058 片道切符を手に
僕が赤い水底に落ちて、どれぐらいの時間が経っただろう。
お父さんとお母さんは一足先に溶けてしまった。
巡るこの赤の中に混ざって、今も僕のことを見ていてくれるのかな。
それとも水面を越えて、あの空の向こうで幸せに笑っているのかな。
僕にはわからない。
魚一匹泳いでいない、この深い水たまりで、ただただ終わりが来るのを待つだけ。
『ミオラ、もうそんな薬は使っちゃダメっ! お願いだからお姉ちゃんの言うことを聞いて!』
イエラお姉ちゃんは、ずっとそう言っていてくれたのに。
お父さんにも、お母さんにも、村のみんなにも必死に伝えてくれていたのに。
結局、誰一人としてその言葉に耳を傾けることはなかった。
あのふわふわとした、くらくらとした、他では味わえない気持ちよさがほしくて。
病気を治すため、健康のため、勉強のため、美容のために、って言い訳をして使い続ける。
そのうちいつの間にか、この奈落に沈められて。
体は僕に似た、僕ではない何かが動かすようになっていた。
そして見えるのは、まるで地獄のような赤い景色。
人が死ぬ。
その死体を食らう。
おいしい、おいしいと言って、その肉に混じった僅かな薬に歓喜する。
きっとこれは罰なんだと、そう思った。
仮にそうではなかったとしても、そう思わないと、受け入れることはできなかった。
やがて僕は、空の景色を見ることもなくなり、そこで窒息しながら、死ねないまま、膝を抱え続けた。
聞こえてくる音や、体を這いずるその感覚は、できるだけ頭に受け入れないようにして。
早く終わってくれ。
早く死んでくれ。
誰でもいいから僕を殺してくれ――と、それだけ願い続けた。
そして今日、とても久しぶりに、光がさした。
それは赤い水に遮られていない、本当の光だ。
見上げれば、そこには――もうとっくに僕らを見捨てたと思っていた、お姉ちゃんの姿があった。
「ごめんね、ミオラ。お姉ちゃん、こんなことしかできなくて……っ」
開いた空から、赤い水が流れ出ていく。
僕はその勢いに乗って浮上した。
久しぶりに取り戻した、“自分の体”の感覚。
けど僕のお腹には大きな穴があいていて、そこから血が流れ出たせいか、体はすっかり冷たくなっていた。
横たわった僕の体は、もう立ち上がることすらできなくて。
せっかく抱きかかえてくれるお姉ちゃんに、触れることも叶わない。
「私がもっと早く、本気でみんなのことを止めていたら……こんなことには、ならなかったのにぃ……」
ぼろぼろと、お姉ちゃんの涙がこぼれて、僕の顔を濡らす。
どうして、お姉ちゃんが謝るんだろう。
言わなくちゃ。
たくさん、たくさん伝えるべき言葉があるから。
でも――僕に残された力は、もう、あと一言二言しかなくて。
ぜんぜん足りないけど。
それでも、最低限だけでも、と――
「……ごめ、な……さい」
「……ミオラ? ミオラなのっ!?」
そう、僕だよ。
ここにいるのは、お姉ちゃんのことが、大好きな。
「ありが……と……」
これが、精一杯だった。
もう体に力なんて入らなくて、意識も遠のいていく。
このまま、僕はどこにゆくのだろう。
「う、うあ……っ、ミオラあぁぁぁぁあああっ!」
地獄なのかな。
ああ、でも……あの場所にいるよりは……まだ、いい……。
◆◆◆
キャミィたちが地下牢に閉じ込められてから、すでに三日が経過していた。
上で何が起きているのか、さっぱりわからない彼女は、不安そうに部屋の隅っこに座り込んでいた。
「クリスさん……大丈夫なんでしょうか……」
「どうかしらね。正直、私も不安だわ」
「戦闘の音がしてからすでに二日が経過しているからな」
