
彼女は、『いつでもかかってこい』と言わんばかりに腰を落とし、柄を握る手に力を込めた。
そういう意図、か。
いよいよ来たなって感じだね。
忌避されるべき【暗殺者】が冒険者として成功した日には、納得できない人がいくらでも湧いて出てくるに違いないから。
悪いやつほど、早くあぶり出される。
この人が悪人かどうかはさておき――ここであっさりと、やられてやるつもりはない。
「風刃飛魚」
「ぬぅッ!?」
スキル[スカイフィッシュ]は、【暗殺者】が習得可能な投擲系スキルの中でも、かなり上位ものだ。
速度、威力ともに申し分なく、素人の動体視力では、僕が投げたナイフを視認することすらできない。
そして――槍を構えた彼女の頬に、ピッと浅い傷が刻まれる。
「あ、あれ? あっさり傷ついちゃいましたよ? あれだけ偉そうに言ってたのに一瞬で勝負ついちゃいましたけどー! ぷーくすくす! 私のクリスさんに手を出すからそうなるんですよ―! やーいやーい!」
「それじゃ、通らせてもらいますね」
「……」
女性はよほどショックだったのか、その場で立ち尽くしたまま、横を通り過ぎる僕らを止めることもなかった。
口だけはやたら強気なキャミィは、けれどやっぱり怖いのか、僕の服をぎゅっと掴んだまま隣を歩く。
少し歩きにくいな――なんて考えながら、僕はつぶやいた。
「あの人、結構すごいね」
「へ? どこがです? クリスさん、一撃で傷を負わせてたじゃないですか。ああいうやつ、よくいるんですよ。新人狩りっていうんですかね。相手が弱いから自分でも勝てるんじゃないかと思って、一方的に喧嘩を売ってくる腰抜けです!」
「僕はナイフを十本投げた」
「え、そんなに?」
「彼女はそのうち九本を落とした」
「マジですか……」
「うん、マジ。残り一本も、ギリギリだった。不意打ちじゃなかったら全部防がれてたね」
あれだけ長い槍を、素早く、正確に操るその技術。
“魔法使い”に分類される職は、【戦士】や【暗殺者】のように、武器を使ったスキルを習得できない。
だが、その差をものともしない、見事な槍さばきだった。
素直に驚嘆する。
「……あのぉ、クリスさん」
「んー?」
「もしかして私、とても恐ろしい人を敵に回してしまいましたか?」
頬を引きつらせながら、尋ねるキャミィ。
僕はにっこりと笑って彼女に言った。
「キャミィって、すごい度胸だよね」
キャミィの目に、じわりと涙が浮かぶ。
うーん、僕は素直に賞賛したつもりだったんだけどな。
面白かったよ、先が気になる! と思っていただけたら、下のボタンから星を入れてもらえると嬉しいです!