「あの激しい戦い……音だけでもとんでもなく高レベルだってわかるぐらいだったわ。仮にクリスとイエラが参加していたとして、到底勝てるとは思えないのよね……」
「もうっ! お二人ともそうやって不安要素を増やさないでくださいよお!」
「事実だから仕方ないじゃない。あの聖女扱いされてた女、かなりの使い手だったもの」
「ああ、我でも戦いになるか怪しい相手だ」
「そんな……ベアトリスさんが無理なら、そんなの……う、うぅ……クリスさぁ~ん……!」
終いにはキャミィは泣き出してしまった。
商人として各地を巡っていた彼女とはいえ、さすがに何日も牢屋に閉じ込められ、心が参っているのだろう。
「ひっく……うっく……」
「ほらもう泣かないの」
「だっでぇ、くりずざんがぁ……っ!」
「あいつのことだから、うまく逃げるわよ。【暗殺者】のスキルを使えばそうそう死にはしないわ」
「でぼぉ、それじゃあげっぎょぐぅ、ごごがらでられないじゃないれすがぁ……!」
「まあ、それはそうなんだけど……あー、もう! 私だって歯がゆいわよ! こんな鉄格子、魔法さえかかってなければ簡単に切断できるのにっ!」
ヴァイオラは苛立たしげに、グローブに付いた糸を振り回した。
すると、鉄格子がカラカラと音を立てながら落ちる。
「お?」
「へ?」
「ふむ……」
ヴァイオラとキャミィは、地面に落ちた鉄片を見て、目を丸くした。
ベアトリスだけは落ち着いた様子で、顎に手を当てている。
そして彼女は立ち上がると、鉄格子に軽く掌底を当てた。
パァンッ! と弾けるように触れた部分が消滅する。
「これってもしかして……」
「どうやら、いつの間にか魔法は解けていたようだな」
「クリスさんがやったんですよぉっ! あの聖女ってやつをえいっ! やーっ! ってとっちめて、魔法を解除させたんです!」
「……そんなうまくいくかしら」
「理由はあとで考えればいい。今はとにかく逃げるぞ」
ベアトリスはキャミィの檻も破壊する。
三人は階段を駆け上がり、急いで地上に出た。
そこで彼女たちが見たものは――
「う、うえ……っ、何ですかぁ、あれ!?」
中央の広場に積み上げられた、死体の山だった。
その近くには、聖女と呼ばれた女とクリスが並んで立っている。
「ちょっとクリス、これどういう――」
「待て」
前のめりになるヴァイオラを、ベアトリスが制する。
すると民家の影からイエラが現れ、二人に歩み寄っていた。
彼女はまだ幼さの残る少年の死体を、苦しげな表情で背負っている。
そのまま山の近くまで来ると、彼女は背負った死体を、ゆっくりとその上に積み重ねた。
クリスは彼女に近づき、頭を撫でる。
するとイエラは瞳に涙を浮かべ、その胸に飛び込んだ。
「お疲れ様、イエラ」
「う……ううっ、ううううぅぅうう……っ!」
イエラは押し殺した声で、体を震わせて泣く。
その両手は強くクリスの服にしがみついていた。
ヴァージニアは少しだけ離れた場所から、物憂げな表情でその様子を眺めていた。
「……辛かったでしょうね」
彼女が小さくつぶやいた声に、イエラはクリスに顔を埋めたまま反応する。
「っ……ふ、う……辛かった、けど……っ、そのまま、続くほうが……もっと、辛いから……っ!」
「そう……ですか」
それはヴァージニアが、かつて犯した罪だ。
いや、本人は良かれと思ってやったことだった。
けれど周囲の人々が糾弾したから、それは罪になった。
ならば責める人間が誰もいないイエラの場合は――罪ですらないというのか。
事を終えた今になっても、ヴァージニアは胸中で渦巻く複雑な感情を消化できないでいた。
だがこの村はイエラの故郷。
最終的な善悪は、ヴァージニアが決めるものではない。
「ミオラ、ね……っ、最後に、っく……ありがとう、って……言って、くれたの……」
「それはよかった。楽になれたんだよ、弟さんは」
「うん……うん……っ、よかったん、だよねぇ……これが、ただしかったん、だよ、ね……?」
「間違いないよ。みんな……安らかな顔をして眠ってる」
クリスは決して、嘘など言っていなかった。
可能な限り即死させることを優先したため、死に顔を見れた人間はわずかであったが――その誰もが、狂気から解放された、穏やかな顔をしていた。
「この村は、ようやく悪夢から解放されたんだ」
しかし涙は途切れることなどない。
報われた――と、どれだけ前向きに捉えても、悲劇は悲劇。
イエラを満たす喪失感は消えないのだ。
「クリスさんっ、大丈夫ですか!?」
話が一段落した頃合いを見計らって、キャミィがクリスに駆け寄った。
「キャミィ、ヴァイオラ……師匠も。自力で出てきたんだね」
「いつの間にか魔法が解けていたからな」
ベアトリスは腕を組み、ヴァージニアを見た。
目を細め――だが睨んでいるというわけでもなさそうだ。
クリスは少し不思議そうにその様子を見ている。
「そっちは色々あったみたいだけど……説明してもらえる?」
「見たままだよ。薬に呑み込まれた村人たちを殺したんだ、僕らで手分けしてね。今から死体を焼くところだよ」
「でも、不思議な力があの人たちを守ってましたよね?」
「それは彼女の仕業だよ」
クリスがヴァージニアのほうを見ると、キャミィとヴァイオラの視線もそちらに向く、
「黒の王蛇の幹部、“十悪”の一人――No.Ⅲ“聖女”ヴァージニア」
「あの人、幹部なんですか!?」
「十悪……偉そうな名前ね。そのまま、上から十人ってことでいいのかしら」
「……ああ、そうだ」
ベアトリスは腕を組んだまま語る。
「黒の王蛇、最強の十人。首領であるヴェルガドーレがNo.Ⅰと呼ばれ、そこから実力順にナンバーが与えられる」
「説明ありがとうございます」
「ふん、お前も我の顔は知っているのだろう?」
「ええ、ヴェルガドーレ様から逸話も聞かされていますよ」
ヴァージニアがそう言うと、ヴァイオラはベアトリスを容赦なく訝しむ。
師匠であり、尊敬すべき対象ではあるが、こういうときに手加減しないのがヴァイオラであった。
「師匠、どうしてそんなこと知ってるのよ」
「そうですよ! ベアトリスさん、黒の王蛇に関しては、あんまり詳しくないみたいな雰囲気だったじゃないですか」
「混乱させたくなかったのでな」
「後回しにしたほうが余計に混乱するわよ。教えて」
「何、単純な話だ。首領ヴェルガドーレと我は、旧い友人なのだ。我と、ヴェルガドーレ、スクルド、そして無限貌の四人で戦争を戦い抜いた」
「……何よ、その超人オールスターみたいな面子」
「師匠、そこに無限貌までいたんですか」
「まあな。もっとも、奴は素顔すら見せなかったからな、そこに加えていいのか微妙なところだが」
一緒に戦った――そう語るベアトリスすら、無限貌の正体は掴んでいない。
ただ、この国の勝利に多大なる貢献をした、という記録だけが残されている。
「しかし、我とヴェルガドーレは、戦後もよく連絡を取り合っていたよ。何せ、奴はスクルドに惚れていたからな。我から奪おうとしていたのだ」
「思ったよりがっつり友達じゃない。よくも黙っててくれたわね、そんな大事なこと」
「奴らと戦うのに重要な情報ではなかったからな。それに、我もここ四年ほどの奴の動向は知らん」
「もしかして師匠、それを掴むためにセントラルマリスへ?」
クリスは今も、どうして自分の師匠であるベアトリスが急にいなくなったのか知らないままだった。
元々、気まぐれな人だ。
今まで特に気にすることもなかったが、その動きが黒の王蛇に繋がっているのなら、聞かずにはいられない。
「それは違う、偶然だ。まったくのな」
「……ならいいんですが」
「なーんか釈然としないけど、とりあえずこのヴァージニアって女は、黒の王蛇の偉いやつで……今はひとまず、休戦してるってことでいいの?」
「一応ね」
「少なくともこの村で、刃を交えるつもりはありません」
「……こっちも釈然としないけど、戦わないで済むならそれがよさそうね」
元からヴァージニアの実力を高く評価していたヴァイオラだが、近くで見るとさらにそれを実感する。
「やっぱり、あのヴァージニアって人は強いんですか?」
キャミィはヴァイオラに耳打ちをする。
すると彼女は小声で答えた。
「とんでもない化物ね。クリスのやつ、執事服を着てないってことは戦ったんでしょうけど、どうやって生き残ったんだか」
「確かにクリスさんの薄着……セクシーですよね。最近は女性らしい一面を見てもどきどきするようになってきました」
「……」
「何ですか?」
「この死体の山を前に、よくそんな脳天気なことが言えるわね、と思ったのよ」
「言わないでくださいヴァイオラさん、気にしないようにしてたんですからぁ!」
キャミィも無理をしている。
だが、それでも彼女が場にいると、空気はいくらか明るくなる。
長いこと重苦しい空気に晒されていたクリスは、ちょこまかと表情豊かに動き回る彼女を見て、少なからず救われていた。
「ではみなさん、そろそろ焼こうと思いますが――」
「……っ」
「イエラさん、よろしいですか?」
イエラはクリスの胸から顔をあげ、涙の浮かぶ瞳で、ヴァージニアを見つめる。
そしてゆっくりと、だが確かにうなずいた。
ヴァージニアは死体の山に向かって両手をかざし、光球を放った。
触れたものを焼いてしまうほどの高熱を放つそれが、服に触れた瞬間、ボォッ、と一気に炎が広がっていく。
「ああ……」
さらに強まる炎に包まれ、見覚えのある顔が爛れていく。
グロテスクな光景だ。
けれど直視できてしまうのは、彼らが生きていた頃のほうが、ずっと醜い姿だったからなのだろう。
学校の先生も、商店のおばちゃんも、近所の子供も、同級生の友達も、家族も――その魂は、煙とともに天へ舞い上がる。
「私……置いていかれちゃった……」
イエラはぼんやりと、そうつぶやいた。
クリスは彼女を抱きとめる腕に力を込める。
やがてヴァージニアの光の力により、すべての死体は灰へと還り――ウェスマリスという村は、静かに終わりを迎えた。
◆◆◆
この村の終わりを見届けたのなら、もう僕らとヴァージニアが一緒に行動する理由はない。
彼女は最後に、忠告を残す。
「貴女がたが、これからセントラルマリスの魔薬工場へ来ることは、すでに知れ渡っています」
それは、別にここでヴァージニアに会ったからではなく――それ以前から、すでに知られていたということ。
「それでも来るというのなら――次は最初から、全力でお相手しましょう」
その言葉は勇ましく、真っ直ぐだった。
ヴァージニアとしての個ではなく、黒の王蛇の幹部として発した言葉だからだろう。
僕のほうはと言うと、特に好戦的に返すつもりはない。
情けなくはあるが、彼女に勝てないことは火を見るより明らかなのだから。
「できるだけ会わずに工場を破壊できるよう祈っているよ」
「姑息ですね」
「【暗殺者】ってそういうものだから」
「ふ……では、せいぜい見つからないよう努力してください。おそらく無駄でしょうけど」
そう言って、ヴァージニアは最後に、一瞬だけわずかに視線を僕の背後に動かすと、背中を向けて去っていった。
……今の、師匠を見ていたのか?
「クリスさん、どうするんですか……?」
僕と腕を絡めるキャミィが、不安そうに言った。
「ヴァージニアはNo.Ⅲ。少なくとも彼女より強い人間が二人はいる。同格の人間はもっといるかもしれない。このままセントラルマリスに向かっても、捕まって終わりだろうね」
「だからって止まるわけにはいかないわよ」
「そうですよー、魔薬の被害をこれ以上広げるわけにはいきませんからー」
イエラは、先ほどよりはいくらか持ち直したようで、口調は少しずつ以前の、間延びしたものに戻りつつあった。
だが、キャミィのように腕は絡めていないものの、僕に肩をぴたりと寄せて、こちらの服の裾を控えめに握っているところを見るに――まだまだ、立ち直るには程遠いのだろう。
まあ、当然だ。一日や二日でどうにかなるものじゃない。
むしろ、今、こうして立てているのは……たぶん、『魔薬工場を潰さなければ』という使命感で、強引に自らを奮い立たせているからなのだと思う。
「でもですよ、今までの予定だと、ヴァイオラさんの知り合いに潜入ルートを調べてもらうって話だったんですよね」
キャミィの言うとおり、そういう段取りになっていた。
どうせ頼るなら、セントラルマリスで長い間暮らしていたヴァイオラに任せるのがいいだろう、と。
だが――
「連絡を取ってる冒険者は、一応、ランクSなんだけど……相手が悪すぎるわね。まっとうな冒険者じゃ、幹部は出し抜けないわ」
「あまり深入りさせてー、巻き込むのも悪いよねー」
「ええ、さすがに私も死なれちゃ後味が悪すぎるもの」
かといって、他に頼れる相手がいるかと言うと……少なくとも僕にはいないし、ヴァイオラもあの様子を見るにいなさそうだ。
自分たちで、相手の意表を付ける潜入ルートを探すしかないのか。
けど調べているうちに、十悪と鉢合わせるようなことになったら最悪だ。
全員が考え込み、嫌な沈黙が満ちる。
それを壊したのは、ここまで黙っていた師匠だった。
「我に心当たりがある」
「ベアトリスさんに?」
「確かに師匠は、数年間セントラルマリスにいたわけだし、ツテはあるでしょうけど……」
「あまり頼りたくはない相手だがな」
「どんな人なんですかー?」
「いわゆる裏の世界の人間というやつだ。金さえ払えば人殺しも厭わないアウトロー。だが金には忠実、という意味では信用できるな」
「師匠はどうしてそんな人と知り合ったんです?」
「かつて傭兵だった人間は、平時になると危うい仕事に首を突っ込むことが多い」
「戦争のときの縁ってことですか」
「そんなものだ」
気になることはあるけど、今は師匠ぐらいしか頼れない。
裏の世界の人間を、頼ってみるしか無い、か。
幸い、金はそれなりにある。
ヴァイオラや師匠の分も合わせれば、足りないということはないだろう。
「では、これで決まりですね! さっそく移動しましょう。おいで、リーくんっ!」
キャミィが大きな声で呼ぶと、村の外から「くえぇぇぇぇえっ!」と相変わらずうるさく鳴きながら、リザードが走ってくる。
もちろん車も一緒に。
捕まっている間、ずっと身を潜めていてくれたのか……やっぱりよく躾けられてる。
「よしよし、よく待っててくれましたね。やっぱりリーくんは世界一のリザードです!」
「クエェェェエッ!」
キャミィが駆け寄ってきたリーくんの頭を撫でて褒めると、リザードは鼻息を荒くして喜んだ。
そしてその視線は、なぜか僕のほうにも向けられる。
「……もしかして、僕にも撫でろって言ってる?」
そう言うと、リーくんは二回首を縦に振った。
驚いた、人間の言葉がわかってるのか?
「リーくんがクリスさんを認めたってことですね!」
「それ、認められたらどうなるの?」
「私のパートナーとして三人で一緒に世界中を旅しても問題ないってことですねっ」
「これはまた壮大な夢を……」
これから起きることを考えると、夢のまた夢としか言いようがない。
だが能天気にそういう想像をできるキャミィの存在は、間違いなくありがたい。
心のなかで彼女に感謝しながら、リーくんの頭を撫でると、またもや鼻息を荒げて歓喜する。
そうこうしているうちに、他の三人はとっくに車に乗り込んでいた。
僕も遅れて、イエラの隣に座ると、いよいよ出発の時がくる。
「さすがに少し緊張してきたわね」
「工場の破壊は通過点にすぎん、あまり気負うな」
「すでに広まった薬も取り除いていかなくちゃならない……こんなところじゃ負けられないよー」
そう、僕の目的だって、工場の破壊じゃない。
その先にある、リーゼロットの治療という悲願を果たすため。
立ち止まらず、まっすぐに前を見据える。
「それでは、セントラルマリスに向けて出発進行ですーっ!」
「クエェェェエエッ!」




